訓練場にて

「さて、今回の魔法講習の希望者は君たちか」

「はい」


 ボクたちは訓練場に来ている。

 ここも他の施設と変わらず、プライベートエリアだ。

 待ち時間もなく講習を受けることができるし、気になることはなんでも聞ける。

 今、この街にはかなりの数のプレイヤーが押し寄せているので、多分主要施設のほとんどはこの仕様なんだと思う。


 この訓練場で言えば、闘技場のような広場はパブリックエリアで皆一緒だけれど、各講習の部屋はプライベートになってる。

 宿屋とかは中身まるっとプライベートエリアだったりする。


 クエストをくれたりする重要な住人とかが見つかったら皆押し寄せるだろうし、この仕様は納得だね。


 部屋の中は魔法を使うからだろう、石造りで結構広くて、先生の前に机がある以外、何もない。

 ボクたちは先生の前に並んでいる。


「生活魔法の話は聞いている。さっそく始めるかね?」

「はい。その後で攻撃魔法の講習をボクと彼女の二人が、残り二人は武器講習に行く予定です」


 ふむふむ、と頷く魔法の先生は、少し気難しそうな印象を受ける、古びたローブが似合うおじさんだ。冗談が通じなさそうな生真面目、といえば良いのか。


「しかし<生活魔法>の説明を君たちのような年齢の者たちにするとはな。いや、そもそも、ここは旅人たちの教育のために設けられた場所であるからして、必然であったのか。まだまだ勉強不足だな」

「はあ、そうなんですか」

「我々は、数年に一度、まとめて生活魔法は教育される。一生に一度、学べばそれですむ。神託によりこの街は旅人が最初に訪れる場所として、訓練場への予算が多く割かれており、<生活魔法>の講習が可能だ。他の街ではこうもいかんだろう」


 魔法にしろ訓練にしろ、ある程度人に「教えられる」人材はどこの国も不足していて、わざわざこのように時間を割く暇も教材も無いとのこと。

 なるほど、この街だから出来る講習で、他の街ではできなかったのか。

 もしかしたら訓練場みたいな、皆が使える場所もここだけの特殊な施設なのかも。


 魔法系の重要施設とかだったら、教えてくれる所もあるかもしれないが、そこまでいったら<生活魔法>なんか要らないだろうしね。


「<生活魔法>は、その手軽さと習得の容易さで誰もが持つ魔法であるが、その習得するための機材は現在の技術で再現できない貴重な物となっている。魔法を扱う者としては、どのようにしてこの<生活魔法>が構築されたのか非常に興味深いが……。その説明については後にしよう。大切なのは、<生活魔法>は難しい知識を持たずとも、誰もが習得可能であるということだ」


 先生が机の上に水晶を置く。片手で持てる程度の大きさで、水晶を守るように幾重にも魔法陣が渦巻いている。


「美しかろう? さて、ここに手を置いてみなさい。何かが流れ込んでくる気がするはずだ。拒否せず、受け入れなさい」


 言われたとおりに手を水晶に置く。魔法陣はボクの手をすり抜けて変わらず動いていて、変わった様子はない。すぐに温かい空気のようなものが流れ込んでくる気がする。


 頭のなかにいくつものシンプルなサークルのようなものが流れ込み、定着していく気がする。


――スキル<生活魔法>を習得しました。


〜〜〜〜

<生活魔法>

一般生活における便利な魔法郡に特化して体系付けられて世界基盤に登録された魔法。このスキルにレベルはなく、各種魔法はMPを消費せずに使用することが出来る。

使用可能魔法:【着火】【クリーン】【ウォータ】【スモールライト】

〜〜〜〜


「覚えたかね?」

「はい。すごく簡単なんですね」

「であろう? 他の魔法もここまで簡単であれば苦労ないのだがね」


 先生は肩をすくめる。皆も次々に生活魔法を習得していく。


「私が知る限り<生活魔法>は魔力を消費せずに使用できる、唯一の魔法となっている。特徴としては、一度魔法を使うとしばらく再使用できず、その効力も非常に弱い物となっている。ためしに【着火】を使ってみなさい」

