第11話 ニコは隻脚について話しはじめた

「にん……え?何て言ったの?」

「人間解放共同体。亜人に迫害され続ける人間が水面下で作った組織のことさ。つい最近、世界各地に次々現れはじめてな。亜人の支配する土地に対して攻勢をかけているんだ」

 亜人に支配される前の、人間中心世界の復権をパーパス目標に人間のみによって構成された共同体である。亜人のいない地下遺跡に身を潜めて長年活動していた形跡があり、未だ少数ながら、亜人から迫害を受け続ける人間の期待を一身に受けている。

 ニコの言う「世界を救う」というのが、人間解放共同体が目的とする人間中心世界の復権だったとしたら、ムヌーグは自身の首を絞める行動を取っているということになる。であれば、次こそニコの首筋を掻き切って、流れる血を人間解放共同体の奴らが殺してきた亜人の墓にかける弔いの雫とせねばならない。

「どうなんだ?」

 ムヌーグの視線にわずかな殺気が帯びる。

 ニコがたじろぎ、思わず立ち上がろうとして背の低い丸テーブルに膝を打ちつけた。食器がカチャリと音を立て、ニコの前にあったスプーンが床に落ちる。

「その人間なんとかっていうのは、知らない」

「知らない?」

「知らない。初めて聞いた」

「いや、この町のオーインクたちは口々に噂していたはずだ。そうでなくとも、亜人は奴らの存在に戦々恐々としている。それを知らないっていうのは、怪しい」

「知らないものは知らないんだ!僕は……」

 語気を強め、テーブルに両手をかけたニコを、ムヌーグはジッと見つめる。

 嘘を見抜く目は持っておらずとも、嘘を言う人の臭いならば分かる。ムヌーグは努めて冷静に、目の前の少年が嘘を言っているのかどうかを判別していた。

 両手をテーブルにかけたニコは、目を泳がせて、どう言ったものかと考えているようである。その姿は、嘘を紡ごうとしているというよりも、脳裡の景色を言語化するのを戸惑っているようだった。

 再びの沈黙。

 ムヌーグから口を開くことはない。二人の間のパワーバランスは、彼女の持つ鋭い爪と、ニコの首に巻かれた包帯が端的に表していた。申し開きをすべきは、常に立場の弱い方と決まっている。

「……僕の足は、オーインクに切断されたんだ」

 力なくうなだれるように丸椅子に座ると、降り始めの小雨のようにニコは話し始めた。

「僕はこの町で生まれたんじゃあない。何年か前にこの町に着いて、それからオーインクに捕まった。僕は外から来た人間として競売にかけられた。そして、僕を買ったオーインクは、人間を恨んでいたんだ」

 この町のオーインクの中でも特に人間への憎悪をもっている者。彼が逃げ出すに対してあれだけ組織だった追手を差し向けることができる者。その条件でムヌーグが考えるに、該当する者は一人しかいなかった。

「そいつは、ロ=ロルか」

 ロ=ロル。

 このオーインクが支配する町にあって、最も影響力のある血統の一人である。人間を憎悪し、多くの人間を家畜のように扱い、そして恐ろしいことに、人間を簡単に傷つける。

 ニコは顔面を蒼白にしながら頷いた。

「ロ=ロルは僕の足を自ら切った。片手に持った斧で薪を伐るかのように。麻酔が効いていて痛くは無かったけれど、切られた感覚だけはあった」

 首筋にそっと手をあてる。

 痛みがジワリとニコの首に広がっていく。

「ロ=ロルは『かつて俺たちを家畜としたお前ら人間への復讐だ』と言っていた。傷は治されたけれど、それから僕は独房のような場所に閉じ込められた。外出が必要な時は眠らされて、それ以外はずっと……」

 ニコの何がそうさせたのかは、彼に直接聞いてみないと分からないことだ。そして、ムヌーグにとって重要なのは、ニコが独房の中で生きていたということである。

「つまり、ここ数年はその独房の中で生活していて、外の情報について何も知らなかった……と?」

 その言葉に、ニコは小さく頷いた。

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