9-1

「やっほー☆」

 声の主は、金髪にポニーテール、薄化粧をしていて赤色の瞳がワンポイントとなっている。端的に言ってギャルだ。しかも、読者モデルをしていると言われても疑いの余地がないほど容姿がいい。

 だが、二人はそんな相手だからこそより一層警戒する。

 顔から足元へ段々と目線を移動させるが、敵意を見せる気配はない。

(いやいや、流石に相手がどんなやり手であっても接触の直前には気づくだろ⁈)

 つつかれた本人――みなみは、警戒心のメーターを最大値から変動させない。

 二人の異様な反応に対し、ギャルっぽい少女は、

「なんかー、超変な感じ! 今時の男子はそんなカンジなん?」

 結局、敵意は無いとみて、二人は目を合わせ一先ず警戒を緩める。

 それでも、少女へ向けたある程度の警戒は怠らないまま、陽が尋ねる。

「……俺たちに何の用だ?」

 反応を伺う二人。一層緊張感だけが増す。

「それが女子を目の前にした反応? なんかー、テンション下がっちゃうんだけどー」

 一人能天気な少女が言う。

(そんな事言われても、俺らからすると未知の強敵かもしれないんだぞ⁈)

 少女の反応に、二人はより慎重になる。

 そんな二人の気も知らずに、

「まあいっかー。取り敢えず自己紹介ね。ウチ百合川ゆりかわ林檎りんご。好きに呼んでイイヨー」

 突然の自己紹介に対し、二人は困惑するも、槌納いぬいが、

「俺の名前はいぬい――」

「いいよいいよ、そっちの事は分ってて来たんだし。てか、ウチら同じクラスだよ?」

 槌納の自己紹介を百合川が遮った。

(同じクラスだと? 今度の決闘に備えての情報収集でもしているのか?)

 遮られた槌納は、より一層迷宮へと陥り、少女への警戒を強める。だが、正面の問題から解決すべく、

「俺らの事を知ってるんなら、一体何の用だ?」

 槌納が陽の質問を繰り返す。

「んー、まあそうだよねー。アンタらには時間ないんだろうし、さっさと本題入った方いいよね。アンタらに質問があるんだけど――」

 そう少女は勝手に納得し、あっさりと本題に入る。そんな少女に二人は目を見張る。

「――アンタら、諜報員的なの探してない?」

「――ッ。お前何処でそれを⁈」

 想定外の問いに、陽は思わず百合川に迫る。彼女との距離が一瞬のうちに詰まり、顔をつき合わせるほど近づく。

 百合川自身、その様な反応をされるとは思っていなかった為か、一瞬動きが止まり、顔が耳までを赤く染める。

「ちょっ! 彼女でもない女子に対してそれは近すぎるっしょ!」

「……すまん」

 慌てて、距離をとる陽。何故か百合川は未だぽーっとしている。

「……あ……いや、ゴメン。ウチもいいすぎた……」

「いや、悪かったのは俺の方だ。謝罪する。質問内容に少し驚いてしまった。なぜ俺らが仲間を探していることを知っているんだ?」

 落ち着きを取り戻したのか、百合川の顔色は元に戻っている。

「企業秘密だけど……まいっか! ウチが得意な魔術なんだけど、説明するのめんどいからちょっとやってみるね」

 そう言うと百合川は呪文のようなものをボソッと口にする。すると――


「姿が消えた⁈」


 驚きのあまり、二人は同時に口にする。直ぐに落ち着きを取り戻した槌納が、

「いや、いるぞ! ちゃんと、さっきと同じ位置にいる!」

「うそだろ……いや、どうやら本当だ……。一体どうなってるんだ?」

「……もしかするとだけど……光学迷彩と言うよりは、気配がゼロになってるんじゃ……」

 槌納が口にすると、百合川の姿が集中しなくとも簡単に見えるようになる。

「ご名答ー。アンタ凄いね! こんな短時間で気づかれるとは思わなかったよー。てか、ネタばらしして驚かせたかったのに、ざーんねーん」

 あからさま落胆の表情を見せるが、二人は驚きを隠せない。

「勘で言ったのが当たっただけだよ。と言うか、正直あり得ないと思って口にしただけなんだけどな……」

「でもでもー、初めて見せた相手にこうも簡単に予測されるのは、流石にガッカリするでしょー」

 しゅん、とする百合川に陽が声をかける。

「いや、こればかりはこいつが凄いんだと思うぞ。俺なんて、そんな予測すらできなかった。しかも、予測がたまたま当たっただけだ。だから貴女もかなり凄いよ」

 陽に言われるとぱーっと表情を明るくして、

「だよね!やっぱウチって凄いんだよね!よかったー」

 安堵する百合川。

 陽はふと考える。

(彼女はなぜ今、自分の得意な魔術を俺らに見せたんだ? 仲間になると言っていたし、信頼を得る為か? いや、違うな……。何か……何かのヒントか? 姿の見えなくなる魔術……、彼女の知る俺らの会話……)

