これが僕らの異能世界《ディストピア》

多々良 汰々

プロローグ

異能力の存在する世界は理想郷なのだろうか?

 それは今から約30年前のこと。人間は、新たなる能力を手に入れた――


 人間はパイロキネシス発火能力を持ち合わせてはいない。しかし人間にとって“火”は欠かせない現象の一つである。はじめ人間は自然発生の火を利用し、そして木と木を擦り合わせた摩擦熱を利用する方法、火打ち石を利用する方法……技術発展の末、人はついにボタン一つで火を起こせるところまで来たのである。


 人間は空を飛ぶことは出来ない。何故なら人間には空を飛ぶための器官が身体に存在しないからである。イカロスの翼は太陽に近づくにつれて蝋が溶け、最終的にバラバラになってしまった。そう、人間が生み出した贋作の翼は、空を自由に飛び交う鳥たちの翼にはなり得なかったのである。

 しかし人間たちは空への夢を諦めなかった。それは今日の世界が証明している。すなわち人間たちは技術という名の長所を磨き上げ、ついには航空機を発明するに至った。今や我々は、利用料金という対価さえ支払えば、いつだって何処へだって空の旅をすることが可能なのである。


 人間は千年、万年と生きることは出来ない。かの始皇帝は不老不死を目指し、妙薬として水銀を飲み、かえって寿命を縮めてしまったのだ。

 人間が生きる上で呼吸は欠かせない。しかし取り込んだ酸素の一部が、老化の原因の一つである活性酸素に変化してしまう時点で、人間の身体が永久のものにはなり得ないことは明らかである。

 しかし公衆衛生の向上、アンチエイジングなる技術、そして医療技術の進歩などの貢献により、現在の世界平均寿命はついに70歳を超えた。あと数百年経過すれば80歳、90歳……と延びていった先、ともすれば不死はそう遠くない未来に実現されるのかもしれない。一方でそのような世界は厭世主義の人間たちからすれば“生き地獄”に他ならないのかもしれないのだが。


 パイロキネシス発火能力を持つ人間はいない。空を飛べる人間はいない。不老不死の人間などいない――それらは常識であり、破られることのない絶対の秩序でもあった。それらは人間たちにとって垂涎の能力であったとしても、決して獲得出来ない能力であった。だからこそ我々は創造の力でもって技術を進歩させ続けることが出来た。だからこそ人間は地球の王者であり続けられた。その一種の安寧は、これから先、人類が滅亡するまで続いていく。そのはずであった――


 初めに現れたのは、異常なまでに脚力のある人間であった、彼の名はランバート・ハウレー。彼がその能力に目覚めたきっかけは定かではい。彼はとある選手権大会からその頭角を現した。そして国際大会の短距離走に出場し、彼はなんとそれまでの世界記録をなんと3秒も縮めた。世間は彼を“努力の鬼”と評価し、彼は一躍注目の的となった。しかし彼をよく知るコーチは知っていた――彼は努力を嫌う選手であったことを。そして数年前まで彼は、無才の選手であったということを。


 次に現れたのは、相手の気持ちを読み取れる人間であった。彼女の名はアランナ・ホースキン。彼女は幼少期にその不可思議な能力に目覚めていたとされる。彼女は友人の心をズバリと言い当てることが特技で、彼女にとってそれは歩く・走る・泳ぐなどと一切変わることの無い普遍的な能力だと認識していた。しかしある時自分の特異性に気がついた彼女は、その能力を最大限に活かす道へ進むことを決意した。彼女は努力を重ね、ある国の外交官となったのだ。彼女が他の外交官と違っていたのは、交渉の席で相手方の考えをすべて把握し、その上で必ず自国の利益を最大化してしまうことにあった。そんな彼女を引く手はあまた。だが、一方でその能力は彼女を不幸にした。彼女は知りたくもない他人の負の感情まで読み取れたのだ。彼女はやがて鬱を患い、31歳という若さで自殺をしてしまったのであった。


