第23話
午後八時を少し過ぎた頃、奈緒と弘樹の自宅最寄駅の近くにあるコンビニエンスストアの駐車場に、一台の車が入った。
運転しているのは二十代後半に見える男性、助手席には十代半ばくらいの少年が座っている。
駐車スペースに停車しエンジン音が消えてからも、二人が車を降りる様子はない。
運転席の男性が少年に視線を向ける中で、彼は窓の外やや後方を視界に収めると、頷きながらゆっくりと口を開いた。
「間違いない。昨日、鬼が現れたのはこの辺りだ」
その言葉に、男性の顔が複雑に歪む。
内心もその表情同様、複雑に渦巻いていた。
「つまり、彼女で間違いないということか?」
「まだ断言は出来ない。でも、その可能性は極めて高いと言うしかないだろうな」
そうは言うが、少年のその顔は確信していると言っても過言ではない。
男性は大きく息を吐き出すと、大きく頭を振る。
そして一旦気持ちを落ち着けるようにドアに手を掛けると、少年に車を降りるよう促した。
「取り敢えず、降りて適当に飲み物でも買おう。このまま何も買わずに中で話し続けているのは不自然に思われるかもしれないからな」
「そうだな…」
車を降り店内に入ると、迷う素振りも見せず先程の言葉通り適当に商品を選び、さっさと会計を済ませ足早に車に戻る。
既に目的を果たしていることもあり、特に言葉を交わすこともなく直ぐさま車を発進させた。
そのままお互いに黙り込み、会話のないまま自宅方向へと車を走らせる。
暫くその状態が続いたが、観念したように青年が深く息を吐き出すと、静かに話を切り出した。
「確か、今まで鍵となった能力者の共通点は、栗色の髪、抜けるように白い肌、思わず眼を奪われるほどの美貌、そしてこの辺りで生まれ育ったことの四つ、だったよな?」
「ああ、正確には現在の福岡県内で、だ。共通点とは言っても、鍵となった能力者はこれまで二人しかいないけどな。だから必ずしもそうだとは言えないが、彼女はそれらを全て満たしている。彼女が俺の想像通り能力者ならば、鍵である可能性も高いだろうな」
「そうか…」
「それに能力にも共通していることがある。攻撃手段の一つとして刀を使い、防御や治癒も使いこなす。昨日、この近辺に現れた鬼を討伐した能力者は、その条件に合致する。しかも現時点で合致するのはその一人だけだ」
何故そんなことがわかるのかと、それを疑問に思うことはない。
どれだけ離れた場所にいようと、その状況を詳細に把握することがこの少年には可能であると知っているからだ。
だからこそ、青年は悲痛な面持ちで強く唇を噛み締めた。
少年の想像通りであれば、これから彼女に何が待ち受けているのかを推測出来てしまうからだ。
「お前は、彼女だと確信しているんだな?」
「ああ、間違いないと思う。それに、関係ないかもしれないが、彼女は前回の鍵であった能力者と雰囲気がよく似ているんだ」
「そうか…。まさか、自分の知っている相手がそうだとはな…」
「だが、知っている相手だからこそフォローもしやすい。ネット社会だからこその面倒事も含めて」
「それは俺達協力者の仕事だ。万全を期すよう全力で事に当たる」
「任せる。ただその前に、彼女で間違いないとは思うが、確実にそうだと確認しておく必要はあるだろう。俺の力が目覚めていれば、それも簡単なことなんだけどな…」
自嘲気味に笑うその姿を痛ましく思う。
その事実がどれだけ少年を焦らせ苦しませているかを知っているだけに、安易に下手な慰めの言葉を掛けるつもりはなかった。
「今までとは違う影響が出るだろうとは思っていたけど、まさか未だに力が目覚めないとはな。俺の力が目覚めないことには話にならないというのに…」
「……」
敢えて言葉は掛けずに黙って車を走らせる。
それが今は最善だと、ここ数日の経験からそう理解していた。
次第に気持ちが落ち着いたのか、少年が軽く息を吐くと同時に眼を伏せる。
そして顔を上げたときには、既にその表情も切り替わっていた。
「しかし、今回は不確定要素が多いと考えておいた方がいいだろうな。鬼の出現の仕方も既に今までとは違う。三度目の出現辺りから二、三体同時に出現していたのに、今のところ四度の出現全て一体ずつ。逆にこの段階で同時に複数の場所で出現することはなかったのに、昨日は福岡と北海道で同時に出現した」
「今までは、複数の場所で出現したのは二、三ヶ月後だったんだよな?」
「ああ。それに、もしかしたら、精神体の出現期間が異なる可能性も考慮した方がいいかもな。それだけじゃない。一体ずつかと思えば、突然大量に出現する可能性もある。正直漠然としかしてないが、向こう側の気配がやけに不安定な気がする」
そこで一旦口を噤むと、そのまま思考を巡らせる。
青年はそれを邪魔することなく、彼が再び口を開くのを見守った。
「現在力が発現した能力者は三人。それぞれ住んでいる場所は発現した順に島根、そして福岡と北海道。通例なら後五日ほどで、今回の能力者全員が力を発現させる筈だ。何人になるかまでは流石にわからないが」
「能力者側に影響が及ぶ可能性は?」
「多分、ないとは思う。影響が大きいのは鬼側の方だろう。俺の力が未だに目覚めていないのは、前回、あいつを切り離すことに成功したことが原因である可能性が高いんじゃないかな」
「…そうかもしれないな」
直接見た訳ではないが、その時の状況を詳細に説明されていることもあり、少年の言葉に容易に頷けてしまう。
前回彼が受けたダメージを考えれば、それは大いに有り得ることだった。
「まずは彼女が能力者であることを確認する。取り敢えず、彼女の自宅がどこか把握しておいた方がいいだろうな。それで確認作業が少しは楽になる筈だ。それが出来次第、直ぐに様々な点でフォロー出来るよう体制を整えておいてくれ」
「わかった」
「ただ、彼女が能力者だとして、本当に鍵であるか判明するのは当分先だろうな。重要なのは、もう一つの攻撃手段だ」
そのもう一つの攻撃手段を扱えるようになるまで、暫し時間を要することは青年も知っている。
後はその手段を必要としない限り、使う機会もなければ、その力を欲することもない。
寧ろそれこそが、確認に一定期間を要する最大の理由でもあった。
「それから、あの厄介者にも気を付けてくれ。間違いなく面倒な事態を引き起こすだろうからな」
「あいつか…。確かに何かしでかしそうではあるな」
「それも、明確な敵となる可能性が極めて高い。寧ろ確実にそうなる気がする。そうなったら遠慮も容赦もしないが。後は、そうだな……」
それきり沈痛な面持ちで言葉を途切らせる。
だが、少年がその後に何と続けようとしたのかがわかってしまうことから、彼がその先を促すことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます