グータラ妻とダメダメ妻、たまにマジメ。

たまきみさえ

1. スーパーをあきらめ、せめてフツーを死守。

XX年XX大卒。XX勤務を経て現在に至る。XX在住。家族は夫と1匹のネコ…


——は、残念ながら飼っていない。

飼っているのが、私の理想のプロフィールだった。


こんなふうに、私はいつもちょっと残念な人間だ。

プロフィール一つ取ってみても、あと一歩足りない。


そもそも、猫が大好きなのに、猫アレルギーだってところが残念過ぎる。

ついでに、今の暮らしは夫婦ともに不在がちなことからも、飼うのはムリなんだけど。


それ以前に、いったいどこにこのようなプロフィールが載るんでしょうか?

別に何かで名を成すわけでもなし。


結婚する前、もしかしたら私、スーパー主婦になるかもしれないと、ずぅずぅしく思わないでもなかった。

どこから来るのか、その自信。


うすうす、自分はラクな方に流されがちだって気づいてはいたのだけど……だって、結婚だよ!?

それなりに心良く思ってるアカの他人と、いきなり慣れない共同生活するってことだよね、結婚って。人生の一大事だよね。


だったら、今まで通りなはずがない。猫をかぶる気満々だし、もしかするとそれなりに努力する人間に変身する可能性大じゃない?

てか、これを逃したら、もう自分が変わるチャンスは一生ないかもしれないよね。


もう何度めの正直かわからないけど、懲りずにまたまた自分にちょっと期待していた。

でも、結婚してわりにすぐにわかったけど、すみません、やっぱり完全に妄想でした。


これはひとえに、やさし過ぎる夫が悪い。(←得意の、人のせい(笑))


自分の中にある理想と現実。これまで、いくつの憧れが絵に描いたモチのままホコリをかぶってカビていることか。。。


「それでも、いつかは」と現実に抗っていたのは、何歳ころまでだったかな。

最近いい加減、先もチラチラ見え始め、期待しては自らそれを裏切ってしまういつものパターンも飽きてきた。

飽きるまで徹底してそうあり続けながらここまで来た自分もすごいけど、最近、違う方向性を見つけた。


いっそ、「現実の自分」に妥協して、ありのままを受け入れてみるっていうスタンスはどうか?


おぉ、これは意外に新しい!(って、どこが!?)


ラクな方に流れなくても、最初からラクだ。

人間って、こんなことに気づくのにも、こんなに何年もかかるもの? それとも、私だけ?

「ありのまま」を、こんないい大人になってからやっと発見するとは。


それからは、何を勘違いしたのか、ありのままの自分にますます磨きをかけはじめる始末。

やれやれ(←村上春樹風でお願いします)。


でも、一つだけ、最後の最後にささやかな矜持として保っていること。

それは、スーパー主婦はムリでも、「完全なダメ側に落ちない」ように”フツー”界の境界線は意識しているつもりなのだ。

実は、時々超えてるかもしれないと落ち込むこともあるのだけど、そういう時は一応反省する。適度に。


当エッセイのタイトル、グータラとダメダメ。

どっちも同じことでしょ?と思われた方も多いでしょう。

その違いをすぐに認識できた方は、むしろ相当お出来になる方です。

ご自分もその筋の達人であるか、身の回りにそのような方がいて、かなりウンザリされているのでは?


次回は、このあたりのことを。

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