深夜の真剣物書き120分一本勝負

空付 碧

藍色の影と賛美歌

僕の足の下は藍色でできている。時折青空、さざ波、地球に見える青になるけれど、本当は深海に近づく藍色だ。影の色がそうなったのは、僕が修道院に引き取られる頃からだった。

誰も僕を影踏みには誘わない。僕も、影が生まれるところには近づかない。中廊下の石柱が、アーチ状の影を幾多も作る隅っこで蹲っている。


賛美歌を歌う時の帽子がお気に入りだった。やはり、僕の影とおなじ青色だ。僕は隅っこで口を開く。声はテノールで教会によく響いた。

チカチカと影に光の点が煌めく。星たちだと、僕は直感していた。歌に合わせて、星も光る。


昼下がり、手入れされた芝生の上を、子供たちの笑い声が響く中で、こっそり階段を登った。螺旋式の石組みは空気をひんやりとさせて、僕の影はいっそう藍色に染まる。最上階に、時を鳴らす鐘があり、その階に十字架があることを僕は知っていた。

神父様も内緒にしている、立派な銀色の十字架だ。貧しい時代にどうにかして作り上げたのだろう。磨きあげられた銀は、鐘の隙間にある光で輝いていた。その前に、棺がある。ステンドグラスでできた、大人1人入れる棺だ。ここに、僕達の神様が眠っている。銀の縁取りで、形が疎らなガラスを見事に組み立て、透き通った箱の中身が空っぽなのを僕は知っている。これが、僕の救いだった。僕が唯一藍色の影から逃れられる、光の塊だった。


僕は跪く。僕がここへ足を運ぶ度に、思い出として影に光が差し込んでくる。ここへ足を運ぶのは決して良くない。ただ、僕はここで救われるのだ。賛美歌を歌ってみた。棺の中で反響してキラキラとグラスは光っている。僕をつなぎとめる唯一の光だ。人付き合いの難しさで揺れる心も、藍色とステンドグラスは受け止めてくれる。何度も賛美歌を歌う。僕にできる精一杯のことだ。鐘が鳴るまえにひっそりと階段を降りて、棺を思い出す。裾を握りしめて、僕は次の時間を淡々と待つのだ。

僕は歌う。ステンドグラスの棺のために。僕を支える唯一の神のために。空っぽの、神様のために。

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