第5話 皐月の夜は更け、月光は満ち…… Part7

〈2122年 5月7日 11:17PM 第一次星片争奪戦終了まで残り58分〉

―グラウ―


「悪いな」


 引き金を絞り――二丁の拳銃の銃口マズルが火を吹いた。

 この過程に異能力が介在しているなんて、余程の相手でなければ気が付かれることはない。何故なら――この程度の異能力が存在すると、大抵の人間は想像すらしないのだから。


 本物のオートマチックの拳銃は、まず弾倉マガジンを差し入れるところから始まる。次にスライドを後方に引くとリコイルスプリングが縮まり、同時に撃鉄ハンマーが起き上がる。そして手を離すと、スプリングの反動でスライドが前方に移動し、薬室に新しい実包カートリッジが込められる。これで発射準備は完了だ。

 あとは安全装置セイフティを外し、引き金を絞るだけ。これにより撃鉄ハンマーが前方に移動し、撃針が叩かれることで実包カートリッジ雷管プライマーが起爆され、火薬が爆燃する。そして薬室内が燃焼ガスが急激に膨張し、その力により弾丸ブレットが射出される。


 けれども、俺の拳銃は違う。弾倉マガジンを交換する必要もないし、スライドを引く必要もない。安全装置セイフティなんて何の役に立たないし、唯一意味があるとすれば引き金を絞るという最終工程だけだ。

 俺が拳銃に触れていないとき、弾倉マガジンには一発も弾は込められていない。無論、薬室にもだ。

 しかし一度拳銃に触れてしまえば、銃弾が降って湧いたように装填され、引き金を絞るだけで弾丸ブレットが射出される。ある意味、奇術マジックのような異能力である。


 だが――それだけなのだ。俺の生み出す銃弾は、ごくごく一般的な9mm弾と何も変らない。異能力による銃弾だからと言って、威力が上昇するわけでも、飛距離が増すわけでもない。

 それに、引き金を絞れば銃弾が飛び出すからと言って、それが無限に撃ち続けられるというわけではない。異能力は精神力と体力の両方を消費する。体力の方は……カロリーとも言い換えられるか。

 畢竟、俺の生み出す銃弾は無限の様だが有限であり、ひたすら撃ち続けることなど不可能というわけだ。


「ふう………」


 数の暴力という言葉があるが……この一角は、遊園地の中でも一際世界防衛軍WGの兵士が溢れかえっていた。右を見ても兵士、左を見ても兵士、正面を見ても兵士。ふと振り返ってみれば、自分が築きあげた屍の道に兵士が何処からともなく再出現リスポーンという始末。

 まぁ、一般兵に引けを取ることはなかったし、こうしてつつがなくサッカースタジアムのゲートをくぐれているわけだが……二人もこんな目に遭っているのだろうか?

 ネルケとソノミ、大切な仲間。二人は上手くやっているだろうか――?なんて、不要な心配をする必要もないか。二人は俺なんかよりずっと強力な異能力を持ち、そして高い戦闘技術を有しているのだから。


「それにしても――」


 サッカーね……。11vs11の攻防、選手同士の連携、選手個人のファインプレー。それが観客さえも熱狂させるスポーツであることに疑いの余地など一切ない。

 世界でこれ程までにサッカーが親しまれている要因の一つには、ルールの単純さもあるのではないだろうか。サッカーとは、要は、敵のゴールにボールを入れれば得点が入り、最終得点が多いチームが勝ちという、一般的なルールの球技の一つである。


 しかし、今でこそ禁止行為が定まって一大スポーツとなったサッカーではあるが、今日のルールが完成するまでには、かなりの紆余曲折があったそうだ。

 それはまだサッカーとは呼べないが……イングランドにおいては、敵の将軍の頭を蹴り飛ばすという遊びが存在したという。そして起源と呼ばれるモブ・フットボールでは、コートは街全体、禁止されていたのは殺人のみ。殴ろうが、噛みつこうが――誤って・・・人を蹴ろうがルール上何も問題はなかった。その頃の危険性の反省が、現在のサッカーの禁止行為に反映されているのであろう。

 これはもちろんサッカーに限った話ではないが、スポーツにおいては危険行為や番外戦術など御法度である。試合が始まれば、選手たちは自分とそして仲間たちとの、純粋な力量でもって勝負に挑むことになる。


