第68話 ムヌーグは、赤い宝石にそっと触れた
亜人二人の全身が壁に打ちつけられる打撲の痛みに悲鳴を上げ始めようというころになって、地殻変動はようやく鳴りを潜めた。
のたうち回るような遺跡の変化が終わると、辺りを見回す余裕もできる。
「しかしこれは……」
茫然とつぶやくムヌーグ。
ニコの予測によれば、地震が収束すれば求める地下遺跡の不思議な部屋に辿り着くはずであった。しかしそこはまだ細い通路の途中であった。
なだらかな坂が、螺旋状に上下へと伸びている。淡く光る足元は、葉脈を通る液体のように、下から上へと光を流していく。
「一体、どこに不思議の部屋があるんだよ」
抱えていたニコを下ろして、ムヌーグは辺りを観察した。
「ずいぶんと下方に来た感じがしますね」
メリヤスが耳をひくつかせながら言う。
「みんな」
呼びかけるニコ。その手に握られた杖の先端、はめこまれた赤い宝石が、明滅を繰り返している。
「どうしましたか?」
三人が覗き込むように杖を見ると、赤い宝石の輝きが、ちょうど足元を流れる光にシンクロするように下から上に向かって流れていた。
ほお、と感嘆の息を吐くムヌーグ。きょろきょろと辺りを見回すニコは、その細い通路の壁の一部に、小さな凹状の穴が開いているのを見つけた。
「ちょっとどいて」
赤い宝石の輝きに見入る三人を振り払い、ニコが杖の先端をその穴へと差し込む。
杖の先端がその穴に触れるか触れないか、という一瞬。
溢れ、零れるように、光がその一点に集まった。足元を上方へ流れる光は、その一点へと光速で集まり、彼らの視界は、杖の先端に集まる眩光だけが頼りになった。
光は液体のように杖の先端と凹状の穴から零れ落ち、地面に光の水溜まりを作りだす。
「きれい」
杖は完全に壁の穴へとはめ込まれ、光の水溜まりはすっかり暗くなった辺りをほの明るく照らす。零れ落ちた光の水溜まりと、ニコの持つ杖にはめられた赤い宝石のみが、唯一の光源であった。
「どうなってる?起動とやらは出来たのか?」
わずかな光源に照らされたムヌーグの瞳が、怪訝そうに輝く。
「ムヌーグ、これに触って」
ニコが、赤い宝石を指し示す。その宝石は、杖の先端から遺跡を照らす光を全て吸い込むかのように力強く、ゆっくりとした明滅を繰り返している。なまじ赤いせいで血潮が流れ込む心臓の脈動のように見えるそれに、ニコが触れろという。
わずかに背筋を反って、しかし言われた通りに、ムヌーグはその宝石に触れた。
赤い宝石から伸びた触手のような深紅の光が、触れたムヌーグの手に、腕に、全身に絡みついた……ように見えた。
「きゃっ!?」
思わず悲鳴をあげたムヌーグに、メリヤスとエミが驚く。絡みついた深紅の光は、全くの錯覚で、そこには絡みつく何物も存在しない。
「ムヌーグ……さん?」
淡い光が、ムヌーグの額に噴き出す汗を照らし出している。
心配そうに顔色を窺うエミに気の利いた言葉を返すこともできず、ムヌーグは赤い宝石を触れた指先に意識を向けていた。
熱い。
指先は、火傷しそうなほどに熱く、脈動する赤い宝石から何かを吸い取っている。
いや、吸い取っているのではない。
強引に、受け渡されている。
そっちの方が正しいように感じられた。
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