第46話 ムヌーグが、ふわりと宙を舞った

 そのまま前のめりに倒れる。

 にじり寄り、距離を詰めるロ=ノキに向かって、嘲笑の入り混じった声が聞こえた。

「だからオーインクは鈍間だって言うのよ」

 振り回す鉄棍の巻き起こす風の威力をプラスして、突風を超え、さながらその身を衝撃波の一部と化し、一瞬にして鉄棍のレンジを詰め寄った影が一つ。

「なッ」

 誰何する暇も与えられなかった。

 次の瞬間には、鉄棍を振り回すオーインクの顎先が真下から蹴り上げられた。しゃべる暇も与えられなかったのは、ロ=ノキにとっては幸いだっただろうか、舌を噛むのだけは避けられた。

 長大な鉄棍はロ=ノキの手を離れると、自身の回転力と風を受けてわずかに浮き上がり、そのままバランスを失って急速に速度を落としていく。顎を蹴り上げられたオーインクはのけ反り、気絶し後ろへ倒れるかというところを、気力で持ちこたえて踏ん張った。

 その踏ん張る体幹に向かって、さらに一撃、強靭な腹に向かって蹴りが一発見舞われた。

「ぐうッ」

 内臓が飛び出るほどの衝撃を受けて、呻き声が漏れる。

「ムヌーグ!?」

 大柄のオーインクの腹を蹴り上げ、霧消するつむじ風の間、空中をふわりと舞うように宙返りをするその姿。

 銀色の髪を三日月状に靡かせて、メリヤスとニコの間に足音一つ立てずに着地したのは、銀狼と呼ばれる美しき亜人、ムヌーグであった。

「助けてくれたの!?」

 強風に煽られて身動き一つできずにいたニコが、顔を上げてムヌーグの姿を捉える。希望を満面に湛えた顔で銀髪の女狼を見つめると、涼しい顔をしていた銀狼は、わずかに顔を曇らせた。

「手伝ってあげたのよ」

 ニコが立ち上がる。すぐ隣に立つムヌーグに手をかけようとして、その手をぞんざいに払われる。ふらつくニコを代わりにメリヤスが手助けし、視線をムヌーグの睨みつける方へ向ける。

 大柄のオーインクは、のけ反らせた上体を起こして、不気味なほどに口角を上げた笑みをこちらに向けてきた。

 その笑みの隙間から覗く黄ばんだ歯は、ギラリと獲物を狙っているかのよう。

「まァた現れやがったな、メス犬ゥ!」

「私は狼よ」

 ロ=ノキが合板床に唾を吐き捨てる。ビシャと出たものが、鮮血に染まっているのを、ニコは見た。

「何が狼だ!そこの人間のガキに尻尾ふって喜んでるメス犬風情が!ぞんざいに扱ったって分かんだよ!いいところで助けて『よくやった』って褒めてもらいてえんだろ!?」

 下卑た笑みを浮かべるオーインクに、ムヌーグが疾風となって駆ける。

「いけない!それは挑発です!」

 怒りに歯を剥き出して突貫するムヌーグを引き止めようとメリヤスが声をかけるものの、その速さは音速を超えようかと思うほどに速く、その攻撃はあっという間にロ=ノキと銀狼との間合いを詰める。

「けッ」

 分かっていた、とばかりにロ=ノキが片腕で防御する。

 防御した片腕が、ブツリと鈍い音を立てて空中に弾け飛んだ。

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