 だが……残念ながら、俺はスポーツ全般があまり好みではない。何故なら――こうした厳格なルールがあるからだ。

 あれをしてはダメ、これはしてはダメ。選手は皆、スポーツマンシップに則り、正々堂々と競技に臨まなければならない。ああ……面倒だ。

 もしも俺が野球でピッチャーを任されれば、デッドボールで相手チームの選手を全員病院送りにするだろう。バスケットボールでボールを渡されれば、ドリブルなど一回もせずに駆け抜けるだろう。そしてサッカーをするなら……何食わぬ顔で相手選手を突き飛ばすのであろうな。


 俺にとってルールとは、試合を面白くかつ安全にするための要素ではなく、ただの重い足枷に過ぎない。生憎、俺はそれに素直に従っていて勝てるほど、実力も自信もないのである。

 ある意味、俺ほど殺し合いというものに向いている者は他にいないのかもしれない。殺し合いには、何一つルールはない。故に、いくら小汚い手段を用いようが、誰かに咎められるわけでもない。最後に立ってさえいればそれで良いのだ。


 そんなわけで俺はスポーツとは無縁の存在。テレビを付けた時、たまたまそのチャンネルでスポーツ中継をやっていても、ルール遵守の焦れったさから速攻で別のチャンネルに切り替えてしまう。

 だから、こうしてサッカースタジアムに入場するのは人生初の経験であるし、そしてこの場所が人生最後のサッカースタジアムになるのであろう。


「これは……広いな」


 事前にこのスタジアムの収容人数は5万人にも及ぶと把握していたが……やはり、現地で実際に目の当たりにすると圧巻である。

 グラウンドから見た客席は、大河を眺めているかの如く圧倒される。こんなに大勢の観客の視線が集まる中プレーをするなど、選手たちのメンタルは更迭で出来ているのではないだろうか。

 空…皮膜から青白い光が差し込んでくる。しかしこのスタジアムに天井が存在していないというわけではない。天候に左右されず安定した試合を行うことを目的として、天井は開閉式に設計されたのであろう。

 そして芝生。青々として、一定の長さに刈り揃えられている。いつでも試合が行えるように、最高のコンディションが維持されているようだが――あの男との戦いが終わる頃には、このグラウンドも悲惨な姿に変わり果てているのだろうな。


「まさか、ここに辿り着く者がいるとは。周囲にかなり部下を配備していたはずですが……全員葬ってきた、ということですか?」


 男は青い瞳の三白眼。髪の色は黄緑、長さは女性で言うセミロングはあり、髪を肩にかけている。顔つきからして……40代後半といった所だろうか。

 彼が着用しているのは、一般兵たちと同じ白の装甲服ではない。非戦闘時用と思しき白色のスーツ型軍服。紫煙の異能力者と同じ格好と言うことは……少なくとも隊長格であるのは間違いなさそうか。


「ああ。あんたらの兵士の多さにはうんざりしたぜ。倒せども倒せども、無限に湧いて出てくるからな。でも、あんたがここに連れてきた兵士――新兵ばかりだろ?」


「……ええ。よくそのようなことにお気づきになりましたね」


 歴戦の兵士と新米の兵士とでは歴然とした差が生じる。

 古参兵5人と新兵10人とが戦えば、どちらが勝つだろうか?人数は圧倒的に新兵が有利。頭数は当然戦況において大きな意味を持つが――しかし、それだけで勝敗が決することはない。

 戦い慣れた連中の相手をするのは非常に骨が折れる。その連携は洗練されており、容易に崩せるものではない。彼らは仲間の位置を逐一確認し、相手の攻撃を未然に防ぎ、なおかつ自分たちが一方的に仕掛けられるような間合いを維持する戦いのプロだ。

 対して訓練を積んだだけで実戦経験のない連中は、烏合の衆に成り下がることがしばしばある。確かに連携の基礎を軍で学んではいるのだろうが、応用が当たり前の戦場において基本が通じるという考えは愚の骨頂。一度フォーメーションが崩されれば、彼らのその後のことなど語るに及ばない。

 新兵は個々の点と点との連なりでしかなく、古参兵たちは一枚岩の集合体。俺が今日戦った世界防衛軍WGの兵士たちは皆前者であった。数の強さなど全く活かされていない、てんでんばらばらな集団。それで実力が伴っていたのなら厄介な相手ではあったかもしれない。しかしそうでなかったからこそ、こうして大量の兵士たちを捌ききることが出来たというわけだ。


「君はなかなかの手前とお見受けする。ですが君は……毘沙門でもテラ・ノヴァでもありませんね。けれど、デウス・ウルトの信者でもないのでしょう……テウフェルの人間か、あるいは少佐が見た正体不明の集団の一人か」


