第八章『学校という小さな世界』

第85話 新部長、新山静乃の成長

 体育祭が終了して数日が経過した。莉櫻から“五本の指”と呼ばれていることを知った時には驚いたものだ。だが、ここ数日、意識をそちらに傾けて生活していてもあまり変化はなかった。ただ俺に友達が少ないというのもあるだろうが……。


 今まで部活として関わってきた人はすべて他クラスだ。日常生活において、他クラスの生徒との交流は皆無。つまりボッチ。


 そんな俺は変わらないのだが、変わった人も勿論いる。沖田烈なんか特にいい例だ。不良グループの主格だと恐れられていた人物がくそがつくほど真面目になってしまったのだからな。もしかすると美玖の派閥の長……?ガクガクブルブル。


 もう一人、堅実な変化を遂げたのが新山さんだ。いでたち、立ち振る舞いは依然と全く変わっていないが、纏うオーラが変わった。聞くところによれば、体育祭中に再起部は大変役に立ってくれた、助かったと礼を言われたらしい。如月にかかりきりで手腕を見ることができなかったのは残念だが、これからの成長が楽しみだ。


 しかし、本人としてはじれったい気持ちでいっぱいだろう。自分が途中で終わってしまったときに俺が私念を持ち掛けられたこととはいえ、解決してしまったから無理はない。

 俺はノートや筆記用具を片付けながら漠然と考えていた。


「何をボーっとしているんですか?」


 声をかけてきたのは如月だった。……隣のクラスだったはずだが?というか、“五本の指”が話しかけてこないでほしい。


「……ぼーっとはしていない。ちゃんと考えてる」


「ま、大体わかるけど。一回だけでいいから脳みそを割ってみてみたい」


 え、死ぬがな。

 美少女の笑み補正なんか効かなかった。逆に悪魔に見えてくる。……あー人間って不思議。


「……お前のクラスは隣じゃなかったか?」


「おっ!私のクラス覚えてたんだ。私に興味がわいている証拠かな?」


「……んなわけあるか。一輝は?」


「彼なら私とは違う方の隣のクラス。今日は委員だって」


 へー。しっかりと連絡は取ってるんだな。俺はあたりを見回した。帰宅や部活で教室にはほとんど人がいないものの、やはり数人からの好奇心の眼があった。今までは全く意識していなかったが、如月、真鐘、美玖の三人は“五本の指”と呼ばれる学校の可愛いランキングに乗っているらしい。如月は俺に負けを宣言した後、豹変した。いや、俺が本当の姿を知ったというべきか。普通の顔が整っていて奇麗で可愛い少女になっている。


 そのこと自体はうれしいのだが……。こう人前でぐいぐい来られると目線とかでいろいろ困る。


「……なら、何をしに来た?目立つからあまり話したくないんだが」


 小声で話すとなぜか向こうも小声で返してきた。


「え?部活に行くので呼びに来ただけです」


「……勧誘ならお断りだ。俺は忙しい」


「ちょっと?!何でここまで来てそっちに持ってくし?!私も再起部の部員になったから一緒に行こうと思って。もちろん道案内として」


「……嫌なんだが。お前と一緒に歩いてたら派閥の奴らに絡まれるだろ?しかも一輝という立派な彼氏がいるんだし、俺にも大事な大事な彼女がいる。誤解されるのはデメリットしかないと思うが」


 正論をぶつけると如月は拗ねたようにほほを膨らませた。かあいい。じゃなくて!俺はバッグを手に取ると立ち上がった。如月は座ったまま、俺を見上げた。……これはまた、は、破壊力がありますね。しかも周りの人の眼がえ?おいていくの?可哀そうというように如月を弁護し、俺を蔑む。眼が痛い。

