第10話
又、春が来た。桜には待ちに待った春である。
依子が春まで生き延びてくれた事を喜んだ。
また、依子と桜を見に行くのだ。屋敷の前の枝垂れ桜でもいい。依子と桜を見るのだ。それが桜の希望だった。
桜の蕾の膨らむ夜。桜は依子に話し掛けた。
「ねえ、依子。早く元気になって?もうすぐ花見が出来るわ。去年は本当に楽しかったわね。智子さんが屋台でりんご飴を沢山食べて。薫さんが呆れてたわね。お揃いのワンピース今年も着れるかしら?」
「...。」
依子は何も答えない。眠っているのだろうか?
堪えきれない何かが溢れ出し桜は泣きながら言った。
「行かないで。依子!私、貴女がいないとどう生きていばいいの?わからないわ!独りにしないで、私も一緒に連れて行って...。」
その声は、殆ど嗚咽に近かった。
「連れて行って。」
その言葉に反応して依子は弱々しい声で応えた。
「何を言っているの桜。私を連れていくのは貴女でしょ?」
桜は何も答えない。
依子は知っていた。桜が来た日。自分が死ぬ事を、そしてその短さを...。
依子は人が嫌いだった。大嫌いだった。
しかし、桜が来た日、何かが変わった。
「桜のおかげで、お父様もお母様も、お友達もユキも。みんな私に笑いかけてくれたわ。目も合わせてくれなかったのに...。」
息を吸う音が部屋にこだまする。
「桜は、花だけが友達だった私に、私が知る術もなかった沢山のことを与えにきてくれたのね。私、幸せだった。幸せだった。ホントよ?」
また、息を吸う音。
「ありがとう。桜...。」
そういい終わると少し笑ってみせて依子はゆっくりと目を閉じた。
桜の目から涙が伝った。
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