「はい。【着火】」


 生活魔法の【着火】を思い浮かべながら手をだすと、手先に小さな火が生まれた。

 それもすぐに消える。

 【着火】が使用不可状態になり、3分ほどのクールタイムと表示される。


「私自身は、人が持つ余剰魔力、無駄に放出している魔力や、自然にある魔力を魔法自体が溜め込み、それを使用しているのだと考えている。例えば【クリーン】などは、体の汚れや水気が一気に引くが、再使用まで20分ほどの時間がかかる。このあたりの話も後にしよう。これにて<生活魔法>の習得講習を終わりにする」

「ありがとうございます」


――ルイたちのパーティーが<生活魔法>を開放しました。

――<生活魔法>がヘルプに項目が追加されます。今後、最初の街「ファスティア」訓練所にて<生活魔法>が習得できるようになります。

――称号「探求者」を獲得しました。


〜〜〜〜

称号「探求者」

ワールドアナウンスを1つ以上流した者に与えられる称号。新しい事、不思議な事、未知な事への探究心を忘れない者の証。

住人たちの好感度が上昇:小

〜〜〜〜


 おお、アナウンスだ。これは他のプレイヤーにも聞こえたってことかな。

 今から皆<生活魔法>が習得できるようだね。



「それでは、そのまま魔法講習を始める」

「よろしくお願いします」


 <生活魔法>の習得が終わったので、そのまま魔法講習へ。

 モミジたちはもう武器講習の方へと行っている。


「まず魔法とは何か、から始めようと思う。我々が基本魔法と呼んでいる魔法の属性は火、水、土、風、闇、光となっている。それぞれ特性があるが、光と闇は似た性質を持つ。それぞれについての細かな知識については、図書館による資料や、次の街『セカンディア』の魔法ギルドへとあたると良いであろう。ここではあくまで実践的な技術だけを教えるつもりだ」

「よろしくお願いします」


 魔法は魔力を使う。

 魔力によって世界へと働きかけ、「現象」を生み出す技術。

 この世界には魔法神がいて、魔法を繰り返し使っていると、その練度によって新たな魔法を行使するための領域を広げてくれるそうだ。


「その領域を表すのがルーンだ。我々は魂の中に魔法を行使するために必要なルーンを持ち、その組み合わせで魔法という現象を引き起こす。魔法神さまは、我々の魔法への熱意により、その恩恵を与えてくださる」

「スキルレベルですか?」


 魔法を繰り返し使っていればスキルレベルが上がる。

 そうすれば使える魔法が多くなっていくということか。


「正確には違うと私は考える。神官が生命神や世界神に祈るのと同じように、我々魔法使いは魔法を使うことで、これを魔法神への祈り、魔力を捧げていると考えているのだ。その質により、魔法神さまはどこまでの領域を我らに与えるかをお決めくださっているのではと。実際、覚える魔法のスキルレベルには差があるし、その強さは人によって様々だ」

「へぇ、面白いですね」

「であろう? 例えばこれは最初に覚える火魔法『ファイヤーボール』がこれだ。【ファイヤーボール】」


 先生は片手に火の玉を出し、それを放出する。飛んでいった火の玉は、壁にぶつかって小さな爆発を起こす。


「今のは、何も考えず、ただただ魔法を行使したにすぎない。次に、同じ魔法を、今度はできるだけ、イメージする」

「イメージですか」

「そうだ。灼熱だ。強さでも良い。爆発力、相手を撃破せんとする強い意思だ。もしくは魔法神への祈りでも良い。魔法を練り上げるというイメージ。――【ファイヤーボール】」


 先生のは目をつむり、ぐぐっと手を握り、その上に火の玉を出す。

 グツグツとしたマグマのようにすら感じるそれが凄まじい速度で飛翔し、壁へとぶつかりねじ込まれるようにぐにょりと歪んで爆発した。


「<魔力操作>というスキルがある。魔法にどれだけ魔力を込めるか操作し、スムーズに魔法を行使するためのスキルだ。今の魔法にはそれを使っていない。ただイメージしただけだ。敵を倒さんとする意思、殺意、もしくは祈りだ。魔力の量は変わらず、質が変わる。そこに私は魔法神さまの存在を感じてならない」


