episode 6

 貧困街からだいぶ遠くまで来た。

 森の最深部を目指して、獣道を歩く。


「そういえばさ。ダン、盗みやったんだって?」


 何気なしに、チッキが尋ねてきた。

 同時に、小馬鹿にしたような視線をよこす。

 初心者をいびる目だ。


 俺はそれに少しイラついた。

 どこから聞いたのだろう。

 チッキに話したら、馬鹿にされるのが分かってたから言わないでおいたのに。

 なんせ、チッキは盗みの常習犯だ。

 おおかた、ジンとランのどちらかか。

 二人とも、妙にチッキに懐いているからなあ。

 がさつで、粗暴なコイツのどこにそんな魅力があるというのだろう。


「……やったよ」

「どこで?」

「……ファジル人のストリート」

「……ぶはっ!!」


 チッキは吹き出した。

 うわぁムカつく。

 人ってこんなムカつく顔できるのか。


「なんだよ。別にどこでやったって一緒だろ」

「いーや、違うね。やるんだったら呪髪人のとこだ。

 よく魔導師に捕まらなかったね」

「捕まったよ」


 俺がそう言うと、チッキは目をぱちくりとさせた。


「う、うそだぁ〜」


 チッキは信じられない、という顔をする。

 そうか。

 盗みをはたらいたら、魔導師が出てくるってのは常識なんだな。

 あの時まで、魔導師というものに漠然としたイメージしか持ってなかった。

 てっきり魔法を自由自在に使える凄い人たちのことだと。

 実際は神器とやらに頼っているわけだが。


 何はともあれ、ひとつ学ぶことができた。

 魔導師ってのは、そういう存在なんだ。


「ね! どうやってまいたの?」

「うーん……」


 俺は面倒なので、正直に話すことを迷った。

 チッキに魔法を見せたことはない。

 魔法を使って逃げた、っていってもまず信じてもらえないだろう。

 俺だって、他人にそんなこといわれたら信じない。

 せいぜい、なんだコイツ頭の中お花畑かよ、と思われるのがオチだ。


「南方より伝わりし伝説の奥義、『すいすいアブダダババ』……を使ったんだ」


 俺はチッキをからかった。

 もちろん『すいすいアブダダババ』なんて奥義、実在しない。

 しかし、チッキの脳みそなら信じると踏んだ。

 だって、いまだにスプーンとフォークの違いが分かってないんだぜ。


「すいすいアブっ……? えっ? なんて?」

「すいすいアブダダババ」

「すいすいアブダバビャッ!!」


 チッキは舌を噛んだ。


「言えるかアホ!!」


 そして怒鳴り散らす。

 ぐるる、と犬のようにうなり、睨みつけてきた。


「はははは。面白いな、チッキは」

「え? そう?」


 チッキは少し嬉しそうだ。

 感情の切り替え早すぎるだろ。

 扱いやすくて好都合だが。


 俺たちはこんな他愛もない会話をしながら、歩き続ける。


「……あっ!」


 チッキは驚きの声をあげた。

 視線の先には、綺麗な赤色をした果実。

 ハシラの実だ。

 食べ頃ですと言わんばかりに、熟しているな。

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