オオカミちゃん、わふわふ
朝起きたら、ログが進んでいた。
とりあえずそれを確認しよう。
――クラン「銀十字騎士団」が『セカンディア』を開放しました。今後、エリアボスが弱体化されます。
――エリアボスについてのヘルプが更新されました。
まずは『セカンディア』開通。
めでたい。これで流通も良くなるだろう。
ヘルプは、弱体化されたエリアボスについてのものだ。一度打倒されたボスは弱くなって、同時に難易度が追加される。
これで、各自、好き難易度でボスに挑むことが出来るようになるみたい。
気軽に強敵に挑めるのは良いかもしれない。
難易度は比較的、簡単に打破できるイージー、通常通りの強さのノーマル、そして一段階強くなって素材などが落ちやすくなるハード。
通るだけならイージーで良くて、歯ごたえが欲しかったらノーマルやハードって感じか。生産職の人たちはイージーで通るんだろうな。
ボクたちは、どうかな? 多分ハードに行く気がするね? 面子的に。
――ウヅキが「怨輪の銀狼」を最初に打破しました。
――ヘルプに「怨輪武器」についての情報が追加されました。
で、問題はこっち。夜のうちにウヅキがなんかやったらしい。
ヘルプを確認する。
……一言で言えば、絶対に今の状況だと手が出ない特殊クエストだ。
少なくとも、ボクは無理だね。
プレイヤーに合わせた強い敵が出てきて、それとタイマン張る必要がある。報酬はスキルスクロールに武器、称号など。かなり豪華。
武器はプレイヤーに合わせて強くなるとか。
フィールドを歩き回ってクエスト開始武器を探す必要があるけれど、強烈なデメリットもついているようだ。
サンプル画像だと素早さが-40もされている。
これは多分、前へ進むだけじゃなくて、回り道して色んな所を見て回れよっていう、運営からのメッセージでもありそうだね。
夜にウヅキやモミジが頻繁に宿を出入りしているっていうのは知ってる。
出歩いているうちにウヅキはこの武器を拾って、そのまま銀狼を倒したのだろう。
これからしばらくはフィールドを歩き回るプレイヤーで溢れるだろう。モミジなんかは知らないうちにあっさりとクリアしていたりしそうだ。
ウヅキを見ると、ボクの手にしがみついてよだれを垂らしている。
ほら、起きなさい。
「うぶぶぶぶ……」
なんて声出してるんだ。
◇
「で、スキルスクロールはなんだったの?」
「ん?」
「貰ってないの?」
「まだ見てない」
ようやく起き出したウヅキに聞くと、こてんと首をかしげる。
どうやら、昨日は疲れ果てて、ろくにログを見ずにベッドにダイブしたらしい。
ログを確認するように促す。
「称号と、アイテムと、運営からメールが来てる」
「うん? 運営さんからはなんて?」
「狼との戦いの動画を、宣伝に使っていいかって」
「ふうん? 良いんじゃない? ボクたちは運営さんから仕事を受けてる立場だし。一応、病院の方を通してOKなら問題ないって返したら」
「ん、そうする」
ボクたちは基本的にゲーム環境にしろリアルの環境にしろ、全てを提供して維持してもらっている。向こうからの要請は基本的に全てOKするつもりだ。
「動画ももらった」
フレンドメールで動画ファイルが投げられてくる。
ウヅキと銀狼の戦闘動画だ。上空から撮られているようで、普通だとありえないアングルだ。
運営さんは普段こういう感じでゲーム内を見ているのかな。
最初っからフルアクセルでウヅキが走り回り、銀狼が翻弄される。
しかし、途中から銀狼の動きがだんだんと良くなってくる。
学習するAIに、ウヅキのスキルに合わせたスキル構成をしているからだろう。どんなプレイヤーが相対しても、ちょっとやそっとじゃクリアできなさそうだ、と嫌でもわかる。