 ふう、と先生は汗を拭う。

 たった一回の、それも一番最初の魔法を使うだけなのに、かなり疲労しているように見える。


「わかる気がします。真剣に取り組めば、成果がついてくる」

「うむ、その通りである」


 一晩でモミジのスキルがガンガン上がってたのはそれだ。

 奴はオンかオフしかない。

 やるか、やらないかだ。やる時は躊躇しない。全力でやる。

 ウヅキもそうだ。

 奴らは止まらない。止まれない。

 そんな危うさの塊だ。


 それがボクたちがここ世界に要る理由でもある。


「剣を極めた剣聖は、剣神さまの加護を得て、山を剣の一振りで切るという。意思の力とは、かくも測れず、しかしそこに確かにあるとは思わんか? さて、魔法は質だと話をした。ルーンを覚えていけば、様々な魔法を行使できるようになるだろう」


 先生は火の玉を出したり、火の壁を出したりしながら説明してくれる。


「例えば、魔法を練習していれば覚える【ファイヤーウォール】、これに【爆】のルーンを組み込めば、ぶつかると爆発する火の壁となろう。初期魔法の【ファイヤーボール】に【分裂】のルーンを組み込めば雨のように火玉が降り注ぐ……。一流の魔法使いは、その都度ルーンを組み換え、イメージし、敵を尽く打倒せんとする一騎当千の力を持つと知るがよい」


 ボクとウヅキに、水晶が1つずつ渡される。中には、虹色に光る油のようなものがたゆたっている。


「それらは魔力を目で見れるようにする魔道具だ。水が入っているように見えるであろう? それを渦巻かせたり、波紋を出したりしてみせよ。先程の<生活魔法>で感じた感覚を、自分から出し、動かす。自分から出し、動かす」


 ボクたちは片手に水晶を持ち、それを見る。

 もう片方の手に先生が手を置いて、魔力を流してくれる。

 その感覚を、自分から出す。


 大切なのはイメージだ。

 自分から、熱を出すようなイメージ。


 しばらくそうすると、水晶の水面が微妙に動いたように感じた。


「ふむ、ふむ。よいぞ。大変よろしい。これを続けていけば<魔力操作>を覚えるであろう。暇な時があれば、この感覚をわすれず、励が良い」

「はい」


 スキルとしてはまだ発現していないけれど、かすかな手応えを感じた。

 さすがに今日中に覚えてしまうというのは無理なようだ。

 しばらくそれを続けて、三十分ほどが経つ。


「さて、本日は昼過ぎまでの予定だったな? 時間もないことであるし、基本魔法の習得訓練に移ろうと思う。<魔力操作>と同様、これもすぐに覚えることはできない。後日また来るように。忘れぬうちに感覚を補正していかないと習得は遠のくぞ? 必ず来なさい」

「「はい」」


 ボクたちは返事をして、水晶を先生に返す。

 しばらくは日課に訓練場が加わりそうだ。


「よろしい。では君たちは、どの属性の魔法を習得したいかね? 火、水、土、風は、それぞれ攻撃的な魔法を。光と闇は特殊な魔法に特化する傾向がある」

「ボクは火と光ですかね」

「じゃあ私はその逆の水と闇にします」

「ふむ、良いだろう。少し待っていなさい」


 火は大体の生物の弱点になる印象がある。

 特にこの付近のモンスターはもろに弱点だろう。

 光は<デバッグ>が光系統だとわかっているので、出来ることが増えるだろうか、という考えだ。


 シオンはその逆にすることで、お互いの弱点を無くす考えだろう。

 良いと思う。

 <傀儡術>は成り立ちからして闇系統だろうし、相性もいいんじゃないかな。


 あとは、例えば今後水中にで戦う必要があったりすると、他の属性魔法はまともに機能しない可能性がある。

 その点で言えば、イメージだけではあるけれど、<水魔法>は水中でも使用できそうだ。


「まずは火と水から始めよう。これを手に持ちなさい」


 渡されたのは若干色のついた黒い石だ。


「属性石という。鉱物と一緒に稀に出る。武器などを作る時に重宝するようだが、魔法の習得にも役立つ。属性石は周囲の魔力を吸い、その属性の魔力を出す。握り、その属性石の魔力を感じようとしてみなさい」


