18魔王として復讐を行いました

 男、八王子皇子 (はちおうじおうじ)は自分の名前が嫌だった。名前のせいで、学校ではいじめられてばかりだった。しかし、不登校になりかけても、不屈の精神をもって義務教育である中学校を卒業した。


 高校でも、名前によるいじめがなくなることはなかった。皇子は、いじめによる辛い現実から逃れるために、二次元に目が向くようになった。そこで手にしたのが、異世界転移・転生の物語。自分と同じように社会に見放された人間が、異世界で、姿を変えて人生をやり直したり、そのままの姿で新たなる人生をやり直したりしていた。ストレスなく、楽しく快適な生活が描かれる物語に皇子は次第に夢中になっていった。


 だからこそ、突然、クラスメイト全員が謎の空間に移動したことにも驚くことはなかった。皇子の頭の中ではすでに異世界と現実の区別がつかなくなっていた。学校に通っていても、頭の中は、異世界のことでいっぱいで、授業も上の空だった。そして、いつしか自分も異世界で暮らしたいなとまで思うようになっていた。




「でも、僕は異世界にいけたなら、勇者でも魔王でもなく、ただのんびり過ごせたらといいなと思っていたんだけど。」


 実際に異世界に召喚されはしたが、皇子の口からは不満しか出てこない。自分はいじめられていた側である。魔王という存在は、どちらかというと、いじめている側の人間がなるべきではないか。皇子は魔王という存在を勝手に解釈していた。それなのに、悪魔と呼ばれる女性に魔王に仕立て上げられてしまった。ちらと、目の前の光景を目にすると、嫌でも今自分が置かれている状況が目に入る。



『魔王様、ご命令を。』


 そう、目が覚めて、辺りを見回すとすでにこの状況だった。自分はどこかの城の内部、中央にある広間の玉座に座っていた。玉座は他の場所より一段高い場所に位置し、辺りを見下ろす形となっていた。そこには、いかにも魔王サイドに居そうな魔物が勢ぞろいしていた。頭に角が生えた鬼と呼ばれるもの、口から長い牙が出ている青白い顔の吸血鬼、ゴブリンやオーガと呼ばれる現実にはいない空想の産物までもが自分を見つめていた。


 皇子は、自分はどのような見た目なのだろうかと、手のひらを観察する。シミ一つないきれいな手だが、異様に青白く、すべての爪が真っ黒に染められていた。続いて顔に手を触れる。こちらも滑らかな感触で、肌触りが心地よい。顔が見たいと思っていると、鏡が突如目の前に現れた。


「これは、完全に魔王だな。」


 鏡が何もない空間から現れたのには驚いたが、顔を鏡で確認して、さらに驚いた。魔王になったとは言われたが、自分の顔は変わらないだろうと踏んでいた。しかし、予想は外れ、鏡の中の自分は今までの自分とは別人だった。漆黒の髪を背中まで伸ばし、瞳は深紅の色をたたえている。唇も真っ赤に熟れ、人々を惑わす容姿だった。どことなく、悪魔と呼ばれる女性に似ているような気がした。頭には日本の角が生えており、人間ではない存在となってしまっていた。





「なんで、私がゴブリンなのよ。」


「俺なんてオーガだぞ。」


 玉座に座っている男、皇子が何も話さないことで、不安になったのだろう。ひそひそと声が漏れ始める。その声に自分と同じような立場の者がいることに気付いた皇子は、試してみることにした。ここが異世界で、自分が魔王と呼ばれる存在となったのだとしたら、もし、今漏れ聞こえる声が真実だとしたら。


 にやり、皇子の心に黒い靄が発生した。それは、長年、自分を傷つけてきたものへの復讐。


「私は魔王である。魔王の命令は絶対だ。いかなる例外も認めない。ここでは私がすべてだ。さて、私はまだこの玉座について間もない。知らないことが多すぎる。無知では勇者に勝つことはできない。」


 魔王である皇子が話し始めたことで、視線が一気に魔王に集められる。しかし、皇子は視線が怖いとは思わなかった。今までさんざんいじめられてきたことで、対人恐怖症になりかけていたが、皇子はそれをおくびに出さず、堂々と視線を受け止めていた。


「まずは、敵を知ることが先決だ。お前らは私の配下だろう。配下にふさわしいのは、決まっている。私に従順な奴だけだ。」


 魔王である皇子の言葉に、一気にその場は静まり返る。ちらほらと、なんとなくだが、高校のクラスメイトの面影の残る魔物たちを複数見つけた。だからこそ、皇子はその魔物たちが苦しむさまを見たくなった。


「私からの最初の命令だ。まずは、我々の敵、勇者の仲間の亡骸を持ってこい。」


 静まり返った空間がまた、ざわつき始める。しかし、そんなことは気にせず、皇子は追い打ちをかけるように命令を下す。


「私の命令を聞けぬというのか。それならば、仕方ない。」


 わざとらしくため息をつく皇子。悲しそうな表情をして、自らを見上げる魔物たちの反応をうかがう。ただし、これはただの演技であり、本心ではすでに次の命令をしようと決めていた。なかなか返事をしない魔物たちにしびれを切らした時、ようやく何匹かの魔物が魔王に向かって話し出す。




「ま、魔王様。わ、たくしが必ずや命令を完遂して見せます。」


「お、オレも右に同じです。」


 話し終えると、その場から姿を消した。どうやら、命令に従う魔物もいるようだ。さて、皇子は勇者の仲間を殺すために姿を消した魔物がいなくなり、数の減った集団を見下ろす。


「私の命令に従ったのは、先ほどの何匹かということか。嘆かわしいことだな。私が誰だか知っていての行動か。」


 感情をこめずに無表情を装い、冷たく言い放つと、反論とばかりに魔王に詰め寄る魔物がいた。


「ま、魔王様。わたくしたちのお話を……。」


 皇子は反論を聞く余地なしと判断して、無情にも追加の命令を下す。


「命令を聞けぬものに用はない。私の命令を聞けぬものがこの場にいる意味はないだろう。」


『死ね。』



 皇子の言葉が引き金となり、その場は地獄絵図となった。言葉が放たれて数秒後、突然、魔物たちは頭を掻きむしり、のどをおさえ、苦しみだした。魔王に助けを乞うように手を伸ばすが、手が魔王に届くことはなかった。


「く、苦しい。た、すけ……。」


「ま、お、う、さ、ま。お、おたす、け……。」


「ギャー。」


 助けを求める声や悲鳴はすぐに止まることとなった。苦しみ始めてのたうち回っていた魔物たちは、苦しみだした時と同様に唐突に終わりを告げた。示し合わせたように、魔物たちはぴたりと動かなくなった。その様子を見た皇子は、はっと我に返り動揺した。




「こ、れ、は、僕が作り出した状況なの、か。」


 自分の言葉がこれほどまでに影響を及ぼすとは思っていなかった皇子は、自分が作り出したこの状況を受け止めることができなかった。皇子の目の前にいた魔物たちは、動かくなり、そのまま一匹残らず消滅した。

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