第63話 討論

「…………これで決定とする」


 バタンッ!俺が勢いよくドアを開ける。イライラしているためではない。……いや、なくはないが2割ほどだ。


「1年生!何処に行ってた!会議はとっくに始まっているぞ!」


 東野が声を荒げてチンピラのようなこと言って来る。だが、俺はどこ吹く風とばかりに完璧に無視した。


「……所詮、会長などあの人の駒でしかない」


 明らかな挑発。だが相手はこの学校を束ねる長。そう簡単に引っかかってくれない。


「何を言っているのかわからないな。それより体育祭案はこのように決まった眼を通しておけ」


 ちらっとホワイトボードに書かれた文字を見た。


「……リレーの段取りが悪い。売店の配置も素人すぎる。これは酷い体育祭になりそうだ」


 俺は言いたいことだけ言うと俺の席へと座った。その瞬間、喰らいつくように隣から莉櫻が話しかけてくる。


「今の瞬間にあれだけ訂正できるなんてすごいな」


「……まぁ」


 莉櫻に生返事を返しながら会長を見つめる。すると会長の隣で勢いよくペンを走らせていた人が会長に一言、二言進言した。会長のペースから俺のペースへと変わったのを感じた。


「松平の意見に反対はあるか?」


 会長は一通りを見回した後、大きく頷き、採択した。


「変えた……」


「……なぁ莉櫻」


「え?」


「絶望って知ってるか?」


 いつも自分のペースで話すために会話中に組み入れている空白の時間を失くし、莉櫻へ訊いた。


「なったことは無いよ。けど……なっている人は見てる。潤平、どうしたんだ?」


「……必要とされていない人間っていると思うか?」


 俺は疑問に答えず更に問うた。


「いないよ。誰か一人以上には必ず…」


「……ここに居るんだ。何もかも失った人間が」


 椅子に腰掛けた俺の身体は段々と重くなっていった。視界も明るく見えていた者が暗く沈んだように見えた。“絶望の世界”。俺には直感的に悟った。


「あぁそういえば」


 会長が突如、大きな声で注目を集めた。


「駒とか言っていたが、俺は望んで使われているだけ。必要な時期には駒へと成り下がるのは向こうの方だ」


 どうやらしっかりと効いていたらしい。俺はひとまず安心して議員の一人に戻った。


「……2人とも俺の駒だ」


 ぼそっと言ったから聞こえていないはずだ。俺はもうここから何もする気は無かった。目立つほど、目立ったからである。会議の全員にこいつは会長も一目おk存在と見せつけ、手出しされないように暴力間も出した。


「潤平」


 手伝い人である莉櫻は隠していることを吐け!という顔をしていた。俺は無視できたはずなのにできなかった。


「……はぁ、もしかしたらな」


「うん」


「……別れるかもしれない」


「は?」


 莉櫻は絶対ありえない、といった顔で俺の腕をくいっと引っ張ってきた。その眼は心配に溢れていたように思う。だが、俺は引っ張ってきた手を振り払い、一人孤独に沈んでいった。


 ☆☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 それから会議はつつがなく終わった。誰かが意見することは無く、ただ報告としての場ではあったが。そして俺は再起部の部室を訪れていた。


「……端山壮一」


 部長椅子に座る。特に目的があった訳ではなかった。俺は座る前は美玖の兄が座っていたのだと考えると少し感慨深い。だが、俺の中での人物像は依然として変わっていない。


「……カギか」


 部長机にはいくつもの引き出しがある。今まで開ける機会は無く、気も止めなかったため放置していた。しかし、今ではそうも言ってられない。

 再起部や会長などが複雑に絡まった秘密の一端に片足をつけた以上は、もう引き返すことなどできない。かちりと重く音がした。中には何が入っているのだろうか。わくわく感が募る宝箱ではなく恐怖感でそう思ってしまう。


「……写真?」


 最初に空けた引出しからは一枚の写真が出てきた。とある河原でBBQの写真。きっと部活なのだろう。大原先生の姿と吉田さん、新山さんの姿もあった。そして仲良く会長と肩を組む一人の男と、二人の男に挟まれた美玖の姿もあった。

 その一人の男はがっしりとした構えで体格にそれ相応の顔だちをしていた。眼は大きくて鼻も高い。美男子といった感じだった。

 裏返してみると『5月5日GW!!』と大きく書かれてあった。俺が部長になるほんの少し前……か。

 その写真に写る皆の顔は今の俺にとってとても眩しく見えた。

 俺は写真を引き出しへと戻した。そして2つ目に手を掛けた時にふと思った。

 “これは人の思い出を盗み見ているのではないか”と。

 確かに俺は秘密の一端を知った以上、俺の今後にかかわる事柄なので知る必要がある。だが、やり方がやり方だ。鍵が残っていたのも写真が残っていたのも偶然だが、このやり方は違う気がした。


「……俺自身で見つけ出すしかない」


 俺は引き出しを見るのをやめた。もしかしたら写真以外にもいろいろと手がかりになるものが入っているのかもしれない。会長や先生を出し抜こうとするのなら手段を選ぶ余裕などあってはならないのかもしれない。

 だが、俺は止めた。過去は見ない。


「……帰って寝るか」


 昼食を抜いてずっと会議をしていたころに今更になって気付いた。辺りは赤く夕日に染まっている。と、その時、携帯のバイブが鳴った。しかも二回。


『無事、終わりました!楽しかったよ!ありがとう!』


 と美玖。


『松平どうした?取り敢えず話は聞くから20日の午後に駅前集合!あ、莉櫻も連れて行くな!』


 と真鐘。

 思わず笑いが出る。2人とも息ピッタリすぎだろ。仲良しかよ。俺はどちらともに“ありがとう、りょーかい”と返事を返した。

 夕日は俺をじっと見つめていて、じんわりと伝わるぬくもりからは俺のこれからの絶望を遠巻きながら見ているぞ、と言われているような気がした。

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