第59話 真実と妄想

「……ふわぁぁぁっ!」


 俺はいつの間にか眠っていたらしい。起きて初めて自覚した。頭をポリポリと書きながら、よっこいせと立ち上がる。その時に腰辺りに痛みが走った。

 寝ぼけ顔が苦痛に歪め、一瞬で覚めてしまった。


「……寝違えたか?」


 昨日は美玖が来て、それからどうなったっけ?酒を飲んだわけでもないのに機能の記憶が一切ない。


「おはようございます」


 茜だ。俺はおはようと返すとキッチンへと向かった。勿論、茜と瑠璃に朝ごはんを作るためだ。今日は朝から学校へも行かなければならない。少し急がねば。


「おはよー。潤平くん。茜ちゃん」


「おはようございます。お姉さん」


「あれ?瑠璃ちゃんは?まだ寝てるの?」


「瑠璃は一度寝ると3か月は起きません」


「……熊かよ」


 じゃなくて!!


「お姉ちゃん。起こして来て」


「…はぁ。分かりました」


「……わぁースゴイスナオ」


 じゃなくて!!どうして美玖がエプロンをつけて朝食を作っている?!俺のパジャマの上から(ぶかぶか)エプロンをつけて朝食を作っている美玖の姿は“新妻”という言葉がピタリとあてはまる。


「もう少しでできるから、座って待ってて」


「……あ、はい」


 もうなにがなんだかわからないや。取り敢えずいえることとすれば、俺は今日、朝ご飯を作らなくていいらしい。


 ☆☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「「「「いただきます」」」」


 俺は未だに夢の世界に居るのだろうか。それともこんな俺の妄想のような世界が真実として成り立っているのだろうか。

 隣には美玖が居た。それだけで心が平常ではいられなくなる。


「今日は学校だったよね」


「……あぁ実行委員の打ち合わせだ」


「私が二人を見てるから安心して」


「……そんなに迷惑はかけられ……」


「私がしたいからいいの!」


 と、俺達が話しているとき、


「あの2人、昨日は何があったのでしょうか」


「さ~ね。でも明らかに何かあったのは分かるよ。で、茜、昨日の手紙の事だけどさ」


「瑠璃?!手紙の話をするとばれてしまいますよ!」


「あ!そうだった。でも信じられないよ。兄ちゃんが5年生であんなことを書いてるなんて」


「あなたって人は……バカですね」


 と、本人たちは小声のつもりで美玖の耳にも入っていないが、俺の耳にはしっかりと入っていた。あとで2人ともきついお仕置きをしなければいけないようだ。

 俺はこいつらの行動、言動、思考、性格などは大体理解してるつもりだ。だから、茜や瑠璃が何をたくらんで何をしようとしているのかなど既にお見通しだ。伊達に従姉妹などやっていない。


「ごちそうさま。美味しかった」


「お粗末さまでした。良かった」


「ごちそうさまでした」


「片付けはボク達がやるから美玖姉ちゃんは休んでて」


 だから2人が俺達にもっとイチャイチャさせようとしてることなどは簡単にわかる。……止めないけど。

 俺は自室へと入り、制服へと着替える。いつも通りの作業だ。心では学校面倒だ、と思っていても、無意識で手が動いてしまうのだ。

 そしてだるいっだるいと思いながら玄関へと向かう。


「潤平くん」


 いつも通り、独り暮らしなので黙っていこうとしていた。振り返ると私服に着替えた美玖が居た。


「……どうした?」


 俺が訊ねたのは美玖が両手を後ろにやり、そわそわと身体をくねらせていたからだった。美玖は一歩俺に近付いてきた。


「あの……これ」


 両手の中にあったのは昨日渡したネックレスの箱だった。……気に入らなかったのかな。だとしたら少しへこむ。


「付けて」


 俺の心配は違ったようだ。俺は箱からネックレスを取り出し、美玖の首に取り付けようと手を回す。近い美玖の頭髪や体からは甘い香りが漂い、彼女が少しでも動くたびに、ふわっと香ってくる。


「……よし。ついた」


 俺はそっと手を離し、一方後ろへ後退した。少し俺、近づきすぎた気がする。


「あ、待って潤平くん。ネクタイ曲がってる」


 制服に手を伸ばして整えてくれる美玖。心拍が跳ね上がり、気付かれるのではないかと気が気でない。

 だが、美玖に気付いた様子は無く、俺の胸のあたりをトントンと叩き、行ってらっしゃい、といった。ここで朝であるにもかかわらず、俺の理性はサヨナラをした。無防備に突っ立っている美玖を正面からぎゅっと抱きしめる。


「えっ?!何、どうしたの?」


 美玖の言葉には答えなかった。だが、代わりにもう少し強く抱きしめた。恥ずかしさとかそんなものは無い。ただ気付いたら動いていて美玖を抱きしめていた。


「落ち着いて。潤平くん」


「……無理。嫌だ」


「どうしたの?」


「……美玖が可愛いのが悪い」


「私は可愛くないよ」


 諭すように言うが、俺はそうは思えない。


「……美玖のせい」


 美玖が言葉でという方法をあきらめたらしく、今度は俺の背中に手を回してきた。密着する2人の身体。


「落ち着いた?」


 囁き声は俺の心拍数を上げるが、安心感も与えてくれる。


「……ごめん」


 さっと離れる。身勝手だったと思いながら美玖の顔を見る。彼女の顔は赤く染まり、ネックレスのピンク色よりも綺麗だった。きっと俺も赤いだろうから聞くことはしない。


「頑張ってね」


「……行ってきます。あの2人の事、頼む」


「プールにでも行ってこようかな」


 俺も行きたい!!もう一度美玖の水着姿を見たい!!そんな俺の感情を察した美玖は軽い怒り顔で、


「そんな顔しても駄目」


「……なら夏祭り」


 俺の小さな声と勇気は美玖に、届かなかった。

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