だるんだるんにのびるおはなし

米占ゆう

だるんだるんにのびるおはなし

「あたしとあの娘、どっちを選ぶの!?」

 キンキンした声でミカが叫んだ、そんなどこの昼ドラだよみたいなセリフが、我が家の六畳一間いっぱいに響いた。一方サワはむっつりと黙りこくったまま、俺を睨みつけている。

 ミカとサワ――たちに取り囲まれて俺は、詮方なくリビング中央のテーブルの前に座り込んでいた。

 のばしにのばし続けてきた回答。

 それを今、迫られていたのだ。


 二人からはほぼ同時に告白を受けた。

 あれは――そう、確か六月とかその辺だったように思う。高校の頃の話であんまりちゃんとは覚えていないのだが、クラスの人間関係もだいぶ熟しきり、クラスメイト全員、だいたい誰がどんなやつなのかぐらいは互いに把握できるくらいになってきた――そんな時期のことだったはずだ。

 俺は片方だけを選んでもよかったのだが、しかし当時告白されたこと自体に有頂天になっていたことと、それからまあ、うまくやればバレないんじゃないかという思惑の元、両方を受けることを選んだ。

 それで実際やってみた結果。はじめのうちは隠せるかな、と思ったのであるが、やっぱりダメだった。彼女からは散々詰められた。

 そこで出した答えが。

「一か月後、決めるでいい?」

 それが一か月延び、半年延び、一年延び。

 気づけばもう、三年が過ぎようとしていた。

 俺は何一つ決めることもないまま高校を卒業し、大学に入学してもペンディング状態は変わらず。ついにここまで来てしまったのだ。

 しかし俺はなおも決めかねて、二人にこう言ってみた。

「まだ決められない……じゃ、ダメかな?」

 ドスン。

 しかし、その瞬間。サワが威嚇するかのようにテーブルに拳をつき下ろして言う。

「却下」

 ――その衝撃で机の上に乗っかっていたシチズンのソーラー電波時計がばたりと倒れてしまった。

 ……うひぃ~こぇぇえ~。

 こんなに怖いんだったら、俺、いっそミカになびいちゃおうかなぁ~。

 そう思って俺がミカを見やると、はたして。ミカも腰に手をあて仁王立ちスタイルで俺を見下ろしていた。そのさま、まるで武蔵坊弁慶を思い出すほどの迫力をまとっており。今にも長刀の柄一尺踏折りてがはと捨て、「あはれ中々良き物や、えせ片人の足手にまぎれて、悪かりつるに」とて、きつと踏張り立つて、敵入れば寄せ合はせて、はたとは斬り、ふつとは斬り、馬の太腹前膝はらりはらりと切り付け、馬より落つる所は長刀の先にて首を刎ね落し、脊にて叩きおろしなどして狂ふ程に、一人に斬り立てられて、面を向くる者ぞ無き――なんてことに……。

 いやいや、ふざけている場合ではない。

「わかったわかった。じゃあひとまず考えさせてくれ」

 と言って俺は、ミカとサワをひとまず座らせることに成功した。

 さて、どう切り抜けたものか……。

 俺は目をまるでチョコボールかのように見開き、キョロキョロとあたりを見回しながら頭の中をぐるぐると回転させる。

 なにか策はないか。逃げ道は。

 判断を保留するにたる言い訳はないか。

 ……大体だ。そもそもなんだって二人のうち一方に決めなくっちゃいけないんだ。それも今すぐにだなんて。

 いや、もしこれがビジネスの場だっていうのなら、わかる。

 たしかに一つの仕事を二つの業者には委託は出来ない。

 でも、恋愛はそんなものじゃないだろう?

 人間の思いってのは、そんなビジネスライクに割り切れるようなもんじゃない。

 いや、恋愛に限らず最近は、何事もすぐに白黒つけたがるきらいがあるように見受けられる。

 でも俺は、なんでもすぐ決めればいいってもんじゃないと思う。

 ――だいたい、のばしたほうがいいものだってあるに決まっている。

 例えば、そう。年越しそばなんて言うのはその典型例だ。のばせばのばす分、寿命がのびるんだから、縁起がいい。

 それから、キサントパンスズメガの口。ランの仲間と一緒に進化していく過程でその口はめちゃくちゃ長くなっていったことが知られているが、あれだってあんだけのびたからこそ、他の蛾を寄せ付けなくなったのである。

 それから、子供の長所だってのばすべきだ。最近は頭から子どもの才能を決めてかかって、その本来の潜在能力を潰してしまうような親が多いと聞く。嘆かわしいことだ。

 それにだ。そもそも政治の世界に目を向けてみよ。消費税増税。ネットの論壇を見る限り、ほぼ大部分が延ばしたほうがいいって言っているじゃないか。こんなふうにのばしたほうがいいものだって、実はいくらでもあるのだ。

