紐 解くと さようなら

切り株ねむこ

第1話

ピンポーン。

インターホンの音がする。

ピンポーン。

2度目の音でベッドの中の響太は

布団から手だけを出してスマホを探す。

ピンポーン。

インターホンの呼び出しに出る気は毛頭ない。そうしている内に呼び主も諦めて帰って行った様だ。


何とか手探りでスマホを探し当てると

布団の中にもぐったまま時間を確認する。


14時27分。


「あー、もうこんな時間かよ」


ぬくぬくした布団から寝惚け眼で出て、

「寒っ」と言いながら

Tシャツとパンツ1枚の姿で

とりあえず洗面所へ向かう。


途中のキッチンには

目玉焼きとサラダとトーストをラップしてあるものが置いてあり、

「昨日はごめんね」という

メモも添えてあった。


それを横目でちらりと見るだけで

響太はトイレで用を足し、

洗面所で顔を洗い、

歯を磨き、

使った歯ブラシはゴミ箱へ捨てた。


ジーパンを履き、

Tシャツの上にトレーナーを着て

上着を羽織ると

リュックに数少ない自分の荷物を詰めて

寝癖のまま響太は部屋を出た。

鍵をドア付きの郵便受けに入れて。


そして、スマホからその部屋の主を削除した。


さてこれからどうしたものかな。


そう思うのも束の間、

スマホが鳴った。


着信の相手は幼なじみであり、

バンド仲間とも言える洸介だった。


「あー響太、今どこ?今日のライブは絶対に遅刻すんなよ?」

「もうすぐ駅。今から電車乗るから」

そう言うなり響太は電話を切り、

洸介の待つライブハウスへと向かった。


響太と洸介は幼稚園の頃からの幼なじみであり、今は「R」というバンドを一緒に組んでいるメンバーの1人だった。


洸介は昔から人当たりが良く、

顔立ちもハッキリしていて、

どこにいても目立ち、

何をやっても器用にこなし、

女子にもモテた。

いつでも彼女はいたし、

彼女じゃなくても夜を過ごす女の子が何人もいた。


響太は人間関係に困った事こそないものの、

人見知りで、出来たら目立たず大人しく過ごしたい。ただ洸介と一緒にいると

全然目立たずにいるのは無理な話で

洸介の明るさが響太を寡黙に見せるので、

そこが女子ウケの種となった。


響太がライブハウスに着く頃には、

洸介は既にマイクの点検やら

他のメンバーと音合わせをしていた。


「響太、1分遅刻だぞー」


ベースの拓也に、

ドラムの海人も既に来ていて、


「あー、ごめんごめん。」

と響太はヘラヘラと言った。


すると、海人はいつもは手ぶらのはずの響太がリュックを背負っているのを目ざとく見つけ、


「あー、また宿無しになったのね」


「えーー!!」

すかさず洸介が響太の元へ来て

「またかよ」

と驚いたというより呆れていた。


「まぁまぁ、そんなんはどうでもいいから、リハ始めましょ!」


拓也も海人もニヤニヤして、

洸介は「あーらら」と呆れてながらも

音を出し始めた。


キャラクターでは絶対にヴォーカルは

洸介が合っているというのに、

ヴォーカル&ギターが響太で

ギターが洸介だった。


バンドを組む時に

初の友情の危機というくらい揉めた結果で

このポジションとなったのだ。


響太達のバンドは、

まだメジャーデビューはしていないものの

ライブハウスは毎度満員になるほど

人気があった。


かと言って、

まだデビューも決まっていない。

だから、メンバーはみんなバイトをして生活をしていた。


響太以外は。


そんな今日のライブも大盛況に終わり、

反省会という名目の飲み会を

メンバーでしていた。


大体、その場に洸介の彼女やら

彼女ではなくとも親しい女の子がいて

その友達の女の子まで来ている。


最初の頃は他のメンバーは嫌がったり、

はたまた女子のいる場に喜んだりしていたが、今はそれが通常となり

誰も何も気にしなくなっていた。


「で?」


打ち上げの乾杯をした瞬間に

洸介が響太に言った。


「何ちゃんだっけ?何でまたその子の部屋から出てきちゃったわけ?」


ライブ前には時間が無く、

今になってやっとちゃんと話せたので

洸介は遠慮なくどんどん聞いてくる。


「なになになに。体の相性?それともまたいつもの?」


洸介の彼女ではないけれど、

確実に体の関係のある女子がべったりと

洸介にひっつきながら


「やだ洸ちゃん、やらしいなぁ!

