初めての異世界は、魔王と共に

けんざぶろう

プロローグ(長いし、面白くないので読み飛ばし推奨)

「………しっぱ…いし…た」


 掠れた声で言葉を発したこの老人は、この世に生を受け85年、病院のベッドの上でまもなくこと切れるであろう瞬間を予感して、今まで歩んできた人生を悔いていた。

 

 この老人を一言で表すなら善人である。 善人と言えば聞こえはいいが、それ故に、この男の人生はめちゃくちゃになったと断言してもいいだろう。


 彼の人生の休日と呼べる日は全てがボランティア活動で汗を流し。 苦労して稼いだお金は最低限自分に必要な分以外は全て寄付。 震災などが起こると必ず現地に赴き、できる限りを尽くしていた。


 これだけ聞くと、世の中の為に尽くす立派な人間と言えるが、そんな生活をしていたため当然貯金もなく。 恋人もいたことが無い。 傍から見たら何が楽しくて生きているのか分からない人物であった。


 そして、この生活が異常と本人が気が付いたのは不幸にも70を過ぎ、数少ない友人が亡くなった時である。


 この時は友人の葬式へ出席。 そして彼を含める十数名の出席者を見た彼は衝撃を受けた。


 葬式の規模は決して多くはないが皆泣いているのだ。 思い出話に泣く家族や友人達に囲まれて最後を見届けてもらう友人のその姿を見て、老人が最初に覚えたのは、激しい嫉妬心であった。


 自分は今までの人生、世のため人の為になる様に人生を捧げてきた。 しかし友人はどうだろうか、彼は普通に生きただけだ。 休日に遊び、所帯を持ち。 ただ老い。 そして死んだだけ。 にも関わらず。 家族や友人は目に涙を浮かべ昔を懐かしみ語り合っている。 


 そこで老人は自分に当てはめて考える。 自分はどうだろうか? 恐らく自分が死んでも涙を流す人間はいないのではないのか? 家族はいない、友人達もほとんどが先へ逝ってしまった。 今まで人生をかけて平和を願い行動してきた自分は、死んだとき誰も傍にいてくれることもなく孤独に死んで、かつ誰一人として悲しんでくれることのない未来を簡単に予想することが出来てしまった。


 そう考えたら、涙が止まらなかった。 自分が残したものは何もない。 家族、知人すべてが無い空っぽの人間。 


 世の中の為に尽くしてきたのに、ただ普通に生きた人間の方が評価される。  その事実が悔しくて、悔しくてしょうがなかった。


 だが、そんな後悔で胸を締め付けられ嫉妬の炎で身を焦がしても、残念ながら生まれてから今まで行っていた習慣とさえいえる善行を止める事ができず、結局、体を壊して入院生活を余儀なくされるまで彼は善行を積んでいた。


 そして箸が持てなくなり、服にも重さを感じ。 呼吸にすら体力を使う、まさに死にゆく一歩手前で――


「お前みたいな人間がいるのだな、どうだ? 私の手で生まれ変わる気は無いか?」


 ――突如、彼の前に黒い服で身を包んだ女性が現れた。


「無反応……言葉もろくに話せないほどに衰弱しているのか? まあ良い、お前の死ぬ程度の時間くらいは、ここで答えを待っていてやる」


 いきなり現れた女性は、死にかけている俺を見ながら何処からか取り出したグラスに酒を注ぎ、一人で一杯やりだした。


 この女性は何者だろうか? 最初見た印象は不審者だったが、もうすぐ死ぬと自分自身でも死期がハッキリと分かっているため誰かを呼ぶ気にすらならない。 そんな俺の心境を知ってか知らずか、女性は俺を肴に酒の入ったグラスを傾ける。


「久しぶりに日本の酒を飲んでみたが、旨いな。 なあ爺さん。お前も飲んでみるかい?」


「いら……ない」


 俺の言葉を聞いた女性は、聞き取れなかったが、ぽつりと何か呟くと、再び酒を飲みだした。


「しかし、分からないな。 お前は善行にまみれている実につまらない生き方をしたことを後悔しているのだろう? さぞかし無念ではないのか? 急かす気は無いが早めに決めないと、くたばっちまうぞ?」


 酒を飲みつつ女性が、まるで俺の人生を見てきたかのように語ったために。 驚き、目を見開く。


「な…ぜ?」


 分かったのか? と言葉に出そうとしたが口の中が乾き、掠れていたため上手く発音できなかった。


「後悔や善行を積んできたことが何で分かったかって? 説明してもいいが。 もうすぐ死ぬお前に必要な事か?」


 言われて気が付く。 確かにどうでも良いことである。 どうでもいいのだが、自分の人生を覗き見られたようで気持ちが悪い。


「なにが…もく……てきだ」


「私の目的は、お前を別の世界に転生させることだが、お前には理解できないだろうし、別に理解しようと思わなくてもいい。 お前は、ただ私の言うことに対して肯定的な返事をすればいい」


 何とも無茶苦茶な女である。 新手の宗教か詐欺師であろうか? どちらにせよ、もう少し口が回ってもよさそうなものなのだが。


「ざい…さん……ないぞ?」


 金を持っていないと告げると、目の前の女は、一瞬目を丸くしたかと思ったら、盛大に吹き出し大声で笑いだした。


「いやいや、爺さん。 私はアンタの資産が目的じゃねぇよ。 でも、そうか。 確かにそう見える、つーかソレにしか見えねぇな」


 女性は余程ツボに入ったのか手を叩き大爆笑する。 だがその態度が不思議でならなかった。 金が目的でないのならば、死にかけの老人に、一体何を求めているのだろうか?


「未だ私の目的を疑ってる顔だな。 言っただろ、私の目的はここではない世界にお前を転生させて魔王と呼ばれる存在を倒してほしいと。 ただそれだけだ。 それ以上は望まないさ」


「まおう…のくだりはきいて……いない」


「そうだったか? まあどうでも良いだろそんな事、それよりもお前が転生する意思があるかどうかの方が重要だ」


「なぜ? お…れ?」


「この世界で一番善行を積んでいるからだ。 お前は困っている人がいれば見捨てられないだろう? 私が行かせようとしている世界は魔王が支配する世界だ、当然。 民は魔物に怯えながら生活をしている。 お前はそんな人間たちを見て無視できるか? できないだろう?」


「おれ…がしぬ」


「当然の意見だな、魔物なんか普通に相手にしたら簡単に死んでしまうだろう。 だが安心しろ、それなりの支援くらいはしてやるさ…っとそろそろ時間だな早く決めろよ?」


 何が時間なのだろうと疑問に思った瞬間心臓の鼓動が今までにないほどに早く動いていた。


「がッッ…はぁ」


「もう間もなく死ぬぞ? どうする?」


 ニヤニヤと笑いながら女性は酒を口へと運ぶ。 考えてみれば選択肢など最初から無いに等しい。 生き返れる。 この善行にまみれた人生をやり直せるのだ。 何を考える必要があったのだろう。


「いきか…えらせてく……れ」


 女性はニヤリと口を大きくゆがめ笑う。


「契約は完了した。 この世界の魔王である私自らお前の肉体を再構築して生き返らせてやる。 だから安心して死んでゆけ」


 魔王を倒してほしいという者が魔王を名乗るのはおかしいと思うと同時に、俺はとんでもない奴と契約を交わしたのではないかと多少の不安を覚えつつ、老人は静かに息を引き取った。

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