 そもそも現代思想家として名高いジャック・ラカンは人間には欲望達成を先送りにする性質があると喝破しており、加えてこれが実は人間が動くエンジンになるのだ、なんて説いているわけだ。(たしか)

 何でもかんでも先のばしにするのは悪いというわけではない。むしろ逆だ。俺は何も間違っていない。「のばす」ことでしか解決できないことだって世の中にはある。俺はそれを知っている。

「……どう? どうするか決まった?」

 ミカはそう感情を抑えたような口調で、俺にそう問いかける。――が、俺はふとその中に緊張の声色が隠されているのに気がついた。

「あぁ……決めたよ」

「腹はくくったようね」

 そういうサワも心なしかいつもの自信家が薄れているように見える。

 二人とも心の底では恐れているのだろう。俺が決定することに。

 が、そんな心情を読み取ったところで、いずれにせよ状況は変わらない。俺を取り囲む二人は、俺からの答えを聞くまでは頑としてそこを動くつもりもなさそうだ。

 逃げ場はなし。ならば。

 俺が状況を打破するための好手は――この一手のみ。

 俺は息を大きく吸って――それから吐いて。こう言った。

「俺は――」


***


 ピピピッピピピッ!

 やべえやべえ! ラーメン伸びすぎちゃう!

 私はラーメンばちに急いで走り寄った。

 ふぅ、ふぅ。よしよし。

 やっぱ、カップラーメンはシーフード味だよねー。

 そう言って私は少しばかりスープをすする。ノーマルなカップラーメンをベースに魚介類から香る磯臭さが添加された香ばしいにおいが鼻孔をくすぐり、通常塩分濃度0.9%程度に保たれているのであろう口の中に、過剰とも言えるほどの塩分がスープと共にドカンと注ぎ込まれる。

 うーん、おいしい!

 おいしいが……。

 あたしはカップ麺を片手に、目の前の原稿へ目をやった。

 この先がどうにも全然思い浮かばない。

 状況を打破する一手。彼は一体何をするつもりなんだろう。

 彼――主人公がミカとサワのどちらかを選ぶという展開、それはナシだ。これでは物語の軸がぶれてしまうことになる。このクソ野郎には最後までの権化としてこの物語上に君臨してもらわないといけない。

 でも、無理くりじゃなく、なるたけうまくまとめないといけないからな……。


 ……ヴヴ。


 そのとき、ラインに連絡があった。

『みなさま。本日作品提出締切です。まだ終わっていないみなさまは、レッドブルでもお注射して死ぬ気で取り掛かってください。くれぐれも締切に遅れないように』

 ……さらっと物騒なことが書いてある。

 うちのサークルは非常に締め切りに厳しい。これは別に伝統というわけではなくて、主に会長のせいである。彼女は「締切を破った作品には価値ナシ!」と豪語してやまない。まったく、創作者の中じゃ締切に間に合わせる人間のほうが珍しいはずなのに。これがノイジー・マイノリティというやつか。あるいは周りがあんまりルーズなのでカウンター的に厳しくなっていったのかもしれない。

 ま、しかし。言ってみればそれも会長だけのはなし。実務を担当する人間をうまく籠絡してしまえばこちらのものだが――。

 ともかく、今は締切を伸ばしてもらうことになる前に作品をまとめないといけないな。


 私はカップラーメンをぐるぐるとかき混ぜながら、ズズッとすすった。

 出来上がったインスタントラーメンは程よく伸びていて、うまい。このだるんだるんさこそインスタントラーメンならではの味、醍醐味といったところであろう。

 いくら忙しいからって、お湯をかけて三分のところを一分ぐらいで食べ始め、三分立った頃には全部食べきっているような人間をあたしは理解することはできない。味覚は人それぞれとしても、もう少し落ち着いたらどうなんだろう。

 ……あるいは主人公くんも、もしかするとこのさが心地よいのかもしれないな。

 恋のだるんだるん。

 うん。だんだん彼の気持ちもわかってきたような気がする。

 今ならきっと百年の恋も冷めるような、人間の芯まで伸び切ったようなクソみたいなセリフが書けそうである。

 ま、そんなセリフを聞いたとしてもミカとサワは彼を見限らないんだろうけど。


 さーてと、続きを書くか。

 あたしはそう決心すると、そこに沈んで伸び切ったラーメンをちゅるんと飲み込んで作業机に戻った。

 それから――いや、これ以上は伸ばすとおはなし自体がだるんだるんに伸びてしまいそうなので、ここらへんで割愛させていただく。

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だるんだるんにのびるおはなし 米占ゆう @rurihokori

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