で、いつものって?」


あーこんなところで説明なんかしたくない。

響太はそう思ったけれど、

この場から逃げられるとも思えないので


「そうそう、いつものやつ」


洸介の彼女ではない女が

「だーかーら、いつものやつってなーに?」

とうるさい。


すると洸介が

「響太はさ、いっつも気に入られてぞっこんになられてヒモ生活になんの。だけどさ、女の子って時々ヒステリー起こすじゃん?」


「えー、養ってもらってるのに、

ヒステリーくらいで別れちゃうの?」


「だーかーら、響太だって別にヒモ生活がしたい訳じゃなくってさ。なーんか女の子の気持ちに応えすぎちゃうっていうの?

女の子って言うじゃん「2番目でいいから〜」とか「私の事好きじゃなくてもいいから一緒にいて〜」とか」


すると、洸介の彼女ではない女が黙った。


「でもさ、そんなのって嘘じゃん。一緒にいると1番になりたいし、好きじゃなくてもいいとか無理でしょ。そうなるとお金がどうだこうだってヒステリー起こすわけ。女の子もそこしか言えないんだろうね」


「じゃあさ、じゃあ!最初から好きでもないのに一緒にいなきゃいいじゃん!お金だって受け取らなきゃいいじゃん!」


洸介の彼女ではない女は泣きそうになりながら、怒っていた。


確かにその通り。

金銭の授受があった訳ではなかったけれど、

居候には変わりなく養ってもらっていたのも

事実だった。


でも、僕にはある時から決めている事がひとつだけある。

ヒステリーの1度目では出ていかない。


決まって、女の子達はヒステリーを起こした後は後悔して、DV男の様に優しくなる。

女の子自身がこの状況を願って

僕に居てもらっていると思っているから。

しかも、ヒステリーの原因は決まって

不安からくるものだって分かっている。

だから、悪いのは全て僕。


でも、2度目のヒステリーの時は

僕が彼女の不安を取り除くことは不可能だと分かる様になり、僕はその時が来たら、

さよならをすることに決めたのだ。


今回も全くもって同じく、そんな感じだった。


洸介の彼女ではない女は、

多分洸介の事が好きで、

でも1番にはなれないのはわかっているから

2番目でいいと言っているのだろう。


その場が一気に静かになった。


「ま、別れもあるでしょ!俺たちまだ23なんだし。バンドもこれからなんだし!ってことで今日はお開き!!」


洸介はそう言って、

強引にこの場を解散にした。


今日は洸介のとこに泊めてもらおうと思っていたけれど、あの女の様子じゃ無理だろう。


拓也と海人には同棲中の恋人がいるから

無理だし。


仕方ない。

今日は実家に帰るか。


そう思って、

みんなと別れて終電も終わった線路沿いを

歩き始めると、

1人の女の子に声を掛けられた。


「ねぇ、帰るとこないなら家泊まってく?」


この子は誰だっけ。


えーと、あぁあの洸介の彼女でもない女が連れてきた友達か。


「あー、歩いて1時間くらいしたら実家に帰れるから」


「1時間!?ウチなら15分で着くよ」


「…」


今日女の子の家を出てきたばっかで

また女の子の家って何だかなぁ。

そう思って黙っていると、


「大丈夫、私襲ったりしないから」


僕は思わず吹き出した。


「それ、男のオレのセリフ」


「あぁ、そっか」


そんなやり取りでお互い初対面という

緊張が解れて、

結局彼女の家に行かせてもらうことになった。


ただ、彼女の部屋は15分で着くどころか、

1時間以上もかかった。


僕の実家より遠くて

部屋に着いたのは、

午前2時を回っていた。


その上、僕は彼女に襲われた。







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