第29話 ダブルカップリング10
結局呼び名については美玖が「やめてあげて」と言ってきたのでしょうがなく不問にしておいた。となると苗字呼びは俺と真鐘だけになるのだが、
「いや、別にしないから」
と、何も言っていないのに断られてしまった。そして今は帰りの電車の中である。
「今日は楽しかったね」
「正直しんどい気持ちがない訳じゃなかったけど…」
「……濃かった」
「……」
莉櫻は乗車して10分も経たずに寝てしまっている。席は観覧車の時と全く同じだ。窓側が美玖と莉櫻。通路側が俺と真鐘。
莉櫻は窓に頭を預け、時折の振動で「うっ」とか「ぐっ」とかを無意識に口から出していた。……拷問の2文字ががちらっと頭をよぎった。
「もう、しょうがない奴」
真鐘は莉櫻の頭を自分の方へと持って行った。何故か直視してはいけないような気がしてぱっと下を向く。……美玖と眼が合った。どうやら同じことを考えたらしい。
「あ、2人共顔を下げるな。たまたまだ」
狙ったわけではなさそうだが慌てた声色は動揺していることを何よりも雄弁に語ってくれていた。
「ホントに莉櫻君のこと好きだよね」
「ち、違うし!ただ可哀相かなって思っただけで」
「可愛い、の間違いじゃなくて?」
「…それもある。少しだけ」
美玖はこの手の話になると強くなるようだ。自分の事を訊かれたら弱そうだが。
「自分の事はいい。それより美玖。今日はどこまで行けたんだ?進展と言った方が適切かな」
「ちょ、ちょっと。ここでは言えないよ。潤平君が隣にいるのに…」
「隣にいるだけで緊張しちゃう美玖ちゃん?何処まで行ったのかを言ってみなさい?」
へぇ……。美玖は今緊張しているのか。どこか他人事だった俺は次の一言で自分事となった。
「キスはしたのか?」
え?キ、キキキキキキスって!?あのキス?
「そ、そんなのまだしてないよ!」
ま、まだ?まだって言った?ってことはいつかあるの?もう少し深く訊きたいなぁ。真鐘頑張れ。
「じゃあハグ?」
すっと静寂が訪れたのに俺は気付いた。だって記憶にあるんですもん。……暗闇の中でさ。
「し、してないもん!」
幼児の様になってしまった。これはこれで可愛いけど。一瞬にして赤に染まった頬は手に覆われて見れないが耳まで赤いので相当に赤いのだろう。
真鐘が美玖にばれないようにニヤッと人の悪い笑みを浮かべている。……よくやったと言いたいところだがやりすぎだ。美玖が精神的に死んでしもとるやないか。
「それは残念。自分はこいつのせいで眠いから寝る」
確かに寝ている人が近くにいると眠気が来る。真鐘は目を閉じた後、何も話さなくなった。
「……もん」
「……はい?」
「ハグなんかしてないもん」
まだ言ってるんですか。というよりその宣言を俺にされても困る。
「……ならあれは何だったんだろーなー」
分かっているうえで少しだけ調子に乗ってみる。
「あ、あれは…その」
うんうん。だけどな。悩むときに俺の左太ももを右手でつんつんするのは止めようか。こしょばいから。
「しがみついただけ」
「……ハグやん」
「うぅ……」
自覚し直したらしい。実に忙しいお方である。美玖と終らない問答をしているとすぅすぅという寝息が2つに増えていた。
お互いの頭を支え合って静かに寝ている2人は今日から恋人だとは到底思えない。ずうっと前からこうなる運命ではなかったのかと思える程に感じた。そう思うと残したい。……一枚だけならいいだろう。
パシャ(実際に音はならない。携帯電話だから)
これはいつか交渉材料にも使えそうだし冷やかし用にも使えそうだ。あとは普通に鑑賞。
「前の時みたい…」
「……前の時ってなんだ?」
無意識だったようでやべっという顔をしている。
「ん~水族館の帰り、かな」
……確か俺は前日に楽しみすぎて眠れなかったためコーヒーを飲んだが結局最後には寝てしまって…。
「……ごめんな。あの時は」
「いいよいいよ。おかげでできたし」
思い出し笑いのような笑みを浮かべている。生憎俺にはその時の記憶が全くない。なので何か面白い事でもあったのだろうかと少し羨ましい。
「……ありがとう」
「うん。…それよりこの2人。お似合いだね」
写真撮ったし。これを真鐘に見せたら口と顔は罵られるだろうがあとからメールで「下さい」と言ってきそう。
「……お互いの方とか。初日に速すぎるだろ」
「それは確かに言えることかも」
「……俺達だってまだしてないのに」
「えっ?!」
「……え?」
こっちがびっくりしたわ。急に驚くなよ。俺は嘘を言ってはいない。やりたいとは思うが出来るようなシチュエーションが来ないのだ。
「何でもない。…あのごめんは一体なんだろう」
終盤がぶつぶつ言ってて聞こえなかった。
俺の耳が悪いのではない。美玖の声が小さすぎるのだ。これではコウモリの耳を使っても無理そうである。
「……7月に入るな」
少し含みを持たせる。何と言ったって7月は俺の大きなイベントがあるのだから。
「そうだね。今年はいつもより熱いらしいよ」
……これは分かっているけど分かっていないふりをしているのか、それとも本当にただ忘れているだけなのだろうか。
「……へぇ」
「会話を終わらせないでよ。ちゃんと分かってるから」
分かってて分からないふりをしていたようだ。まぁ忘れるなんてある訳ないよな。
「……終わらせるつもりはなかった」
「ふ~ん。楽しみにしておいてね。きっとびっくりすると思うよ」
「……わかった。楽しみに待ってる」
7月。もう少し正確に言えば7月5日。この日は俺にとっての大事な日ーー
「うん。誕生日プレゼント」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます