第28話 食事の皿は、相変わらず熱かった
ニコが目覚めるまでに二日、ベッドから起き上がれるようになるまで半日、更にそこからリハビリをして、ようやく走れるまで回復するのに三日を要した。
「それだけありゃあ、いくらヘボでも情報くらい集められる」
顎髭をなでながら、モルーギが骨付きの肉を一飲みにした。バリバリと骨ごと歯で砕く音がニコの耳まで届く。
「それじゃあ」
「つっても、杖の在り処自体は一昼夜もかからん。ロ=ロルの屋敷に厳重に保管されていることは、ヤツら自身が触れ回っていたからな。噂なんてレベルじゃあない。世論操作に近いな、ありゃあ」
「飛んで火にいる夏の虫、というところだな」
骨ごと噛み砕いた肉を飲み込んで言う老翁に続いて、ムヌーグが付け加える。
ベッドから起き上がれるようになったニコは、リビングで二人とともに食事をとるようになった。蹴れば折れそうな脚のテーブルと、座れば悲鳴を上げるように軋む椅子。丸みを帯びて飴色をした表面の木材は年季を思わせる。
初めてその椅子に座ったとき、ニコはどこか違和感を覚えた。それが何なのか、ニコには分からなかった。椅子に腰かけて、地面に足の裏をしっかりつけて、目の前に出された皿を見る。
皿は、相変わらず熱かった。
モルーギはニコが皿を持って食事するのを見てわずかに目を細め、それからはニコに出す皿だけは二人とは違うものになった。
「何度も言っているが、ニコ、落とすなよ」
同じ色こそしているが、亜人二人が使っている皿とは違い、その皿は硬く、重かった。二人の皿は主菜副菜が体よく盛られているが、ニコに渡される皿はそれらが微妙に混ざって一つになってしまっている。
皿が変わった最初の食事でニコがそれを指摘したら、モルーギは無言でニコの頭に拳骨を一つ落とした。あまりに力強いその一撃に、ニコはそれ以上食事に関して何か言うことをやめてしまった。
「分かってるよ」
皿は、落とすと割れてしまうのだと言う。不便な皿だが、熱を通しにくいという点においては優秀らしく、それからニコは普通に食事ができるようになった。
ただ、その皿を持つたびに老翁が口酸っぱく「落とさないように」と指摘するのには耳にタコができるほど聞かされたし、飽き飽きだった。
「ムヌーグ、何とかできない?」
「何とか?」
ニコがあまりに突然話をふるので、食事のために皿に近付けていた顔だけをニコの方へ向けて首を傾げた。
「杖だよ。どうにかして杖だけ取って来れない?」
「なんだそりゃあ」
思わず眉間にしわが寄る。
「ほう、俺はまた自分で取りに行くと言い出すかと思ったが、ずいぶんと大人しくなったもんだな」
「翁の言う通りだな、私はてっきりまた自分で取りに行くと言い出すのかと思っていたんだが」
ムヌーグの表情がゆっくりと無表情のそれに変わっていく。
「だって、ムヌーグは強いでしょ?だったら、僕が出しゃばって行くより、その方が確実かなって」
ニコは皿に盛られたオムライスをスプーンですくいながらあっけらかんと言った。バターのたっぷりついたバゲットを齧る老翁は椅子の背もたれに上体を預け、皿に顔を近付けていた銀髪の女狼は姿勢を正すと口の端を手首でクイと拭った。
「嬢はやっぱりコイツに慕われてるんだな」
「モルーギ翁……これは違うね」
ムヌーグはテーブルの縁を両手で掴んで、ニコに顔を近付けた。
「な、何?」
鼻先がくっつくほどに顔を近付けられ、思わず背中が反りそうになる。オムライスの乗った皿を落とす寸前でテーブルの上に置く。
ニコは、目の前の狼の亜人が、一回り大きくなっているように感じた。
「ニコ」
「……だから何さ」
「お前が取りに行きなさい」
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