 毘沙門、テラ・ノヴァにはそれぞれ制服ユニフォームがあるし、デウス・ウルトの信者たちもほぼ全員が白装束を着ていた。だから俺の私服に近しい格好を見れば、その二つまで絞るのはそう難しいことではなかっただろう。

 けれど、少佐ね……あの紫煙の異能力者、なかなか偉い階級に位置しているんだな。


「あんたらでも知らないであろう組織だよ。PeaceP&&LibertyL。俺はグラウ・ファルケだ」


「何処かで聞いたことがあるような気もしますが……やはり、思い違いですかね。それはそうと…よろしく、グラウ君。僕はレスペド、本争奪戦における世界防衛軍WGの指揮を任されている」


 やけに落ちついた雰囲気の男だと思ってはいたが……なるほど、あんたが元締めというわけか。ということは――どうやら、俺が当たり外れクジを引いたというわけだな。


 よろしく。友好的な言葉ではあるが、レスペドは俺と馴れ合うつもりなど毛頭ないだろう――レスペドは笑っていない。表情に一切の歪みがない。

 それもそうだろう。レスペドには使命がある――世界の防衛者として秩序を乱す存在を排除し、なんとしても星片を守り抜くという使命が。それに加え、兵士の仇である俺を一分一秒と生きながらえさせておくなど、腹に据えかねているのは確実だろうな。


「ここまで辿り着いたからには、君は相当な異能力を持っているのだろう?」


「なに、大したことはない。あんたの異能力の方が確実に強いさ」


 ホルスターから二丁を引き抜く。


 振り返ってみると――激動の24時間であった。

 神社でいきなり美人ネルケに唇を奪われたと思えば、ソノミが休息の合間に兄を追い求め行方を眩ました。彼女を連れ戻したら今度はゼンが消えて……帰らぬ人となってしまった。

 それから神社に帰還して睡眠を取り、ネルケと話していたら彼女に覆い被され……うん?ネルケの思い出、ろくなものが殆どないな。


 まぁ、今日という日もこの一戦で終わる。レスペドを倒し星片を奪うか、それとも男に敗北し殺されるか。未来はその二つに一つ……いや、一つしかない――


「レスペド、あんたは勝利目前の所まで来ているが――その直前で敗北するという屈辱、味わう準備は出来ているか?」


 俺の啖呵に、レスペドは初めて口元を緩めた。


「ふふっ!出来ていませんよ。君たちが一体何を目的として星片を狙っているのか定かではありませんが、これを譲るつもりは全くありません。ですから――君は何も為せぬまま死ぬがいいのですっ!!」


 腕を交差させて構える。そして目を瞑ると――自然とあいつ・・・の顔が思い浮かんだ。

 ユス……俺はあんたを亡くしてから、俺は生きる屍だった。俺にとってあんたは全てで、あんたが俺の生きる意味だったから。

 どうして傭兵団アストライアーを抜け出すような真似をしたと思う?ラウゼの提案を鵜呑みにしたから――?違う。少人数の組織となれば、星片を持ち逃げ出来る可能性が生まれる。そして残り2つを揃えて、俺は願おうとしていたんだ――あんたの復活を。

 周りはさ、俺にあんたの後を継げだとか言ってきた。けれど俺には、そんなことは無理だとわかっていた。あんたの背中は……あまりにも大きすぎた。だから俺は自分への期待の声を聞こえないふりをして、代わりにあんた自身を取り戻そうなんて馬鹿げたことを考えた。


 でも、今日。ようやく――俺は息を吹き返したんだ。

 俺はあんたにはなれない。でも、俺はあんたのやり方を受け継いだ。あんたから生き方を学んだ。あんたの一番近くにいたのは、この俺なんだ。

 だから、ここに宣言させてくれ――俺はもう二度と、迷うことなく突き進むと!


『――グラウ。その言葉を聞くまでアタシはずっと待っていたんだぞ、このクソガキ!でも、これでようやく、ファルケアタシの意思は受け継いだな?』


 俺はもうガキじゃない。だが、確かに受け継いだよ。

 俺はグラウ・ファルケ。他の誰でもない、あんたの息子だ。例え血が繋がっていなくても――あんたは俺の正真正銘の母親だ。


『ならば、もう迷いはないな?お前のすべきことは――』


「必ず勝利する――――“英雄あんたの息子”として!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る