相思想合 伝説のポケモノ級毛玉に掛けられた懸賞は
木こりでなくても斧を打ちつければ木は伐採できるし、農家でなくても畑を耕して種をまくことはできる。
その他、料理だって大工だって、現実で少しの心得があれば、物理法則に従うこの世界でもだいたい同じものを作ることができる。
では、職業とスキルが何のためにあるのか?
恩恵の大きい点を答えると、作業精度の補正と作業の時間短縮のためである。
作業精度の補正というのは、作業者の意志に従って結果に補正が入ることを指す。
これは、木材を真っ直ぐに切りたいとか、人の体型に合わせた型紙を作りたいとか、ちょうどいい火加減で焼きたいとか。そういう気持ちを持って行動すれば、ちょうどよくなるように勝手にシステムがサポートしてくれる機能のことだ。
これにより、現実で心得がなくとも、現実では不器用でも、ある程度は職業とスキルレベルに即した結果を得ることができる。
もう一つの時間短縮、こちらは読んで字の如く。
種まきから野菜を収穫するまでの待ち時間。大鍋でシチューを煮込む調理時間。ひたすら木材を加工して棚を作る作業時間。スキルレベルを上げることで、これらの時間や作業が大幅に短縮される。
具体的に言うと、例えば今ぼくらが座布団のために大量に栽培している麻や綿。
スキルがない場合には収穫まで一週間程度かかるのが、今の我々では3時間。その速度、実に50倍である。
流石に栽培の短縮っぷりは特別だが、他のスキルでも同様に短縮補正が掛かる。材料を一つ切るだけで全部同じように切れたり、釘打ちも一辺をやるだけで周りも組みあがったりと、作業の手間と時間を短縮するためにいろいろな恩恵があるのだ。
まあそうでなきゃ、大工が一人で家を建てるとか不可能だよねぇ……
現実の職業に即した活動をしつつも、ゲームとしてある程度快適に楽しめる。良い匙加減だと思います。
なお、このスキルレベルの恩恵だが、職業と言うかスキルによってすごく違いのあるところだったりする。
栽培での植物生育待ちなど、作業が単純で単調なほど時間短縮の補正が大きくなる。待つだけ、干すだけ、かき混ぜるだけ、などだね。
逆に鍛冶系など、作業者の腕前の影響が大きいものについては、時間短縮は控えめな代わりにスキルレベルによる成果物への補正が大きくなるのだ。つまり、名剣・名刀が打てる。
他にも、スキルに関連する知識の一環としてひらめきや勘が冴えたり、該当作業中は使う道具の所持重量が軽減されたり疲労が軽減されたりなんて補正もあるわけで。
面倒そうだからと生産職に手を出してない人も、これを機に気になるものを試してみて欲しいもんです。
そんなことを説明しつつ、3時間以上経過して収穫可能になった綿などを『採取』し、再び『栽培』で種まき。
みかんさんと二人で農作業をし、一緒に畑で汗をかく。
作業用に用意したのか、今日は水色のワンピースに身を包んだみかんさん。両側の長い髪は邪魔にならないよう後頭部でそれぞれ束ね、一見するとツインテールのようだ。
いつも髪型が違うあたり、意識しておしゃれしてるんだなぁ。
よく見ればワンピースも可愛らしいワンポイントとか入ってて、じーっと見てたらちょっと赤い顔で不釣合いに大きな胸を押さえてえっちって言われちゃいました。
いや違うんだよ、そうじゃないんだ。ぼくはただ洋服を見てただけなんだって!
みかん様の胸はとても魅力的でじっくり見たいけれど、今は胸じゃなく洋服を見ていたんだって!
そんな風に必死に訴えたら、なんだかとても不服そうな顔をされてしまいました。え、何が悪かったの。いや違うんだよ、嘘じゃないんだって。
やがて作業も一段落。
道具を地に下ろし、小さな身体を大きく伸ばすみかんさん。
動きに合わせて大きな胸がふるふると揺れるのを吸い寄せられるように見てしまいつつ、慌てて地面に置かれた道具を回収する。
「なんだかこういうの、素敵ですね」
「そうでございますね。
太陽の下で畑仕事なんて、現実では考えられないけれど。かつては当たり前の光景だったらしいですしね」
日差しの下に出る、という考え自体がない現代。
けれど高齢者の中には、たとえ健康を害してでも陽光の下で生きたい、死にたいと願う人々も居て。
日差しの下で活動するというのは、仮想の太陽しか知らないぼくらであっても、一概に不健康だからと否定できないだけの何とも言えない魅力があった。
天頂を過ぎた太陽の光を手で遮りつつ、使った道具を片付けて手を洗う。
吹く風が奏でる竹の葉擦れの音を聞きながら、椅子に座って冷たい麦茶で一息。
「材料、ちょっとずつ溜まってきましたね。良いペースでございます」
「そうなんですか?」
「そうなのですよ。
今は収納場所がないのでまとめてぼくが預かってますが、そろそろ邪魔になってきて。
早いところ、チョリソー様に拠点にアイテムを置いておくための箱でも作っていただかないとですね」
「大工か、家具職人ですよね?」
「ええ。ぼくが手を出してもいいのですが、これ以上やる事増やすのもなぁ、と」
屋台やステージの参加者探しを始めとし、ぼくのやる仕事はまだまだ色々残ってる。
それにスキルスロットの問題もあるので、流石にそろそろ一人でやるには厳しい。
「ところで、昨夜紹介したサイトはいかがでしたか?」
昨夜、レイールの村でルナイラを見せた後。
獣士なります宣言をしたみかんさんの熱意に打たれ、5人で即座に獣士就職クエを実施。
15分でクエを終わらせ、みかんさんはめでたく見習獣士に転職した。
その後はフリークブルグに戻って定期的な農作業(収穫と種まき。今やってた作業のこと)を済ませて解散だったんだが、ログアウト前にみかんさんには一つのサイトを教えてある。
ブレイブクレストのペット愛好家達の集う、通称『ペット研究所』だ。
各ペットの捕獲情報から戦闘能力の考察、ペット育成のイロハなどペットに関する諸々の情報が集約されたサイトだ。
まあぶっちゃけ、メインは愛好家達の
みかんさんにはそのサイトを教えて、自分が連れたいペットをあれこれ考えてみるといいと教えておいた。
「教えていただいたサイト、すっごく参考になりました!
