5
その晩、『Ω』の校舎の一室――
学生に与えられた研究室は、私生活・研究・講義のスペースと複数の空間がある。
その一角の卓袱台で二人が向かい合い、今後の方針を話し合っていた。
「ふう……まあ、何とかレールに乗ったんじゃないか?」
朝方の戦場とのやり取り、昼間の『Ω』での駆け引きが鮮明に思い出される。表情が柔らかかったものの、底が見えない戦場。鎌をかけた時に感じた、掴み切れない感触。そして、『Ω』とのやり取りで受けた懐疑を含む視線、如何に自分達の有利なルートを的確に選び取るかといった綱渡り的状況。これら全てが心地良い
俺は頭を振り、緊張感が緩んだことで押し寄せてきた吐き気を振り払う。
「久々にスパイスの効いた口論じゃなかったか?」
卓袱台に乗った和菓子を食しながら、ずずずっ、と呑気にお茶を飲み干した槌納が答える。
「――なんというか、後が無い戦いというのは腹に来るものだな。お前のメンタルの強さには驚かされるよ」
「まあ、
「取り敢えず、大方予定通り行けて良かったな。これで、今後の方向性が決まった」
俺がニヤリとしながら言うと、槌納も俺の顔を見ながら同じ表情をして、
「そうだな……まず、俺らはここの事を完全には理解できていない。少なくとも最初の一週間は、情報収集や現状把握、そして講義への出席が必要じゃないか?」
「全くだな。それに、どうやら俺らは運がいい。明日は戦場さんの講義がある。彼の主な研究内容は、【
俺は自分たちの幸運に満足し、卓袱台に置いてあったホワイトボードに予定を書き込む。更に、具体的な検査結果が記された紙を見ながら、
「俺らの評価を見たところ、どっちもが全ての属性魔術を利用可能とのことだ……。だけど、お互い〈雷〉の属性に最も親和性があるみたいだ。――誰かは分らないけど、受けている加護にでも由来でもしているのか?」
「何も分からない俺らが考えても無駄だろう。それよりも、〈雷〉か……講義を聞くなら誰がいいんだろうな……」
槌納が口にした疑問を踏まえ、考えを巡らせた俺は、
「それも含めてさ、今最も必要なのは、情報収集に長けていて、かつ物知りな信頼できる仲間じゃないか?」
「確かにそのようだ……俺らは決定的に情報量が足りない。お先先真っ暗だよ」
俺は今後の事を考えて、はぁ、と溜息をつき眉間を押さえる。
「――こればかりはどうしようもないな。とりあえず、今日中にやれることは終わったし寝るとするか……」
「そうだな、今はこれ以上は考えようがないし寝……」
ガタン、と突如槌納が飛び起きる。
「うぉ! びっくりするじゃないか! 一体なんなんだ⁈」
「一日色々ありすぎてすっかり忘れてたああああああ!」
槌納の焦り様に、つられて焦り始めてしまう。
「取り敢えず落ち着くんだ、ミスター? 何があったのか説明してくれよー!」
「こうしちゃいられん! さっさと作業に移らないと!」
急に室内をウロウロし始める槌納。
突拍子もない行動をに、思考が追い付かない。
すると、何かの前で立ち止まった槌納は、
「うぉおおっしゃー! 見つけたー!」
「なんだなんだ⁈」
声を張り上げる槌納に駆け寄る。そこには、大人一人がすっぽり入れそうな長方形の機械が設置されている。
それを見たことない俺は当然、
「なんだこの怪しげな機械は?」
「お前これを知らないのか⁈ 頼むぜぇ相棒!」
よく分からないが、槌納に愕然とされる。理解に苦しみ一層不愉快だ。
「これはな……なんと……!」
「……なんと?」
異常にタメをつくる槌納を固唾を飲んで見守る。彼がこの様な反応をすることは滅多にない。
そして、遂にその機械の正体が明かされる……!
「【
空白が思考を支配した。
一体このバカは何を言っているのか? この大事な睡眠時間を削ってまで発見したものの正体がこんなものだと? いやいや、そんなわけはない。長年付き合ってきたが、こんなにおかしい彼を見たことはない。疲れや重圧で自分がおかしくなっているだけだ……
なんて、自分に言い聞かせ、もう一度、
「なんだ、その機械は?」
「【
どうやら、自分は正常で異常なのはこのバカだ。心が晴れやかになる。そして、自然と表情は笑顔になった。
「槌納君やい? 君は一体何に使うんだね?」
「なんだ? 気持ちわりぃ……。無駄に笑顔だし。てかこれの使い道は一つしかないだろ?
何を言っているかさっぱりわからない。確かに自分達の対戦相手として、二週間後に戦う上で、その情報を収集するならば理解できる。だが、バカは現像すると言った。わからない、わからなすぎて疲れてきた。現像か……。ん? 現像? なんか、ひっかかる。現像、現像、げんぞう、げんぞう……、げんぞ――
はっ
閃き行動に移すまでに掛かった時間は、僅か一秒にも満たない。
「――失せろ! このクソ童貞っっっっっっ!」
槌納に熊でも堪えるようなボディブローが炸裂し、槌納の身体が浮き上がったところに、首筋に気絶しないものはいないであろう鋭い手刀が振り落とされる。
驚異的な身体能力を持つ槌納だが、同程度の力を持ち、しかもプリンターに気を取られていては、反応に至るまでもなく、直撃した。
きゅぅうううううう
情けない声を漏らし、崩れ落ちる槌納。
それを見下す。
「無駄な時間を使いやがって……。てめぇのみてぇなバカ童貞には、床がお似合いだ」
けっ、と舌打ちをし、スタスタとベッドに向かう。
同室なのに、訳の分からないパンツの写真なんて飾られたら、たまったもんじゃない。自分まで変態扱いされるよりはましだ。
そして俺は平和な夜を迎えた。
どうやら、一日の重圧から一瞬にして解放された。
「今日は安らかに眠れそうだ」
呟くと、俺は脳裏に浮かんだ疑問を知らぬ間に漏らしていた。
「それにしても、こいつはいつの間にだめになったんだろうか……」
少しばかり考えたが、当然、結論には辿り着くことは無かった。
「ま、考えても無駄だし寝るかー」
脳内には、拭い切れない疑問が浮かんだが、思考の隅に追いやり、寝ることを決めた。
かくして、波乱の初日が幕を閉じた。
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