力と技がなくとも知名度を上げるための万能オレンジカフェ
フレンドという言葉の定義は難しい。
友達の英訳はフレンドだが、フレンドと友達はイコールではない。
フレンドは、友達の場合もあるが、必ずしも友達ではないのだ。
ならばフレンドとは何ぞや?という話になるとき、多々あるフレンドを表す説明の中でぼくがよく使うのは『名刺交換した間柄』という一文。
これは、知る人ぞ知るブレイブクレスト・オンラインの前身となるゲームで、よくあるフレンド登録機能が『名刺交換』という仕組みとして表現されていたことを源流にするもの。
名刺を交換したので相手と連絡は取り合えます、でも仲良くなれるかはその先の付き合い次第です、という内容を表している
ゲーム内限定の友達、なんて言い方よりも、友達になれるかもしれない第一歩ですというほうが、定義の仕方としてぼく好みというだけの話でございます。
いまどき、付き合いが一つのゲーム内にとどまらないなんて、ごく普通の事ですからね。ぼくにもそういう友人が何人か居ますし。
ちなみに、公式の説明書的な記載を一行に要約すれば、フレンド機能により相手の情報を登録することでログイン状況の確認と連絡を取り合うことが可能になった他のプレイヤー、といったところでしょうか。
でも公式説明書に目を通している人は少なく、内容を覚えている人は皆無。しかも言い方が長ったらしくて分かりにくいので、全く広まってません。
と言うか、知らない人に教えるには、相手にとってわかりやすい言葉で、噛み砕いた説明が必要になるということです。
まあ、なんでこんな話をしているかと言いますと―――
「つまり、フレンドがゼロだからって、友達がゼロというわけではございません」
と、言うことなのです。
フレンドがぼく以外に一人も居ないと言うみかんさん。泣きそうな上目遣いに怯みつつ、必死で言い訳―――ではなくフレンドという機能の説明をして宥めすかす。
ぶっちゃけ、言い包めようとしてます。ええしてますとも。
「ふ、フレンドさんはゼロじゃありません、今はライナズィアさんが居ます!
だから、その、友達……ぜろじゃないもん……」
「あっ、はい。
ごめんなさいね、ぼくはフレですし、えっと、友達?ですからね?」
「今、微妙にニュアンスが懐疑的でした……うううやっぱり」
「そっ、そんなことないですから!
その、こんな可愛い子と友達とか、緊張しちゃうとか照れくさいとかあれです、友達おっけーばっちこい!」
「かわ……!
は、ぁうぅ……」
なんだこの空気、誰か助けてくれ。
いややっぱり邪魔はしないでくれていいんだけれどでもやっぱり助けてくれ?
ああぼくのほうもぐちゃぐちゃだ、怯みそうだけど負けてられないしでも可愛い子がうるうるしてるのは喜びとも嗜虐心とも違うそうじゃない、落ち着かない気持ちは早口の説明で押し流す!
「こほん、とりあえず現時点でみかん様が登録しているフレンドがぼく一人ということは分かりました、なぁにフレなんてすぐに今の十倍以上になりますし友達も増えるから大丈夫でございます、ぼくの名刺一枚くらい今は誤差ですからその、友達!いますから大丈夫でございますとも!」
「は、はい、わかりまし―――
じゃなくて、いいえ、誤差じゃないです!」
早口の説明に一瞬押し流されて納得しそうになるも、ぎりぎりで踏みとどまって反論してくる健気な女の子16レベル。
あ、昨夜円空の丘でレベル上がりました。さすが適正レベルの狩場で少人数パーティ。
「ライナズィアさんは、その、かっこ……うぃぃ、ううう、大事な、そうフレンドさんで大事な友達ですっ!
だからたとえフレンドさんがいっぱい増えたとしても大切な私の初めての人なんです!」
ぎゃー、死んじゃう死んじゃうう!
なんだだれか助けて、いっそ殺してくれ!
今ならソロで三海の王アトルボラスとも撃ち合いできそうな壮絶な戦いの果て、とりあえずNPCの薄味の紅茶を飲んで一呼吸。
「ああ、味のない紅茶でございます。落ち着く」
「確かに……少しだけ香りはあるけど、ほとんどお湯なんですね」
「うん。
なので、こうすると―――」
取り出しましたるは、昨夜採取した円空の丘産オレンジ。
それを素手で4つに割り、さくっと
「柑橘類の場合、こうやって後から風味付けをすることができるのでございます。
ささ、どうぞ」
「……わぁ!