 それから世界中に、これまでの常識では説明がつかないような能力を持った人間たちが徐々に増加を始めたのであった。それは本当に些細な能力から、非常に危険な能力まで。それらに共通していたのは、超常的な能力であり、まるでフィクションの世界を現実に投影したような質な能力・・であったということであった。そして人はいつしか彼らのその個性に満ちた能力を“異能力”と呼び、異能力を持つ人々のことを“異能力者”と呼ぶようになった。

 異能力者は異能力を持つことを除けば、他の人間たちと何も変わらない。その外見も内面も、異能力者と他の人間たちとを識別する方法は現在もなお存在しない。異能力者は自らを人間だと自己認識し、他の人間たちも異能力者を同じ人間だと考えていた。そう、とある悲劇的な内戦が勃発するまでは――


 イベリス内戦。世界平和100年を記念する年に起きた、欧州イベリス国における内戦。そしてそれは人類史上最悪と言われる戦い――内戦の発端は当時の大統領シェルズによる独裁、それに対するイベリス住民たちの不満の爆発である。内戦の火蓋を切り落としたのは反体制派の住民たちであり、近隣二国からの支援を後ろ盾に、イベリス政府の主要施設を次々と破壊していった。これに痺れを切らしたシェルズ大統領はイベリス国軍を投入、これにより内戦は鎮静化すると思われた。しかし住民たちの怒りは激しく、なんと住民たちが軍隊を蹂躙していく異例の事態となったのだ。住民たちがシェルズ大統領の首に王手をかけたその時、彼は最終手段の発動のために大統領室の電話を手に取ったのであった。

 最終手段。それは世界の調和を目指し設置された国際連合体、国際秩序機関WWOの力を借りること。シェルズ大統領の電話一本により、国際秩序機関の軍事部隊、世界防衛軍WGがイベリス国に派遣された。その大半の兵士たちは従来の兵装をしていた。迷彩服に身を包み、握りしめるは突撃銃アサルトライフル。しかし彼らの中に数人、戦場に似つかわしくない軽装で、武器の一つも持たない兵士が紛れ込んでいた。そう――異能力者の参戦が、これまでの戦争の歴史を塗り替えた。歩兵と歩兵とが殺し合う、近代兵器と近代兵器とが砲火を交わす戦争は終焉した。これからの時代の戦争は、異能力者を中心とした軍隊により行われる――彼らは圧倒的であった。フィンガースナップ一つで爆発を起こし、口笛でもって狂飆を巻き起こす。歩兵など彼らの前では無力であり、生身の人間が戦車を破壊してしまう未曾有の事態まで各地で起こった。彼らの参戦により戦況は一変、シェルズ側の勝利は目前かと思われた。しかし住民たちの反抗の火は、そう簡単に鎮火することはなかったのだ。

 目には目を、歯には歯を。その言葉の通り住民たちは動いた――すなわち、異能力者には異能力者を、彼らはとある傭兵団をイベリス国へと呼び寄せた。そして人類の歴史において初めて、異能力者と異能力者による全力の殺し合いが始まった。それは言うばかりなきほど凄惨で、この世の地獄がイベリス国に出現したのであった。


 イベリス内戦は泥沼化し、何千何万という命が喪われた。その戦争がとある英雄二人により終結に導かれるころには、“異能力者は危険な存在”という認識が世界各国で共有され、果ては“異能力者は人間ではない”という言説まで流布するようになっていた。

 反異能力者の機運が高まる世界において、ついに国際秩序機関はとある法律を施行した――異能力規制法。その目的規定には“異能力者の異能力行使を制限し、人間の秩序と平和を守る”と記された。この法律が明確に意図したことは大きく二つ。人間と異能力者を異なる生物とみなし、そして積極的に人間による異能力者への差別を認めるということ。この法律の反映として、各国では異能力者に対する不遇政策が採られるようになった。すなわち異能力者は幼少期からいじめの対象とされ、就学・就職において不利になり、例え就職出来たとしても昇進には上限が設けられた。故に異能力者がこの世界をうまく生き抜くための世渡り術は、自らの異能力者としてのアイデンティティを捨てさり、普通の人間として生きていくことのみであった。