 属性石を握ると、その上に先生が手を乗せ、魔力を流す。

 熱い空気が流れる感覚を覚える。


「この感覚を覚えなさい。そして、その感覚を自分で作るイメージを。それが魔法の初歩だ。――そのままで聞きなさい。魔法とは、探求の道だ。体が、魂が、その魔法の属性に偏り、得意と不得意を作り出す。全ての魔法を覚えることは可能だが、魔法同士が反発し、制御は至難の業となると知れ」


 ボクたちは目をつむり、集中して魔力の流れを感じる。


「<神聖魔法>や<付与魔法>といった体系立てられた魔法技術は、様々な基本魔法のルーンを組み合わせ、神へと奉納されて独立したスキルとなる。その中身を覗くことは敵わん。それは神の領域を犯す行為に他ならないからだ。理論的には、それらスキルを覚えずとも、基本魔法を極めることでその術理を行使できるであろう。……できるはずだ。願わくば、君たちが魔法の道を歩み、魔導へと至ることを願う」

「はい。頑張ってみます」

「私も」

「よろしい」


 その後、ボクたちは時間が許す限り訓練を続けた。



 昼を少し過ぎた頃、ボクたちは別の部屋に来ていた。武器訓練をする場所だ。


「おう、来たな。魔法覚えたか?」

「いや、しばらくかかりそう」


 【デバッグ】で確認すると20%ってところ。まあそりゃそうだよね。

 すぐに覚えられたら、最初に魔法を選択したプレイヤーたちの意味がなくなっちゃう。

 この手間を無くすかどうかが、キャラクター作成のスキル選択にあったんだろう。

 

 ともあれ、大切な話も沢山聞けた。

 住人との交流もできたし、得るものは大きかったとボクは思った。


「ふうむ、そうか」


 モミジたちはそれぞれの武器で練習をしていた。

 モミジは変わらず短剣。

 様々な角度で素振りをしては、何か考える素振りをする。


 ウヅキはなぜか弓を射っていた。


「なんで弓」

「内緒」


 内緒なら仕方ない。

 弓にしては気持ち近い位置に立ちながら、淡々と弓を引いている。

 まだ当たったり当たらなかったり。


 その1つ1つに表情を崩さず、ひたすら一定のテンポで弓を引いている。


「もうずっとああだぜ」


 休息せずよ、と苦笑いしながら教官って感じの兵士さんが手をあげる。


「すみません。ああいう奴らなんです。気にしないでください」

「ま、いいがよ。俺は武器の扱い方を教えるだけで、あとは自由って感じだ。模擬戦とかがしたかったら広場でやる必要があるが、お前らはどうするんだ?」

「近接戦闘はあまりしないで後衛志望なんですが、最低限動ける必要はあると思うので、訓練をお願いします」

「なるほどな、いいぜ。武器は短剣か? 杖じゃなくて良いのか?」

「うーん、とりあえず短剣で。体が上手く動かなくいので、獲物が長いと時間がかかりそうです」

「へぇ。後ろにいるやつがインファイトの練習したいなんてお前ら変わってるな。まあいいぜ」


 それからボクたちは、しばらくカカシ相手に短剣を振るったり、蹴ってみたり、反復横跳びをしてみたりと、教官に言われるままに体を動かした。


 このゲーム「スタミナ」とかって概念は無いけれど、体の疲労自体は存在する。

 面白いのは疲労の回復にMPが消費されるってことだ。

 武器スキルのアーツでも魔力を消費するし、魔法以外にも、魔力は様々なものに使われるんだろう。

 

 良いくらいの時間でボクたちは切り上げる。

 ウヅキは矢を貰ってホクホクだ。


「明日同じ時間くらいにまた来ます」

「おうよ」


 さて、体も気持ち動くようになってきたし、短剣スキルもちょっと上がった。

 <格闘>と<体術>はまだ獲得できてないけれど、一歩前進って感じ!


 あとはひたすらウサギがりじゃー!!

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