第47話 握った杖を見て、ニコは顔を曇らせた

 痛みに顔を歪める隙もなく、もう片方の腕がグワリとうなりを上げて薙ぐ。弾丸となったムヌーグの攻撃を受けたうえで、攻撃を受けるのを承知で、ロ=ノキは彼女の首をがっちりと掴んだ。

 肉を切らせて骨を断つ。

 ロ=ノキの策は成功し、首を掴まれた銀髪の女狼は勢いを殺がれてしまう。リーチの差を速度で補っていたムヌーグとしては、速度を殺されてしまえば何もできない。

「獲ったッ!」

 オーインクの中でも飛び抜けて膂力の強い、大柄の亜人。握力もまた頭抜けている。鉄棍に握りしめる跡がつくほどの握力は、亜人の首など一握りでポッキリと折ってしまう。

 それで終わりだ。

 一瞬の猶予も与えまいと握る手に力を込めようとしたところで、自身の肘が普段曲がるはずのない方向に折れ曲がっているのが分かった。

 握る力が、入らない。

「鈍間でクズ、救いようがないわね」

 絞められていては聞こえるはずのない、涼やかな、女性の声。

 何が起こったのかは、ムヌーグ以外に知ることはできなかったが、結果としてロ=ノキの両腕が使い物にならなくなったことは、誰の目にも明らかだった。

 大柄のオーインクの両腕は、片方は切り取られ、もう片方は肘からあり得ぬ方向に折れ曲がっていた。

 知覚に伴って、ロ=ノキの両腕が痛みを訴える。

「ぐううううッ!」

 下卑た笑みを浮かべていたむき出しの牙が、苦痛に歪み食いしばるそれに変化する。

 敵の拘束から逃れたムヌーグは、悠然と視線を切ってロ=ノキに背中を見せると、ニコに歩み寄った。

「杖は?」

「え、あ、あるよ、ここに」

 銀狼の後ろでロ=ノキが膝から頽れて腕の痛みに呻いている。動揺しながらも、ニコはその手に握った杖を見せた。

「ふぅん」

 問うた本人にも関わらず、ムヌーグは興味なさげに目を細めた。

「それじゃあ、もうここに用は無いわね」

「相変わらず、嬢はお強い」

 メリヤスが感嘆し呟いた。

「メリヤスも行くわよ。アンタ、どうせもうこの屋敷にはいられないんでしょう?」

「ええ、その通りデス」

 肩の辺りまで両手をあげ、手のひらを見せる。

「ねえ、ちょっと待って」

 屋敷から退散しようとするメリヤスとムヌーグを、ニコが引き止めた。

「どうしたのですか?」

 慇懃な言葉遣いのまま、メリヤスが問う。

 ニコは、その手に持った杖を見て、顔を曇らせていた。

「ない」

「何よ、また何かを無くしたの?」

 今度こそ呆れた、とばかりにムヌーグが言うと、ニコは顔を上げて横にふった。

「僕じゃ……ない。でも、これをできるのは……何で……?」

 その様子があまりにただ事ではないように感じられて、メリヤスが首を傾げる。

「僕じゃない?それはどういう――」

 続く言葉は、ムヌーグの蹴りにかき消された。

 銀狼の一撃でメリヤスは吹き飛ばされ、漆喰壁に体を強か打つ。

「嬢!何を……ッ!?」

 文句を言おうとするメリヤスが見たもの。

 それは先ほどの光景の続きだった。

「ふしゅぅぅぅ」

 食いしばる牙の間から呼気を漏らして、ロ=ノキがムヌーグの首を掴んでいる。

「な、ぜ……?」

 銀狼はニコを抱きとめているが、その力は徐々に弱まっていく。復活したオーインクの握力が、ムヌーグの首をギリギリと締めつけていた。

「鈍間でクズは、お前の方だったみたいだな」

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