 しかしイベリス内戦が明らかにした異能力者の危険性は、彼らが人間の世界を脅かす存在であるということのみではなかった――異能力者は人の形をした兵器・・・・・・・・であるという事実は、各国政府、そして裏社会の組織に知れ渡ったのだ。異能力者は従来の兵器と異なり、その危険性は表面見かけのみでは察知されない。すなわち武器の輸入・輸出のような面倒な手続きを踏まなくとも、異能力者は簡単に国を行き来することができる。そして何より、従来の兵器以上のポテンシャルを異能力者は持っている。異能力規制法によって異能力者は虐げられるべき存在として定義された。しかしそれを額面通り遵守するほど人間は律儀ではない。それぞれの国・組織には、コンプライアンスよりも優先すべき自己の利益があった。他国が異能力者を戦力として組み込んだ時点で、自国も異能力者を軍に招き入れなければならない。そうしなければ、これからの時代の弱者に成り下がるのは明白であった。

 表向きには差別を行いながら、しかし裏では異能力者を新時代の武器として登用する。それはもはや世界のスタンダードとなりつつあった。この流れに抗うように、異能力者の地位向上を訴える団体も発足した。一方で異能力者を“人類の敵”とみなし、その虐殺を目指す宗教も誕生した。世界は異能力者を中心に大きく揺れ動き、情勢は刻一刻と変化を続けていった。しかし異能力者を迎え入れた世界は、また新たな局面を迎えようとしていた――


 今から三年前。宇宙から太平洋上に飛来した謎の結晶。公海への落下のために、国際秩序機関がその調査を独占。その結果の一部が世界中に公開された。

 その結晶は仮に星片と名付けられた。星片は縦5cm横10cmほどの大きさで、ひし形をしていた。色はアメジストに似た紫色で、光を通さないほどの濁りがあった。そして星片を構成する物質は地球上には存在しない物質であり、その反応の特異性から不安定物質ランダムマテリアルと呼ばれるようになった。そして何を隠そうその反応というのは――人間の思念を反映して変化をするというものであった。

 公開された情報はここまでであった。それ以上の調査結果については、その結果を鑑み、国際秩序機関の上層部により秘匿されることが決定された。しかし上層部の思惑通りことは運ばなかった――とある星片の研究員が、彼らの隠した重大な秘密を暴露したのだ。


 星片が3つそろったとき、それは人の願いを叶えるという奇跡を起こす。

 その一つのみではさほど大きな効果は得られない。しかし星片が3つ集まり共鳴を始めた場合、不安定物質ランダムマテリアルは安定した物質へと変容し、そして直後の人間の願いを汲み取り、その願いを世界規模に適応する。例えそれが聖人による清き願いであったとしても、例えそれが大悪党の汚れきった願いであったとしても。


 そしてもう一つ重大なことがあった。それは、星片は残り4つ観測されているということである。国際秩序機関はこれを秘匿することにより、何らかの願いを妨害なしに成就させようと目論んでいたのだ。

 研究員の命がけの暴露は、全世界を騒がせる一大事件となった。国際秩序機関はその告発を否定したが、しかしそれを信じるような人間は存在せず、国際秩序機関の名は地に落ちる結果となった。


 そして時は現在に至る。星片が世界を変える奇跡の欠片であることが明らかとなったその時より、各国・各組織は次の星片を獲得するための準備を始めていた。もちろんその上で鍵になる存在は――異能力者であった。次に星片が地球上に落下した時、その地において必ず戦いが起こる。そしてそれの主役は、異能力者に他ならない――

 奇跡の欠片、星片を巡る異能力者たちの戦いの火蓋は、まもなく切り落とされようとしていた――

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