ボクが戦うとしたら魔法対決みたいなことになるかもね。
勝てるかなあ? うーん。
まあ、ボクが挑戦する予定は無し。
「ほおう、楽しそうだな」
「私はこういうの苦手だな」
シオンもモミジもそれぞれの反応を示す。シオンは、そもそも戦う事自体そんなに好きじゃないから、この反応は当然だろう。
ボクもそこまで、「強いやつ出てこいやぁ!!」みたいなプレイは好きじゃない。
モミジは予想通りの反応。
そんな激戦の動画を横目で見つつ、ウヅキにスキルスクロールの使用を促す。
ウヅキの手にもったスクロールが溶け出し、ウィンドウが表示される。
それをそのままボクに見せてくる。
〜〜〜〜
<空中走行>
空に見えない足場を作り出し、蹴ることができる。
〜〜〜〜
わお、シンプル。
シンプルにぶっ壊れスキルだとわかる。
特にウヅキのプレイスタイルに合わさるとやばいことが、銀狼戦の動画を見ててわかる。
動画で、ウヅキは事あるごとに空へと逃げようとしている。
空にいることでアドバンテージがあるのだろう。
それが糸による単純な機動から、このスキルによって縦横無尽になる。
普通のプレイヤーだとまともに使えるのか怪しいが、ウヅキだと完璧に使いこなしてくれるだろう。というかもう完全にニンジャだ。
どこに行くつもりなんだろう、この子は。
「良いスキルっぽいな。良かったな」
「うん。きっと役に立つ」
武器も見せてもらう。
かなりピーキーな武器だとわかるが、ウヅキなら使いこなしてくれるだろう。綺麗な短剣だと思う。
「銀狼の召喚はできるの?」
「ん」
そして、やっぱり気になるのは銀狼召喚である。
ウヅキが短剣が輝き、ボクたちの前に大型犬程度の大きさの銀狼が現れる。
「おおー」
「ワフっ」
ふっさふさ!! ふっさふさや!
動画の銀狼はギラギラと痛そうな毛並みをしていたが、ボクたちの前にいる銀狼はどちらかというとふわっとした毛並みだ。子供ということだろうか。
顔立ちもちょっと丸っこくて、かわいらしさが前面に出ている。
「こいつは何ができるんだ?」
「さぁ?」
「キュゥん?」
ウヅキと銀狼がそろって首をかしげる。
はわっ、こいつはヤバいでぇ……。
ウヅキも少し犬っぽい所があるし、並ぶと相乗効果で破壊力が半端ない。
「むう。新たなライバル出現ですね」
シオン、狼に嫉妬するのはやめろ。おい、ジリジリとにじり寄っていくな、その短剣をしまえ。
「肉食うか? 食うか?」
モミジ、かわいがるのは良いが品質「劣」だろその肉。やめろ。廃品処理にもふもふを使うんじゃない。
しばらくジャレたあとで、UIのパーティー一覧に一枠追加されているのに気づく。
名前は「????」だ。この銀狼のものだろう。
「ウヅキ、そいつの名前、つけないとダメみたいだ」
「え? ……うーん」
ちらっとこっちを見るが、ボクは首を振る。
お前の狼なんだから、きちんと名前つけてあげなさい。
「えーっとじゃあ『オオカミちゃん』で」
「え? ちょっとま――」
パーティー一覧には燦然と輝く「オオカミちゃん」の名前が。
うわーお! こいつやりやがった!!
「よろしく、オオカミちゃん」
「ワウ!」
お前それで良いんか。良いのんか。
もういいや。日課いくぞ日課!!
「あ、モミジとシオン、魔石あったら頂戴。モミジは品質「劣」の肉もくれ」
「はい」
「おう」
◇
日課を済ませて、モーリアさんの家へ。
さて、ここまでの短い時間で、銀狼あらためオオカミちゃんは、中々優秀だということがわかった。
まず、手を繋がなくてもちゃんとついてくる。
とってもお利口さんだ!