すごくいい匂いです、味もちゃんとするようになりました!」
「ええ。味への探究心が高い先達の皆様に感謝でございますよ」
みかんさんの言う通り、だいぶ飲み物らしい飲み物になった。お湯よりずっと香りがいいし、かすかに満腹度も回復する。
改めて、文化的味わいになった
うん。みかんさんに、フレンド系の話題をするのは辞めよう。カウンターが激しすぎてぼくの
というか、そもそもなんでそんな話をしていたかと言うと、これから話す七夕計画における
みかんさんは軍事力ゼロ。ライナズィア、覚えた。だからもうこの話題おしまい。
「それで、その。
そろそろ、ライナズィアさんの考えを教えてもらえませんか?」
今夜もピークタイムにはまだ早い時間、NPCの飲食施設の一つ『アフタヌーンスマイル』に他の客の姿はない。
どたばたしつつも、ようやく落ち着きを取り戻した橙色の髪の美少女。
いまだに草臥れた駆け出し装備一式が輝きをくすませようとするも、明るく揺れる髪とそれ以上に煌く瞳の輝きをもって、真正面から見つめてくる。
「分かりました。
まず昨日の話の確認ですが、みかん様はかつて七夕の日にかわした約束を果たすため、この世界のどこかに居るお姉さんと再会したい、で間違いないですね?」
「はい。
8年前、です。両親の離婚の少し前、七夕祭りの日に約束しました。
お祭りは週末だったと思うので、もしかしたら7月7日じゃなかったかもしれませんけど……」
なるほど、まあ日付のずれは問題ないだろう。七夕祭りである、それが大事なのだから。
……みかん様、8年前の七夕祭、かぁ。
こほん。意識を切替え、気を取り直し。
「ブレイブクレストのユーザ登録数は、300万以上と言われております。
お姉さんのキャラクター名も職業や容姿も分かりませんので、最悪、道端ですれ違ったとしても気づかないかもしれません。
ですから、世界を旅して見つけ出す、というのは現実的に難しいと思われます」
体格も容姿も、初期状態では現実の肉体を反映したものとなる。無条件で変更できるのは、髪と瞳の色、髪の長さ、肌の色および皺などの年齢表現。
小学生の時から8年も会ってないということであれば、妹のみかんさんでも姉の顔を見て判断できない可能性はあるのだ。
もちろんそこは逆の場合も言えるわけで、一応みかんさんの側の変化も確認しておく。
「ちなみにみかん様、8年前と顔が変わったとか雰囲気変わったとか言われます?」
「……うぅ、どうせ童顔ですもん、小学生の時から変わってないってよく言われるもん…ううう」
「あ、違うんです、そうじゃないんです!
ほら、見つけてもらうにはプラスですから、若々しくてメリットです、うん!」
「ふぉ、ふぉろーありがとうございます……くすん」
やべぇ地雷だった、顔見て気づいてもらえる可能性はありそうだが可能性があるって言うとさらに連鎖爆破か!?
「ともかく! 再会できてもみかん様が綺麗になりすぎて気づかない可能性が高いですからある程度はこちらの情報や思い出を明かした上で、それを見たお姉さんから連絡をもらう、というのが良いと考えるわけでございます!
ここまで、よろしいでしょうか?」
「は、はいっ」
Aボタン連打よろしく会話を進めたぼくの説明に真っ赤になって耳を傾け、真剣に考え、大丈夫そうだと頷いてくれる。
明るさや前向きさはとても良い点だと思うのです。話を誤魔化す側としては特にありがたい。
いや、誤魔化してないけど。最初からずっと、みかんさんの依頼の話しかしてないけど。
「ライナズィアさん、すごくたくさん考えてくれてるんですね……嬉しいです!」
こちらのちょっと後ろめたい内心など疑う余地もなく、上目遣い&希望に満ちた笑顔で感激してくれるみかんさん。
喜んでくれている様子にぼくも喜びつつ、とは言えこれはまだスタートライン以前の話題。
「状況や方針を整理しているだけですので、まだ全然でございますよ。
ここまでは、いわばクエストのルールの確認にございます」
「ルール……ですか」
「ええ。
魔法禁止とか、たいまつが消えるまでに到着とか、色々ありますから。
今回の七夕クエストでは『見つけてもらう』というのが大前提ということでございますね」
なるほどと頷くみかんさんを見ながら紅茶を啜る。
ちなみに、出来立ての飲食物を口にしたところで火傷することはないし、現実と比べて遥かに冷めにくい。
このあたりはシステムの恩恵ばりばりでございますね。
ただし恩恵は食事に対してなので、焼き立てのピザを顔面に叩きつけられると普通に火傷してダメージ負います。灼熱のピザ投げ祭りはHP注意、念のため。
「以上を前提として、お姉さんに発見してもらうため、なるべく大勢のプレイヤーの目に触れる方法を考えました。
みかんさん」
「はい、なんでしょうか?」
「闘技大会で並み居る強豪を打ち倒し、世界最強として有名になるってのはどうですか?」
「ええ!?」
真顔で告げるぼくの第一プランに、みかんさんが思わず立ち上がって叫び声をあげた。
店内、まだ他のプレイヤーは居ないけど、今のうちにウインドウを操作し会話の聞こえる範囲を『パーティ内限定』に変更しておく。
パーティを組むことで使える機能の一つが、この会話の聞こえる範囲の設定だ。
普段は声の届く範囲全てに聞こえる会話だが、パーティ内限定にすることで声の届く範囲にいるパーティメンバーにしか声が聞こえなくなる。
これは厳密には『パーティメンバー以外には自分の声が聞こえなくなる』という機能なので、遠くにいる相手と電話のような会話をすることはできません。
「もちろん段階はあります。
世界最強じゃなくても、たとえばその職業で最強とか、何でもいいから世界一となることで名前が売れるしインタビューとかもあるかもしれない。
そういう場でお姉さんを探していることを広めていけば、大勢の人の耳目に届くというわけでございます」
「あっ、あのあのあの!
