第86話 派閥調査

「派閥って“五本の指”の……」


「そうです。最近激化して問題視されている案件です。手段は問わない、と許可はいただいています。頼めますね?」


 新山さんは部長の権力を使い、有無を言わさぬ口調で、迫ってくる。吉田さんが、まったく何も言わなくなったことから2人は俺達を嵌めるために演技をしたのはまる分かりだった。

 俺個人としては全然構わない。しかもどちらかというと美玖には悪いが、美玖の派閥など邪魔でしかない。今までの行為すべてが、綱渡りだったと考えるとどこかつらいものがある。


 だが、如月はその張本人の一人。俺とは感覚が別だろう。如月や俺を選んだのは先生ではなく、新山さんのはず。何の意図があって如月を苦しめているのだろう……。


「私が断れる状況にないってことはわかった。けど、なんで私と潤平なの?」


 如月も俺と同じ結末にたどり着いたらしい。


「なんてことはありません。如月さん。あなたには手段があるはずです。先日、解決した――――――」


「……それ以上は言うな」


 俺は新山さんにストップをかけた。言い方には少し引っ掛かりを覚えたが、俺自身、手柄など貰ってもうれしくとも何ともないため、軽く流しておく。

 新山さんの案は、確かに解決する手段から考えると効率が最もよく、簡単に終わる。だが、その方法は使えない。


「それはできません」


「どうしてですか?この方法を使えばこの問題はすぐに解決しますが」


「……それは人間として間違ってないか?確かに解決することは大事だ。だが過程がどうでもいいのかと問われればそうじゃない」


 新山さんは焦っていた。やはり、俺が解決してしまったせいだろう。いつもの新山さんならば思いついたとしても秒で没にする案のはずなのに……。


「部長さん。あなたは私のことをどれだけ知っていますか?」


 急な質問に訝し気にしながらも対応していく新山さん。


「データとして残されていることと、北山一輝という方と付き合い始めたことぐらいですが、それが何ですか?」


「私は……その言いたくないんです。できれば数人だけのうちで秘密にしておきたい」


「でも、このままじゃ……」


 吉田さんがガタっと何かにぶつかりながらも反論した。しかし、その直後慌てて新山さんに口を塞がれた。一体どういうことだ?反論だということは俺たちの敵、新山さんの見方、のはずなのだが……。


「彩花っ!口外禁止です」


「はっ?!危ないところだった」


「何を隠しているの?」


 油断を逃す如月ではない。一瞬で間合いを詰めて、自分のフィールドに引っ張り上げた。


「なんでもありません。とにかく二人で解決を任せましたよ」


 新山さんはもう話すことなどない、という風にそっぽを向いて書類を取り出し始めた。ここまで行くともう話してくれることはない。まぁ、話をしてくれないのなら、話してくれる奴に聞くだけだが。


「ねぇ、潤平、裏があると思う?私、少し気になるんだけど」


「……だろーな。何か大きな力が働いているのは間違いないが、その前にこれを片付ける」


「まさか、その依頼を受けるっていうの?!私、嫌われたくないんだけど……」


「……秘密の内にしておきたかったんじゃないのか?」


「別にそんなこと言ってないし」


「……あーそう。んで?一緒に来るか?」


 如月は鋭かった。会長が評価するだけのことはある。俺が軽く如月に振ってみると、一瞬の間があった後いい返事をもらった。俺も如月も真鐘も、ばらされたくないし、バラしたくもないのが本望だ。“五本の指”といっても結局は変わらない。

 だが、今のままでは何も変わらない。


「うん。付いてく。今回は鶴田くんの出番はないね」


「……どうかな」


 如月は莉櫻が真鐘と付き合っていることを知っているはずなのだが、それに気づいた様子もなく、フグのようにほっぺを膨らませていた。


 俺は新山さんと吉田さんに一言ぶつけようかと思ったがやめた。人間は失敗から学ぶものがある、というが正確ではない。人は失敗からしか学べない。成功してしまうとそちらにばかり行ってしまい、どうして買ったのか、どこが良かったのかを考えなくなる。2人は今まで俺のサブとして働いてもらっていた。だから成功しても失敗してもどちらでもよかった。だが、そろそろ変わってもらうことにしよう。


「任せましたよ。松平くん」


 任せる声は少し心細いような、ぎこちないような感じで俺たち二人は再起部のドアを閉めた。


「最初は職員室?」


「……話を聞くとするとベストだが、結構大がかりだからな。俺達が行っても話してくれない可能性がある」


 俺達は屋上へとつながる階段のところで密談をしていた。


「ところで何でここなの?」



「……お前と歩くと目立つ」


「またお前って言った!呼ぶなって言ったでしょ!」


「……じゃあ何て呼ぶんだよ、如月か?」


「もうこっちが潤平で定着しちゃったんだからそれ相応の呼び方があるでしょ?!この鈍感。よく美玖と付き合えてますね」


 その笑顔は何か……怖いんですけど。

 まっすぐに職員室かと思っていたようで少しご立腹のようだ。だが、それで俺に名前呼びを強調してくるのは……。普通の男子高生なら喜ばないはずがないシチュエーションで俺は今、混乱していた。しかも構内屈指の顔面偏差値を誇る“五本の指”の一人。


「……あ、明李」


「ちょっと、照れないでください。私達は別に付き合っているわけではないのですから」


「……一輝とはしないのか?」


 瞬間湯沸かし沸騰機になった明李は手で顔を覆い隠し、うぅ……うぅ……と体をもじもじさせていた。絶対何かあったな。


「一輝を持ち出してこないでください。私に対する抑制機扱いですか、そーなんですか?いいですよ、後で美玖にたくさん訊くし」


 拗ねられた。……面倒くさい。明李の言うように一輝が取り出せるのなら、さっさろ取り出して連れて帰ってもらいたい。


「……あーどうぞ、お好きに。それよりこっちだ」


「派閥のこと……あんまり気乗りはしないけど」


「……まず、派閥ってなんだ?」


 もちろん、派閥の意味を知らないわけではない。国語辞典を引けば乗っていレベルのことではなく、経緯を俺は知りたかった。明李はその透き通って澄んだ瞳を大きくしてからあぁそうかと大きく頷いた。


「派閥は簡単に言えば、アイドルでは推しメン。アニメでは推しキャラって感じです。私を含めて、五本の指ベストビューティーと呼ばれている人は誰一人関与していません。後、女子から見ればただのバカ集団です」


「……五人全員を知っているわけではないが、勝手に言ってるだけだということか」


「すぐに知り合えますよ。今までにもう三人とも知り合ったんですから」


「……そうか。まぁ俺が知り合えるか知り合えないかは置いといて……。明李ならどうする?」


 張本人の意見というのも大事になってくるかもしれない。あとで真鐘にも訊いてみよう。何の興味もない折れ目戦では、複雑に絡み合った糸を解析できない。糸を切らずにほどくためにも多方面からの情報が必要だ。


「私、ですか……。ここに来さされて何もする様子がなく、挙句の果てに私に見解を求めて……。私の意見としては先ほどとは違うことを思っています」


「……それは?」


「派閥は私達のステータスでもある。別に潰すことまでする必要はないかな、と。やっぱり好いていてくれるのはうれしいものですから」


 美玖も、同じことを思っているのだろうか。俺とのすれ違いが日々、無残に更新されているにもかかわらず、俺と会いすらしない現状。

 明李は急に黙った俺に声をかけようとした。だが、声を出すことはできなかった。


「……派閥のトップをつぶしてお灸をすえてやる」


 重く口を開いた俺は一言、そう宣言した。そんな俺を明李は心配そうに見ていた。

 

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