foofooooo!
NTN
1 長めの書き出し
いつもなら、すでに目覚めている頃だろう。
____いいかげん、この街は飽きた、と。
「気分が悪いわ」
街の外。とうとう私はエリックに告白した。
あの街は案外空気が澄んでいたらしい。どこまでも人工の
土のまとわり。触れる樹皮の湿り気。私の足元、雑草が踏まれてひどい匂い。ああ、薬の匂いのほうがよっぽどましだなんて。
なにより、肌を纏わりつくように上ってくる怖気が不愉快でたまらない。あの場所では完全に統制されていた魔力の流れも、野生では無造作にその求める方向へと流れ続けるということ、そんな当たり前すら忘れていたことに私は気付く。
周囲の様子を気にしながら、私たちはあの街を眺めている。最後のチャンスだった。いくら逃げ出した街であっても、あの場所は今までの人生と呼ばれる殆どを消費した場所なのだ。
休憩などという言い訳は、すでに十分以上過ぎ去っていた。
「……もしも途中で魔力だまりがあったら、そこで補給して速度を上げよう。眠れる時間を作れるかも」
これ以上、ここで足を止めるわけにはいかない。エリックの言葉にはそんな焦りも見て取れた。
「ええ。……みんなも、無事だといいけど」
「……あのなあ奈美、一番無事じゃないかもしれないのは、俺らだと思うぜ。アイツらみんなは確かに、体張って俺らを逃がしてくれたけどさ____」
「でも、体張った相手ってがあの衛士たちよ?今まで一度だって侵入者も、脱走者も許したことがないっていう、あのバケモノたち!」
「脱走者に関しては、”なかった”だ。俺らがここまで逃げ続けられているのは、多分新記録だ。ここまで手こずらせたのも、そして結局逃がしちまったのも初めてだろ」
それに。そう挟んで、エリックは私に一歩近づいて続けた。
「俺らは、心配してる場合じゃないんだよ。あっちはそれでも人間だ。
本物。理性の無い、魔という流れの集合体。魔物、魔のモノ、怪異。
顔をゆがめたエリックは私の肩を抱き寄せながら、一度だけ辛そうなため息を吐いた。
彼も私と同じように、頭痛とめまいがひどくてたまらないのかもしれない。
これだから身体に負担をかける類の術は嫌いだ。発動に精密性や莫大な
特に私たちは、いつも戦闘というのは
脱走なんて理由がなければ、使うことなどなかったかもしれない。
遠くに見える灰色の四角群の中では、今でも実験が行われていることだろう。
それに見合うだけの理由があって、それを進めるだけの大義があって。
逃げているのは、私たちだけで。
「エリック、……まだ、私と一緒に逃げてくれる?」
「質問するなら、せめて二択以上にしてくれよ。だけど嫌だね。お前を連れて、俺が逃げるんだ」
「……そういうの、よくわかんないけど」
「なんだよ」
「ありがと」
朝日が登れば、じきに調子も良くなるだろう。
その時に後悔をしたくないから、もう進むことにした。
‐‐‐
「あ、おはようございます。シズクさん」
壁伝いに食堂に向かうと、大きな窓で明るい食堂の中でも、とりわけ朝日のよく当たっているテーブルで食事を摂る比良シズクを見つけた。多分、僕がその席をよく使うことを知っていて、わざわざそこに座っているのだろう。
なぜか彼女の向かいにおかれたもう一人分の食事へと僕を手招きしながら、彼女はいつもの挨拶を口にした。
「おはよ、
「いや、ものすごく悪かったんですよね。なんで、お願い事は聞きたくないです」
「あー、そう。今回のお薬ハズレだったの?」
「……まあ、はい」
彼女の気楽さにうっかり口を滑らしてしまいそうになるが、間違っても実験に関しては部外者の彼女に「目に見える全てが虹色になって湯気を出してぐるぐると回っていた」などと言っては大事だ。こんなくだらないことでも、機密は秘密なわけで。
なんだか、隠し事をしているみたいで少しだけ引っかかる部分もあるが、あっちはすでに、
「あっ、それは大変だったねぇ!」
などといって勝手にいきなり笑い始めているし、大した気がかりにするものでもないのだろう。
彼女の場合、気にしていないというよりは”たいていのことは予測できる”ということだろうか。
「それで、今日は何しに来たんですか?」
「ゴハン食べに来た。ここの、おいしいから」
「……ここ、街中にあるチェーン食堂ですけど」
「けど、食後のコーヒーは違うでしょ? ほら、所長____、
「そうっすか……」
「そーなのよ……」
もちろん用事がそれだけではないのだ、ということはわかった。
こういう会話を、この人と何度かやったことがある。
●
「それで、シズクさん。何を
追加のコーヒーを貰ってきた彼女は、燻らせるようにカップを揺らしながら答えた。
否、彼女の口から出てきたのは質問だった。
「……今日さ、なんで私がここでコーヒー飲んでるか、わかる?」
「この食堂が気に入ってるから、じゃないんですか」
正直、面倒な人だ。ただ彼女がボサボサの黒髪を後ろに束ねて、どんな時も没個性な戦闘服を着てたとしても隠しきれない美貌をもっているという避けがたい理由が、僕のなかで会話を続けるモチベーションとなっていたことは間違いない。
「まあ、そうなんだけどさ」
だがこのような返答を貰ってしまうとやはり面倒でたまらない。それでも、第二の不可抗力、彼女、比良シズクという人間が、実験に実験を重ねた産物である僕よりもはるかに強いという事実が非常に重要であったりする。
つまるところ、あまり怒らせたくない人だ。
「……それで」
「うん。まあさ、昨日から寝てないのよ。私」
徹夜したから、どうしたのだというのか。
「シズクさんが衛士やってるのであれば、よくあることでは?」
「昨日はちょっと、緊急でね。叩き起こされたの」
「……それで、気分転換にコーヒーを?」
「いや、コーヒーは飲みたくなったから来たんだけど」
「…………それで」
「なんで寝てないかって話なんだけどね。乃守クンにも、ちょっと関わる話だから」
散々引っ張って引っ張ったあげく、互いに午前中は暇なのだからという彼女のささやかな暇つぶしに付き合って______。
話は、始まった。
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