そのつぶらな瞳でこちらを見上げながら、トコトコとついてくるのだ。その破壊力は端的に言ってヤバい。
皆の視線も独り占めって感じだ。
あと、基本的にウヅキたちをボクが先導しているので、オオカミちゃんはボクをリーダーだと認識したようだ。
親とリーダーは別、というのをきちんと理解している。
うーんいいこいいこ。
その区別ができるなら、今後の戦闘の幅も広がるだろう。
教会は流石に入れなさそうなので、一旦送還して、お祈りが終わったらもう一度召喚。
訓練場では軽くスパーリングもしてみた。動きは悪くない。
ウヅキやモミジに揉まれたらすぐ一人前になれるだろう。
ギルドにも一応、顔出しをした。召喚獣扱いで、特別な処理とかは特に必要ないらしい。受付のお姉さんの顔がふにゃふにゃになっていた。
畑では、以外にも活躍していた。
雑草を喰み、器用に抜いていく。初めての作業だから、速度としてはまだまだだが、今後続けていけば相当な速度になるんじゃないだろうか。
オオカミちゃんは召喚獣だが、きちんと記憶を持ち、成長するようだ。たとえスキルレベル的に成長はしなくても、思考能力があるなら使いようはいくらでもある。
もしディフェンダー的な役回りができるなら、そのように教育したいところだ。
今のところアタッカーに偏ってるからね、ボクたちのパーティー。
「作業の邪魔はするんじゃないよ」
「わふっ!」
モーリアさんの言葉もきちんと聞いて、部屋の隅っこでオオカミちゃんは寝そべっている。
ゆらゆらと白銀の尻尾が揺れている。見ているだけでアルファー波が出そうな光景だ。
まず、砂からポーション瓶を500個ほど作る。モーリアさんもウヅキもポーションを作成するからだ。多くあって困ることはない。
次に、魔石の合成をしていく。
この作業も慣れたもので、結構サクサクだ。スキル経験値がとても美味い。
が、しばらくすると飽きてくるので、休息ついでに実験してみたりする。
まず、品質の上昇テストだ。
品質「劣」の皮同士を掛け合わせる。互いに不足している部分を補うイメージ。混ざりあわえて……うん、完成。
品質「普」の皮ができた。どう考えても物理的におかしな挙動をしている気がするけれど、あまった質量はどこへ? まあ、ゲームですし。
次に肉も同じことをやっていく。
それが終わったら、「普」同士を「良」へ。
「おお、霜降り……」
ウサギの肉を「良」にしたら、なんと霜降りになった。
ウサギの肉って霜降りになるの? おかしくない?
まあ、エフェクト的に「良品だよ」って見せるためにこうするのがわかりやすいのだろう。
きっと。
「フンッフン」
見ると、オオカミちゃんが待機状態のまま、よだれを垂らして鼻息を荒くしている。
邪魔をしないという命令は守るが、欲望は抑えきれない様子。
忠義の犬、いや、狼だね、君は。
嫌いじゃないぜ。
「ほーれほれほれ」
近寄って左に肉を揺らす。
ビクンっと尻尾が揺れて、必死に肉から目をそらそうと顔自体をそむけるが、よだれの量が倍増する。
「ほーらほらほら」
鼻先に持っていく。
そんなに恨みがましそうに見るなよ。
いじめたくなるじゃないか。
「食べていいぞ―」
「クウン?」
良いの? という顔。
「いいぞいいぞー」
「アウン!!」
許可を出したとたん、オオカミちゃんは肉に食らいつく。
猛烈な勢いだ。
満腹度とかあるのだろうか。多分ないと思うんだが。
まあ生き物の姿をしていると、餌をやりたくなるのが人の性だね。
食べる前にきちんとこちらに了解を得てくるほどのお利口さんだ。
肉の味を占めて――みたいな事もあるまい。
盛大に甘やかしてやろうと思う。その分ウヅキとモミジがきっちりしごいてくれるだろう。
鞭は任せた。ボクは飴になる。
満足そうに寝そべったオオカミちゃんをひとしきり撫で、リフレッシュしたボクは実験に戻る。
ちなみに、ウヅキは黙々とポーションを作り続けている。
<調合>は性に合っているようだ。
今はなんだかドロドロの青緑な液体を煮詰めて微笑んでいる。ちょっと怖い。
ウヅキはオオカミちゃんとそこまで触れ合わない。とはいえ、無視しているという感じもなくて、たまに視線を合わせたり、一応気にしている素振りも見せている。
それぞれの接し方というものがあるのだろう。
さて、実験である。
茶葉とかもそうだけれど、乾燥しているほど煮出しの効果は高い。 薬草もそうではないか? とボクは思うわけだ。
で、実際モーリアさんの本で調べた。
答えはビンゴだ。
ただ、作成に天日干しをしたり、魔道具を作ったり、それ相応のコストがかかる。
現在の質より量な状況では、乾燥薬草は使われない。
じゃあどうするか。
モーリアさんは「<錬金術>は縁の下の力もち」だと言った。つまり<錬金術>で薬草から水分を出せるのではないか?