可愛い子が多くってすごく悩んじゃって、ちょっと夜更かししちゃいました」
いたずらっぽく笑うみかんさんが無性に可愛らしくて、思わず抱きしめ―――いや、それはセクハラです。そんなことはしません。
かわりに?頭を撫でて続きを促す。
「え? えへへ……
あの、ありがとうございます」
「いえいえ、獣士なら遅かれ早かれ行き着くサイトでございますから。
それで、どのペットを捕まえたいか、決まりましたか?」
「……むう」
ぼくの返事に、なぜか一瞬不満げな表情をしたあと
「あ、そう言えばなんですけど。
もしかして、ライナズィアさんが連れていたルナイラちゃんって、ひょっとしてまさか……クォーツエルフィム、じゃないですか?」
「ええ、そうでございますよ。
あのサイトを見たなら、ルナイラの正体も分かりますよね」
「分かりました、というかなんですあれは!
目撃証言が三件しかない、伝説のポケモノ扱いじゃないですか!」
ポケモノというのは、ポータルケモノというケモノ達を捕まえて戦わせる人気ゲームのことだ。
そのゲームの各バージョンの中で、それぞれ一匹だけ存在する神獣が伝説のポケモノと呼ばれており、クォーツエルフィムも一部のポケモノ愛好家から伝説のポケモノ呼ばわりされている。
イッピキオオカミ一匹での一匹狼プレイとかやったなぁ。懐かしい。
「みかん様、ポケモノやってたんだ」
「ポケモノは三代目からやってます!
じゃなくて、昨日は村の中で平然と出してましたけど、
「ああ、うん。
暑さに弱いとか餌代とかに加えて、人の目の問題でもおいそれと連れて歩けないペットなのでございますよ」
「それなのに、私達に見せるために、あんな街中で出して良かったんですか?」
もうちょっと捕獲した人が増えればいいんだが、現状ではうちのルナイラ以外に全く見たことがないペットだ。
可愛い系の外見ということもあり、人前に出すにはちょっと危険。ペットマニアのフレからも、あまり見せないほうがいいと助言をもらってる。
もちろん、システム的には所持アイテムと同じ扱いのため、たとえPKで殺したとしても他人のペットを奪うとかは不可能なんだけれど。
脅迫や逆恨みでPKに襲われたり、そもそも質問攻めとか写真撮影を要求されたりするのもよろしくない。
「ルナイラは見世物じゃなく、あくまでうちの子だからな。
たまにはのびのびさせてやりたいし、フレに見たいと頼まれれば断る理由はないですよ」
「はう……
あの、えっと。本当に私たちに見せちゃって、良かったんですか?」
「もちろんでございますよ。良いと言ってるじゃございませんか。
ぼくが迷惑こうむるようなこと、みかん様達はしないでしょ?」
「はい、嫌がりそうとか、迷惑が掛かるようなことはしませんけど……」
「ええ、なら大丈夫です。
それに例え嫌がることをされたとしても、みかん様にされるなら笑って受け入れますよ」
そのぐらいには、信じてるし大切ですから、と。笑いながら告げる。
―――そう。
大事なのは、ぼくがどう思っているか、ぼくが相手を好きかどうかだ。
だから、相手から裏切られて捨てられても、ぼくの気持ちを曲げない。ぼくの感情で判断する。
リアルと電脳の両方で、居場所への道が途切れた、あの日。
脳裏に浮かぶ、過ぎた日々。もう手の届かぬ、失ったもの。
あの日に決めた、心の在り方で、在り処。
そうでないと、ぼくは―――
「も、もう!
絶対しないし、そんなの駄目なんですからね!」
ぷんぷんと、ちょっと怒った顔をしながら。
ぼくの感傷など知ったことかとばかりに、はっきりと否定してくれるのが嬉しくて、笑顔で頷いた。
「ありがとう。あなたにお会いできて、良かったですよ」
「わわっ」
少しむくれて赤くなったみかんさんの表情を隠すように。
あるいは、ぼくの表情を見られないために。少しだけ強めに頭を撫でて、こちらが見えないように俯かせる。
会えて良かった。ただ口にしたその言葉に、一片の曇りも偽りもない。
いかなる未来へ到ろうとも、明日がどうなろうとも。ぼくだけは、けして、その言葉を覆らせない。今日を忘れない。
どれほど重たい言葉かを教えることなく、どんな表情をしているかを見せることなく。ただ単純に、雑談の中の『ただの言葉』としてだけ、告げる。
「それじゃぁ今日は、狂ったように大量の座布団を作るための下ごしらえをしましょうか!」
そうしてぼくは、みかんさんの頭を撫でて、視線を下向かせたままで。
努めて明るい声で、祭りの準備へと気持ちを切り替える。
―――大丈夫。ぼくはまだ、ここに立ち、歩いているから。
あるいは。
今もまだ、何も変わらずに。踏み出すこともできず、ただ立ち止まったままなのだから―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます