第10話 ムヌーグの食べ方にニコは戸惑った
持ち上げられるままに座らされたのは、木製の粗末な丸椅子。
その高さに合わせる気が感じられないほどに小さな丸テーブルの上には、湯気のたったミルク粥が二皿分と、血のソーセージが乗っている。
「さあ、食べよう」
向かい合うように座ると、ムヌーグは手を合わせた。丸椅子に座らされたニコも、同じように手を合わせてスプーンに手を伸ばす。
丸テーブルに乗せたままだとどうしても体が前傾して食べ難かったが、ムヌーグは特に辛そうな様子もない。テーブルに鼻先を近付けて、スプーンを上げ下げするように黙々と食べ続けていた。
食事を前にして手を合わせたのと比べると、ニコにはそれにどうしても行儀の悪さを感じてしまう。
視線を感じてか、ムヌーグがちらとニコの方をうかがった。
「どうした?ミルク粥は嫌いか?」
「いや、嫌いじゃあないけど……」
「だったら熱いうちに食べな。チーズが入っていて美味いぞ」
目の前に置かれたミルク粥は確かに美味そうだ。甘いミルクの匂いと、そこに溶けだすチーズのとろみ、細かく切られたニンジンと粗く挽かれた黒コショウが色合いにアクセントをつける。
ニコはその皿を持ち上げて、あやうくその熱さに落としそうになってしまう。
「何をやってるんだ?」
上目遣いのムヌーグが不思議そうに見る。
「いや、あの……」
沈黙。
「毒は入れてないぞ。私が食べているのと全く同じものだよ」
人間は、亜人によって迫害を受け続けてきた。オーインクが支配するこの町ではそれが特に顕著で、彼らは人間を憎悪していると言ってよいような仕打ちを人間に対してたびたび行ってきた。
そのことをニコが知っていて、それで余計な警戒をしているのだろうかとムヌーグは考えたのだ。
「その……その食べ方は、行儀が悪いから」
「行儀……行儀!?」
だから、ニコの口から行儀と言う言葉が出てきたときには思わず面食らった。
「行儀かあ!それは気づかなかった!」
亜人から迫害を受ける人間から最も遠いところにある言葉だった。窮地に立たされた生き物はなりふりなど構っていられない。行儀を気にして生きるのは、共同体の中にあってある種のサインで、自分がその文化に正しく所属していることを表すジェスチャーだ。
「そうか、私の食べ方は行儀が悪いのか」
それはつまり、ニコにはニコの文化があるということだった。迫害を受け、共同体をつくることすらままならない支配の中を受ける人間の言葉とはとても思えない。
「ニコ、お前はもしかして……人間解放共同体の一員なのか?」
ムヌーグは、木製のスプーンを置いてニコに向き合った。
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