<錬金術>に【乾燥】といったアーツは今のところない。薬草を錬金にかけても脳裏に浮かぶのは【下位変換】で種にするだけだ。
錬金術の本で調べたけれど、薬草を乾燥させる方法は乗っていなかった。おそらく、出来ないか、もっと上位の技なのだろう。
今のボクでできそうな事と言えば、<魔力操作>だ。
ボクは、薬草を出し、<魔力視>と<魔力操作>で薬草が持つ特定の要素を抜き出してみる。
魔力を出すことで水分を追い出せるのかはわからないが、まあ、それを知るのにもこの実験は意味があるだろう。
一度目はボロボロに崩れた。失敗。
二回目、見た目変わらず弾力がある。失敗。
三回目、なんか真っ白。多分失敗。
四回目、カサカサで縮んだ。これか?!
総当りでなんとかなるもんだ。
「ウヅキ、これでポーションを作ってみて」
「ん」
ウヅキの作業を横で見ながら、観察する。
見た目には何もかわらないように思える。
「……品質が上がった。けれどD+。私のスキルレベルでちょっとマシ程度」
「んー」
こう、もうちょい劇的にならないだろうか。今の<錬金術>では乾燥にならないのか? ちなみにアイテム名はきちんと乾燥薬草だ。品質は「劣」で、「良」にするために、この乾燥薬草を掛け合わせていくのはコストと時間が掛かりすぎる。
もう一度実験。
乾燥しても、薬効が溶け出さない理由。そもそも溶け出す理由はなんだろう。
栄養を守る壁が壊れて溶け出すと考える。
乾燥によってそれを促進する?
じゃあ……。
先程と同じように、要素を抜き出す。
が、今度は要素を変形させて、棘のようなイメージにして、ひっかきまわしつつ……。よし。
きちんと乾燥薬草だ。品質は……「普」!! 多分元となった薬草が「普」だからこれが限界だ。
薬草をかけ合わせて、「良」の状態で乾燥させてみる。
うん、「良」だ。完成だ。
思いつきながら、大成功と言って良いのではないだろうか。
これで手間をかけて乾燥薬草を大量に作り、それを掛け合わせるなんて時間がかかる作業をしなくて良い。合成した薬草を乾燥させる一回の手間だけになるので、大幅な時間短縮と言えるね。
おそらく、<錬金術>で普通に乾燥させたら、品質が下がるんだろう。自然現象を無視した無理矢理な乾燥だからだ。
<魔力操作>と<魔力視>によって、自然現象と同じようなことを擬似的に起こすことで、劣化を免れられる! これはちょっと凄いことなのではないだろうか。
自画自賛。
比較対象もないので、まあ、許しておくれ。
モーリアさんも<錬金術>は専門外だし。
「ウヅキ、もう一回これで」
「ん」
再度作業を見守る。
巨大なフラスコのお湯へと溶け出す色が、明らかに濃い!
「……C+、私のスキルレベルで出来る三段階くらい上になってる。多分経験値も多い」
「良し!」
「ほう、凄いじゃないか」
あとは水とかポーション瓶とか、色々と工夫すればもっと上のレベルのポーションが作成できるだろう。
うーん、<錬金術>、面白いじゃないか。ハマってしまいそうだ。
その後も、実験を続ける。この作業は難易度の高い作業であるようで、これまた経験値が美味しい。
ウヅキもまた、乾燥薬草を使い<調合>のスキルレベルアップの速度を上げることができた。
大変よろしい。
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