香満つ

ウラカゼ

第1話


「お前、そういう事すんだ。意外」


青空の似合う、笑うことが天命付けられたような笑顔だと今でも思う。


「…」


真冬にしては珍しい、海の底みたいに暗い真っ青な晴天だった。漂う淡い煙がそれを白く汚す様を見てなんとなく優越感を感じて、肺を自ら汚す様を思い描いて謎の自己陶酔を感じていたのを陽気な声に遮られた。


「不良の友達とかいんの?」

「え…いや」

「へー!じゃあ自分で買ったの?スゲーな。タスポ必須なんだろ?偽装のとか作ったの?やるなー。確かに頭良さそうな見た目だけどさ」

「…親父の」

「そういうことね」

けふけふと空咳をしているのに、俺が少し前にしていたように飽きもせず副流煙を眺めているこいつは

「ハジメ…だっけ」

「あ、俺?うん」

「なんで」

ここに。

いわゆるスクールカースト、そのピラミッドのー実際はひし形みたいになるらしいがーその頂点付近にいるのがひと目でわかるような人間。見目よし、性格よし、運動神経よし、コミュニケーション能力よし、…俺とは高さ、というより座標の違う人間。関わりがなくても名前やらそういう人間像やらが知れ渡る程に、どの学年の人間の中にも繋がりがあるような人格者。

それが何故ここに。


「俺さぁ、自分でいうのも違うと思うけどさ、いいやつじゃん」

「そうなんじゃないの」

「いやまあ多分そうなんだけど…たまにさあ、こう…なんかもう笑い声すら気持ち悪くて、表情筋を動かすことすら億劫になるわけ…あ、今のお前の表情みたいな感じな」

「初対面で失礼だな」

「うんごめんごめん…それでまあ、確実に人のいない場所に行きたくて、ここに来てたわけなんだけど」

「…」

「初めて生徒に会ったわ、俺」


なんて言うの、名前

やっぱり、青空の似合う、笑うことが天命付けられたような笑顔だった。



ゲホゲホと勢いよくむせ込んでいる背中をとりあえず擦りながら(この場合どうするのが正解なのだろうか、分からない。)、指からほとんど少しも長さの変わっていない煙草を取り上げて、もったいないのでそのまま吸った。このまま吐かれたら困るなあ、保健室1階だし、においでバレても困る、というよりこの筋肉で重そうな身体を俺が運べるのか、等々。煙い方が脳内での独り言が激しくなるな、とハジメの酷い声を聞く。


「肺まで吸うからだろ」

「う…だって分かんねーだろ、吸い方とか。教えてくれればよかったじゃん」

「煙を初めて吸うやつが、そんな勢いよく考えなしでやるとは思わなかったもんでね」

「…」

「まあ、これそんな重くないやつだから。まだよかっただろうけど。ぶっ倒れられても困る」

「マサはすげーなあ、なんつーかこなれてるっつーか様になってるっつーか」

「こんなん慣れても意味無い」


懲りずに半分くらいの長さになったそれを取ろうとする手を叩き落とす。


「そのぶりっ子のようなふくれ方をやめろ腹立つ」

「厳しいっ!マサくんの馬鹿っ!」

「知ってるか、火って熱いんだよ」

「あっちょっとほっぺに近づけないで焼けちゃう」

「だろうな」


短くなったのを床に擦り付ける。ゴムが焼けたような変なにおいがした。


「そういえばさあ知ってる」

「なに」

「仏様の食べ物はお香とか線香の煙なんだって。修学旅行で坊さんが言ってたんだけど」

「よく覚えてんな」

「ふつーに寝落ちするって思ってたけど寒すぎて寝れなかったんだよ。寒過ぎるだろ、あそこ。もはや痛かったし。足の裏凍傷になりそうだったもん。」

「確かに…どこでの話だっけ」

「それはしらね。大仏ってどれも同じ顔に見えるじゃん」

「アイドルがみんな同じ顔に見えるのと一緒か」

「俺がアイドル好きじゃなくてよかったなお前…マサはあれだ、煙草の煙が食べ物って感じだな」

「霞食ってるみたいだな、それ」

「有り得なくもない」

「有り得んわ」

「お前痩せてるから有り得そう」

「好き嫌いが多いからだろうな、たぶん。あと喫煙してると食欲減るとかなんとか」

「おまっ…なのに俺より背高いの」

「ふふん」

「ふふんじゃねーわ腹立つ!俺なんていつも腹減ってるくらいなのに!」

「サッカー部の部長様は流石、胃の出来も違いますなあ、身長には影響しないっぽいけど」

「いつか絶対タバコのことチクってやるからな!絶対!」



火葬場から煙が上がって、真冬にしては珍しい、海の底みたいに暗い真っ青な晴天を淡く白く汚している。あれはハジメの身体だろうか。一人暮らしの部屋で火の不始末云々で死んだと聞いたが、火事で死んでもやはり焼くのだろうか。分からない。俺が煙草を教えなければ死ななかったのだろうか。分からない。

自分の服からほのかに線香の匂いがした。あいつは仏になったわけだが、今頃腹いっぱいなのだろうか。分からない。


煙草に火をつけて、深く吸う。むせそうになるくらい深く吸って煙を吐けば、もう一筋、縦に伸びる白色ができた。よく腹減ったっていってたあいつの、腹の足しになればいい。


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香満つ ウラカゼ @1121uaae

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