それはそうかもしれませんけれど、その、私には荷が思いと言いますか、他の人と戦うなんて無理です、無理です!
昨日だって他の人達が来た時に私怖くてずっと震えてて、それでライナズィアさんが守ってくれて背中を見てたら落ち着いてすごく頼もしくて、悪い人が手を伸ばしてきた時は心臓が止まるかと思いましたけどその後すぐに助けてくれてしかも腕に抱かれて耳元で囁かれてすごくどきどきしてやっぱり間近でお顔がすごくかっこ―――」
「っだーっ、ごめんなさい、じゃあ世界最強案は没ですね、没!
はい、次っ!」
なんだやべー顔が熱い、何この子攻撃力高すぎるんだけど気を抜くとこっちがやられる!?
なんか普通に無理ですよねって確認しただけのはずなのになんだこのカウンターは、地雷が多すぎる!
「次のプランです、じゃじゃんっ!
アイドル天使みかん計画!」
「……へ?」
「みかん様をアイドルにして、この世界で知らぬものが居ないほどの知名度&人気をたたき出します!
そしてファンの前でお姉さんを探していることを訴えれば、そりゃぁもう人海戦術でファンが協力してくれるし知名度抜群だし雑誌の表紙とか飾れちゃいます」
「……」
ぼくの説明した第二プランに、しばし沈黙し―――
「えええええ!?
いやそんなの無理です無理無理、絶対無理ですーっ!」
うん、まあ却下ですよね。
ごめん、知ってた。
「と、そういうわけで。
みかん様ご自身を超有名にするというのは、少々難しいことが分かりました」
「……あの、ライナズィアさん?」
一連のやりとりを済ませ、説明を再開する。
その会話に待ったを掛けたみかんさんが、感情に乏しい表情でじっとこちらを見つめていた。
「はい、何でしょうか?」
「ひょっとして、私をからかうとか、困らせるために世界一とかアイドルとか言いませんでした?」
「ははは……やだなぁ、そんなわけないじゃないですか。
みかん様ったら、ほんとにもー。ははは……」
「じー……」
乾いた笑いとともにカップに目線を落とすが、おでこのあたりにひしひしと視線を感じます!
まだ生え際は後退してないはず。あと、デコがピカったりもしてないはず。デコピカ星人参上!(現実逃避)
ブレイブクレストでは、通常のゲームプレイ料金とは別に追加で
一部でカミ仕様と呼ばれております、なんだその有料キャラメイク機能は。デコピカ星人もニッコリだね!(現実逃避継続中)
「―――こほん。
世界最強もアイドルも、ちょっとハードル高いだろうなーとは思ってございました。
ただ、お姉さんに見つけていただくためには、みかん様ご自身を前面に押し出し、そのお姿を知らしめることのほうが効果的でございます。
ですので、みかん様の知名度を上げるための手段としては有り得ると考えましたゆえ、一応意思確認をした次第でございます」
「……私の願い、ですもんね。
すみませんでした、ライナズィアさんはそこまでしっかり考えてくれてるのに。私も、もっとちゃんと検討して―――」
「あ、でも大丈夫でございますよ?
断られるだろうと思ってましたので、本命は次のプランでございます」
数秒ぱくぱくと口を開け閉めした後、ちょっと膨れた顔で紅茶を啜るみかん様。
小動物っぽいなぁと思いつつ、ご機嫌を取るために超薄味のレモンタルトを注文し万能オレンジを振り絞って差し出す。
「ライナズィアさん、やっぱり時々ちょっといじわるです……」
「ごめんなさいね、ぼくは優しくありませんから。
というわけで、こちらのチラシをご覧下さいませ」
懐より取り出した一枚の紙を、オレンジ風味のレモンタルトの皿をどかしてテーブルに置く。
みかん様が覗き込んだ紙の一番上には、少し大きな文字でこう書かれていた。
『7月7日、ブレイブクレスト初の七夕祭 開催☆彡』
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