 人と関わると碌な事がない。……美人とは特に。


「……さっさとしろ。道案内なら今日だけだ。後で部長に押し付けてやろう」


「やった!」


 如月はおもちゃを買ってもらった幼児のような嬉しそうな表情を見せた。一輝が、というよりも派閥があるのは仕方がないことなのかもしれない。

 教室を出て、しばらくは無言だったが、耐えきれなくなったのか如月がわざとらしく話題を振った。


「今日は……いい天気ですね」


「……お前、話題振るの下手糞だろ」


「人がせっかく頑張ったのにぶち壊しじゃん!!あとお前って呼ばないで。夫婦じゃないんだから」


「……一輝はいいのか?のちの夫になりそうだが」


 俺がそう返すと如月は何も話さなくなった。俺のほうが身長が固いため、下を向かれると何もわからない。


「……一輝なら……いい」


 小さく消え入りそうな声だったが、しっかりと聞こえた。俺は一輝ではないのだが俺まで少しドキッと来てしまった。


「……あー。話を戻すか。呼び方の話だったな?何て呼べばいいんだ?」


「なんでもいい。今は何も考えられないの~!!」


「……へー」


 完全に他人事だ。


「潤……松平さんのせいですからっ!責任、とってください!」


「……今、下の名前で呼ぼうとしたか?」


「あ、いや、これは美玖と話しているときにうつって……」


 限りなく俺の近くにいるはずなのに、名前しか出てこない。ここで現れたとしても俺は両手に花状態と勘違いされ、明日にはぼこぼこにされてそうだが。


「……ま、呼び方なんてどうでもいい。相手が拒否しなければ自由に呼んでやればいい。っとここだな」


 見慣れた教室の前に立つ俺達は、これからを考え始めた。奴隷部とまで言われていたこの再起部に“五本の指”の一人が入るということはその派閥一つ分の強力な後ろ盾を手に入れたのと同じだ。一方で如月は何を求めてここへ来たのだろう。


 ただの善意で息を吹き返しているとはいえ、再起部に来るなど、下手をすれば今までの地位が水の泡になる。だとすると……。


「潤平!」


「……ん?」


「入るよ」


「……お、おう」


 うん?今、潤平と呼び捨てされた気がした。

 教室のうちではいつもの2人が待ち構えていた。2人は如月が来ることを知っていたようだ。……って入部するのはマジなのか。てっきりお試しとかそこらへんかと思っていた。


 吉田さんはギューッと思い切り如月に抱き着いた。どうやら顔見知りのようだ。でなければ日本でこの挨拶はないだろう。


「うひゃーっ!やっぱり綺麗。“五本の指”凄い!!」


 ……すごいのは吉田さん。あなたですよ。


「初めまして。再起部に入部した如月明李です。以後、よろしくお願いします」


 そう言ってぺこりと頭を下げた。作法も整っている。後は部長が一言をびしっと決めれば終わりだ。だが、


「よ、よよよろしくお願いします。わ、我が再起部へよ、ようこそお越しくださいました」


 お越しくださいました?!旅館かよ。どうやら新山さんも本物を見る……ことはあっても会話するのは初めてのようだ。それにしても緊張しすぎだと思う。


「……おーい。部長、しっかりしてくれ」


「あれ?潤平が部長じゃなかったの?」


「……今は期間限定部長交代キャンペーン中だ。あ、念のために行っておくが、俺が何かしでかしたからじゃないからな。後吉田さん達にも言っておくが、俺とこいうっ!」


「私たちはそんな期待した関係じゃないですよ」


 俺がこいつ、と言いかけた時に躊躇なく、隠れて腹パンを入れてきやがった。そんなに名前で呼ばれないのが気に食わないのかよ。


 如月がはははと上手く繋ぎ、吉田さん達は引き下がった。食い下がってきたところで本当に何もないのだが。

 新山さんは俺をちらりと見てから如月に話しかけた。


「今は部長が私なので、私の方針には従ってもらいます。早速ですが、松平君と一緒に行動してください」


「……え?」


「わかりました。よろしくお願いします。先輩」


「シズシズ、依頼内容は何?さっき二人が来る前に見てて、ため息ついてたやつ」


 まだ何も何用を聞いてはいないが、面倒なものだということだけはわかった。如月はわくわくした様子で部長と俺の間を目が行ったり来たりしている。再起部は部活動、というよりも社会の基礎、仕事のような形をとることが多い。他とは違うやり方に興味を持ったのだろうか。


 これから一輝は大変だろうな。秘密がばれるのは時間の問題だが、それ以上に如月自身が付き合い始めたからなのか、線引きが甘いように感じる。


「そうです彩花。2人への依頼は先生たちからの依頼です。「派閥を抑制、もしくは解体させる」だそうです」

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