 はっ、と気づく陽。自分の予想が当たっていたらと焦りを見せる。

「百合川さん、貴女はもしかして昨晩俺たちの部屋に侵入していたとかか?」

「もしかしてって言うか、それ以外ないでしょ?」

 逆に質問で返されてしまう。陽が焦る理由はそこにはない。槌納はその部分の記憶が飛んで覚えていないのだが、あの醜態を他人に見せてしまったと思うと、槌納の評判に関わってしまう。なんとかして、口止めをしなければいけないと策を練る陽。

「俺らの会話を盗み聞きしてたわけかよー。てか、声もかけず部屋に入るなんて、不法侵入じゃんか。まあ、今回は許してやるけどもうやんないでくれよ」

 陽の焦りなど気づきようもない槌納が、あっさりと相手の罪を許す。

(おい、この馬鹿! この女はお前の将来を握っているかもしれないんだぞ! あっさり許してどうするんだ!)

 槌納の心配をして、一人でより一層焦る陽。

「ほんとごめーん。でも、ほんの数分しかいなかったから! 許して! この通り! アンタらが、仲間を探してるってとこまで聞いて、直ぐ出てったんだよ? 男子の恥ずかしいとこなんて見てないから!」

 両手を合わせて可愛らしく謝る百合川。

 その発言を聞いて陽はほっと一息をつく。

(よかったー。流石にあんな恥ずかしい所をギャルに見られたら、ネットワークで拡散されてこいつの学院生活は終わるとこだったよ。ほんとよかった……)

 なぜだか一人で安堵する陽を見て、不審に思う槌納だが無視して疑問を口にする。

「アンタは俺らの仲間になってくれるってことか?」

 クラスをめちゃくちゃにしようと言っている転入生の仲間になるなんて、信じられることではない。誰しもが持つ当然の疑問だ。

「簡単に言ってそゆことー。それに、ウチの能力があれば偵察に持ってこいでしょ? しかも、もう知ってるかもしれないけど、ウチって結構学校じゃ有名なんだよね」

「え? そうなの?」

「逆に知らないわけ⁈ 遅れてるわー」

 反応に苦しむ二人。どうやら百合川によると、学内SNSソーシャル・ネットワーキング・サービスで、かなりの人気があるらしい。彼女のかわいらしさ故に男子からの人気があるのはもちろんの事、SNSに投稿したファッションやスイーツ、アクセサリー等が女子からも注目を集めており、男女問わずファンが多いようだ。実際学内ネットで彼女についての検索をかけると、多数ヒットする。彼女の言っていることは本当の事のようだ。

転入したてで、学院の細かいトレンド等には触れていなかった二人には当然知りようもないのだが……。

しかし、二人が感じる不信感は拭えない。初対面の女子、しかもかなりの人気者から仲間になろうかと提案されたのだ。普通に捉えれば一種のハニートラップとしか思えない。

「口では仲間になると言っているようだが、それは本当なのか? 俺たちからすれば、罠にしか見えない……。悪いが、証拠と言うか俺たちが信じられる根拠となるものが欲しい」

陽が不信感を直接伝える。百合川は、ほんの少しだけ表情を暗くしたようにも見える。

陽の疑問に対し百合川が口にしたのは、

「……ウチら、会ったことあるよね? 『しゅうくん』」

時が止まる。

いや、実際は二人の思考が空白になっただけではあるが。

陽は一度深く息を吸い、

「……『しゅうくん』か……確かに俺のフルネームは陽世鷲みなみせいしゅうだ。そう呼ばれた時期もあった気がするが、残念ながら貴女の記憶はない」

「でも、ウチは見た瞬間に分かったよ? 覚えてるもん……。具体的には小学四年生の頃。しゅうくんは直ぐ居なくなっちゃったけど、本当に居たんだよ?」

百合川に距離を詰められる。香水ではないふんわりとした女子の香りや、百合川の潤んだ瞳による上目遣いに、ドキッ、とする陽だが、理性で何とか持ちこたえる。

「確かに俺はその当時コロコロ転校を繰り返していた。しかし、それは調べれば分かることだ……。貴女の気配からは罠だとしか思えない」

百合川に嘘を言っている様子はない。陽の中でも八割は信頼していいと感じている。だが、陽は残りの二割が嘘であると思っているため、信用できない。彼はそれほど用心深いというか、不器用な人間なのだ。

そんな陽が、疑惑を払拭する為に出した決断は。

「それでも、貴女を信じたい気持ちがあるのは本当だ。だからこそ、俺たちが貴女を完全に信用するためのヒントをくれないか? ある程度の関係があれば何かしらあるはずだと思う。例えば……俺がその当時何に没頭していたとか……」

質問に黙って考え込む百合川。

陽は気持ちを吐き出し何とか一息をつくことが出来た。

緊張が緩む――

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