第34話 少女はニコに「何者か」と問うた

「手荒に扱ってるのはどっちだよ」

 手錠は外そうとしても外せなかった。人間の少女の手首は、握ればポッキリ折れてしまいそうなほどに細いのに、その細さに合わせるように手錠は小さな内円を描いている。

 鈍い金属の光沢をもった手錠は、少女の手首に重くのしかかる。手錠の触れる部分はわずかに赤く腫れあがり、肩からだらしなくぶら下がった両腕に力はない。

「これが人間の扱いかよ」

「これが人間の扱いだよ。少なくとも、この町ではこれが普通だ」

「こんなん、普通じゃない」

 少女の口からよだれが垂れる。

 轡をずっとつけていたからだろうか、少女は口を開けた状態でぼんやりとニコを見ていた。口を閉じる、という動作を知らないようでさえあった。

「普通か普通じゃないかは無駄な言い争いだな。少なくとも、こいつの他にも同じような公共財としての人間は、ってだけだ」

 よろめく少女の脇の下に腕を通して支える。よだれを垂らした少女は、体を支えられる感覚に困惑の表情を浮かべる。

「あなた、だれ?」

「君と同じ、人間だよ」

「にんげん?」

 痩せぎすの少女の脇から、支えていた腕をそっと抜く。少女は細枝のようにその場に立ち尽くし、ニコはゆっくりと少女から一歩離れて、改めてその少女の姿をジッと観察する。

 布と布を縫い合わせただけの、袋か筒のような衣服。ぶかぶかで背丈に合わないその服の下は、先ほど触れた通り、骨の浮き出た格好だろう。この町にあって、ニコも決して十分な栄養をとってはいなかったが、少女はそれ以上に思えた。ある時期からこの町に住み始めたニコとは違い、少女はずっとここに住み続けている。その違いをまざまざと見せつけられたようだった。

 その姿にたじろぎ、それからニコはゆっくりとモルーギへと振り返った。

「……ねえ、じいさん」

「何だ」

「僕は、この子と一緒なのかな?」

 ニコの問いに、モルーギは両目を大きく開き、額にしわが寄るほどに眉を引き上げた。

 それからゆっくりと目を細めて、今度はぐっと目をつぶる。目尻にじわりと涙がにじむものの、それが流れていくことはなかった。

「何をもって一緒と考えるのかによる。お前は、一緒がいいか?それとも、一緒じゃない方がいいか?」

「……分かんない」

 老齢で頑健な体躯をした亜人と、隻脚のひ弱そうな少年が対等に会話をしているのを、少女はぼんやりと見つめていた。

 少女には、少年の姿が他の亜人とは違うように見えた。むしろ、自分により近いように感じられる。しかし、自分と同じならば、亜人と対等に話ができるなど、あり得ない。

 轡を外され、目隠しを外され、しかしその後にやってくる理不尽な暴力も、あるいは狭いトンネルに設えられた妙な扉もそこにはない。少女にとって、明らかに異質な現状がそこにはあった。

「あなた、だれ?」

 再び少女は問う。か細い声に、隻脚の少年が振り向く。

「僕はニコ。こっちのじいさんは……って言っても知ってるのかな?狼の亜人の、モルーギじいさん。君の名前は?」

「なまえ……?」

 ニコと名乗る少年を見て、少女はやはりこの少年が自分とは異なる存在だと気づかされる。

「こいつに名前なんてないぞ、ニコ。好きに呼んだらいい」

 モルーギの言葉に、その場で唯一ニコだけが狼狽えた。

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