第24話 ダブルカップリング5(三人称視点)

 潤平の「何かあったに違いない」に対してはある意味ではその通りだと言えるし、またある意味ではそうではないと言えた。


「はぁ……はぁ……やっと着いた」


 肩で呼吸しながら感想を言う麗律。その後ろには同じく肩で浅い呼吸を繰り返す莉櫻が遅れてやってきた。


「はぁーっ!相変わらず速いな」


 潤平たちと別れてからこの最後尾までずっと走ってきたのだ。最初は莉櫻が先だったのだが、今では麗律の方が先になっていた。


「違うし、遅いだけだし」


 口が裂けてもつい本気になってしまったとはいえない。莉櫻はそれを分かっているのかわかっていないのかはともかくとして笑顔を麗律に向けた。


「いや、真鐘の練習の成果が出たんだよ」


 練習の成果とは中学生時に所属してたソフトボール部でも練習の事だ。麗律は莉櫻の言葉を聞いて胸がちくりと痛むのを感じた。練習の事に対してではなく呼び方の方で。


「もういい」


 だが、麗律の方から「名前で呼んで」等、言えるわけがなかった。考えと態度が見事に真逆に出てくる彼女は一言で会話を中断させるほかなかった。


「そうか。ごめん」


 いつも通りの莉櫻は口から出た言葉を真っ直ぐ受け止め、謝罪の言葉を口にする。

 ヘタレッ!鈍感!彼女の心は自分の言いだせない性格を棚に上げて莉櫻に毒づいていた。

 ……けど、優しい。ここで謝ってくれる。本当は麗律が悪いのだ。

 またちくりと痛む。今度は自分の事で。

 潤平にも美玖にも相談した。いろいろ解決案を出してもらったり、愚痴を聞いて貰ったりした。


「あぁ駄目だ。やっぱり」


「何がダメなんだい?」


 莉櫻が麗律に訊ねる。その声色はとても優しく感じられる。


「いや、お前に気付かせてやれない自分」


「あれ?俺が何か気付かないといけないやつ?」


 悪戯っぽく笑う麗律の変化を何とかして見つけようとまじまじと見る莉櫻。


「は、恥ずかしいからやめろ!」


 せっかく含みを込めて行ったのに逆に手玉に取られている気がする。


「仲良いよな。あの2人」


 唐突な莉櫻の言葉。あの2人というのは潤平と美玖の事だろうと麗律は早々に決めつけた。


「何だ?羨ましいのか?」


 麗律とて羨ましくないわけがない。人並みには手も繋ぎたいし名前で呼び合いたいとも思っている。

 実際、その気持ちはジェットコースターに乗った後からさらに強くなっていた。彼女としての美玖は友達の時よりも格段に可愛かったのもあったかもしれない。


「まぁ…そんな気持ちがないこともない」


「何だそれ」


 ついおかしくて笑えてしまう。ただ、遠い目をしていた莉櫻には何かしてやってもいいかなという気がした。だから、


「ならやってやろうか?」


 手を差し出してみる。手の甲が上向きになっているのは握手をする気は無いという意思表示。


「え、いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど…」


 急に落ち着きがなくなり、あわあわしている莉櫻を見て麗律は少し嬉しそうな表情をした。


「どうする?やめとくか?」


 10分程経過しなければ全く進まない行列は莉櫻にとって恨めしいのもと言えただろう。


「……真鐘」


「自分も一応は女の子なんだぜ?」


 顔がいつの間にやら赤くなっていることに気が付いていない。しかもこんなセリフを言ったことなど今までで一度もなかった。


「俺と真鐘ってどんな関係なんだ?」


 ふと今思ったように訊く莉櫻。しかしその顔には今までも思っていたことだと書かれてあった。


「……」


「潤平達みたいに恋人であるわけでもないし、幼馴染というわけでもない。ただのゲーム友達とも違うし……だから俺は俺の適当な気持ちで真鐘の手を握ることは出来ない」


「そんなことは無い!!」


「いいや。真鐘は俺なんかよりももっといい人が居るはずなんだ」


 普段の莉櫻よりも一段低いトーンでの物言いと何よりその真剣なまなざしに麗律は何も言えなかった。

 いつの間にか下におろしていた手を上げ、胸の上に置く。

 自分は莉櫻がいい。莉櫻じゃないと嫌。頭でがその二文がひっきりなしに流れていく。

 伝えなければ……。伝えなければこの思いはきっと彼には届かない。

 だが麗律は声に出して言うことが出来なかった。


「だから俺の気……」


「お2人ですね。ペア席でどうぞ」


 莉櫻の言葉は途中で聞こえなくなる。そのため麗律は何が言いたかったのかが分からなかった。

 このアトラクションは基本、自分の意思で動くことは出来ない。そしてペア席とは通路と通路に挟まれた2人組用の席の事であった。


「今更だけど……これ1回じゃ終わらないから」


「えっ!先に言ってくれよ」


「最後に限界まで上がって限界まで落ちるらしい」


「ふぅん」


 何か含みのある相槌だった。

 麗律は実をいうとこのアトラクションはあまり好きではなかった。1回目は平気だが2回目から怖くなるのだ。


 ーー抱きついちゃえばいいんだよ!ーー


 自身もしたことがない美玖の言葉がふと蘇る。


「無理無理無理」


「何が無理なんだ?もしかしてこのアトラクション?」


「んな訳……バカ」


 いつもの言い返しもイマイチの切れ味であった。


「上がってるな。どれだけ上がってるんだろ?」


「知りたいか?具体的な数字は」


「いや、ごめんなさい。要らないです」


 少しだけ勝ったと思ってしまった、麗律。

 ぴたりと止まって静寂が訪れる。本来ならば1秒にも満たない時間だが2人を含めたこのアトラクションに乗っている人には妙に長く感じられた。


「来るぞ…いええーーい!!」


「ふぎゃぁぁぁぁっ!」


 この時の麗律はもう先程の事を忘れようとしていた。……莉櫻は叫びながらも麗律を見ていて……。

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