第38話 夏休み到来
俺は授業が終わると職員室を訊ねた。部活動報告書を出すためだった。本来なら顧問である大原先生が〇〇日までに提出しろと言わなければならないのだが、それがなかったために先程30分で仕上げた。
「おぉ、松平。すまないな」
最早、見慣れてしまった職員室の一角に俺と先生は座っている。
「……報告するものがほぼ無かったのであれですけどもう少し気を付けてくれませんか?」
「その件は本当にすまない。私も松平程ではないが、仕事を掛け持ちしていてな。気付いたら今日になった」
おい。笑い事じゃすまねぇぞ。後、俺ほどではないとは言わなかった?俺はこの学校一の働き者という訳か。……帰って眠りたい。
「お詫び、というわけではないが、少し助言をしてやろう」
先生はニヤッと笑った。それはまるで、食料を目の前にどう料理してやろうかと目をギラつかせるシェフのようだ。……実際に見たことは無いけど。
「……嬉しい方がいいです」
悪い助言などいらない。
「3人目、いや、2人目の依頼人は身内である新山だったな」
先程の間に報告書をざっと読んだようだ。しかし、身内という表現は少し誤解を生みそうなのだが……。
「……そうですね」
「あの
知ってる。それは言われなくても自己紹介の時点で察せるぜ。
「お前の前部長とは2か月と短くはあったが、仲よく部活を盛り上げようとしていたようだ」
「……はぁ」
「前部長が再起部をやめる時に、あの娘にだけ語ったらしい。再起部への思いをな」
「……何故ですか?」
「そこまでは知らん。だが、その日からあの娘は変わってしまった」
いつもだが重要な部分だけするりとかわし、当たり障りのないところを長く語ってくれる。
「……今回の事と関連が?」
このような内容であれば俺は勿論、沖田会長ですら理解、把握などできないだろう。
「ここから先は私よりお前の方が見えるはずだ。まぁ私は関連がありそうだと踏んでいる」
「……なるほど」
さっぱりわからん。
その話の人物であるどちらもがこの場所に居ないため、話の結論が出ない。片方は今、自らの手で再び探している最中だし、もう片方は分からない。
「夏休みは長い。その間に調べたらどうだ?」
夏休みを休みとしてくれない提案に俺は断りをしっかりと入れておく。
「……夏休みも時間無いですね」
「風紀委員は鶴田に行ってもらっているのだろう?」
急いだために真実全てを書いてしまったようだ。
大原先生はいい札を持ったとばかりに顔を綻ばし、俺をじっと見つめてくる。
「……えぇ。まぁ」
「なら問題ないな」
「……今年は
残念ながら嘘ではない。このことは昨日、父さんからのメールで伝えられていた。
「ほぅ。いつ?」
「……未定です」
これも本当。いつ、どこで、現れるかわからないので俺としても少し困るところである。
「御両親は?」
「……叔父、叔母と海外旅行だそうです」
俺は自分の両親、特に母親を親だとは思っていない。別に血が繋がっていないなどと言う様な事では無くただある事件のせいだ。
先生は胸元からたばこ箱を取り出し、右手の上でくるくると回している。一服したいが、俺がいるために出来ない、というところだろうか。
「御両親は自由なお方だな」
「……そうですね」
むしゃくしゃする。自由にさせたのは俺だが、それでも羨ましいことに変わりは無い。
俺の心が少し伝わったのか先生は親の話題を取り下げた。
「また、1人でするのか?」
「……前も今回も1人じゃないです」
「流石に楽しめとは言えないからな」
「……そうさせたんですけどね。先生が」
2人共自分の背負っている責務で手一杯なのだ。だから言葉を掛けるにしても生半可な適当な言葉ではできないのだ。しんどさを知っているので安易に頑張れなどと言えないのだ。
「松平。新山静乃をどう見る?」
先生が、直球で訊ねてきた。しかも、内容が俺の事でも先生自身の事でも美玖の事でもなく新山さんだ。
「……ストレートで良いですか?」
「勿論」
「……彼女は過去と人に縋っているように見えます」
「成程。その理由は?」
「……再起部を救いたい。それだけの力が欲しい。この2つの思いが彼女を今、突き動かしている。
「そうだろうな」
「……その2つの理由が今回のカギだと考えています」
再起部を救いたいという思いの方は俺がほとんど無意識で修復してしまったので俺は今までもう一つの方を行ってきた。
「力、か。難しいな」
大原先生は少し考えた後、早々にギブアップを宣言した。
「……夏休み中には自分で見つけてくると思います」
「根回しが早いな。最初から気付いていたという事か」
皆、気付くと思うのだが……。先生のように俺達に比べて大分年季が入ってしまわれ……
「おい、失礼だぞ?」
何も言ってねぇ!!俺の心をネット回線のようなものでインストールとかしてないだろうな。
先生はくるくるとタバコ箱を回転させるのをやめ、中身を取り出そうと手を入れた。
「……俺はこれで」
副流煙など絶対に御免である。俺はまだ成すことがあるのだから健康には気を遣う。
「あ、松平。言い忘れるところだったが、デートに誘ってやれ」
誰を、ともどこで、とも言わなかったが全てを察した俺は少し意外だと思いながら、
「……時間は空けてます」
少しキメ顔で応じた。
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