珈琲を飲みながら
和奏もなか
第1話「人殺し」
「ねえ、人殺しってどうしたらなれるの?」
はあ?という顔を露骨にしていたのだろう。沙知は、私変なこと言った?と、きょとんとしている。
「人の命を奪ったら、その時点で人殺しになれるんじゃない?もっとも、もし沙知が捕まって、私がインタビュー受けても、あの子は本当にいい子で……とか、言わないかね。」
えぇー?と、沙知は笑いながらこちらを見ている。眉が八の字に下がっていて、ともすれば苦笑にもみえる。はじめてあった時も、この笑い方だったから、これが素の笑顔だろう。接客用の笑顔は、まだ見たことがない。
「っていうか、急にどうしたの?おしゃれな
カフェで、する話?殺人願望でもでてき
た?」なんなら殺されてあげようか、と言うと、沙知は笑って
「ちがう、ちがう。」と、否定した。
「ほら、誤報で殺人犯にされちゃった人いたでしょ?あの人、自殺しちゃったんだって。」
沙知は珈琲を一口すすった。芳ばしい香りがする。匂いは好きだけど、美味しいとは思えないんだよなぁ。沙知はこういう所が大人びていると、私は感じる。
「あぁ、それ今朝のニュースで見た。酷いよね。はじめは、あの人のことすごい叩いてたのに、誤報って分かってから、今度はテレビ局が叩かれてる。清々しい位の手のひら返しで、みてて気味悪かった。」
「ネットでも叩かれてた。」私がそう言うと
見たの?と、沙知はこちらを見やった。シフォンケーキを食べていたので、少し上目遣いになっている。
「美味しい?ケーキ。」
「うん、ふわふわしてる。」じゃあ今度はそっちも頼もうかな。考えて、自分のアールグレイティーを飲む。少し酸味が強いな。香りはいいのに。
「で、苺は見たの?SNS。」
「ううん。ニュースで、取り上げられてた。」
「そっか。電話とかも酷かっただろうね。犯行時刻とされてた時間の少し後に、レストランに行きました!ってTwitterにつぶやいてたらしくて、かなり炎上したって。」
沙知は、顔を顰めてケーキを頬張る。
かわいいケーキにオシャレなカフェ。そこで殺人犯の話をする女子高生二人。なんてミスマッチだ。
「で、沙知はどうして殺人犯の定義?なんて気になったの?」
瞬間、沙知の口が、ピタリと咀嚼するのをやめた。だがすぐに、もぐもぐと口を動かし、珈琲で、ケーキを飲み下した。いつもなら、味わって食べろと私に注意するくらいなのに。
「苺はさ、人殺したいって思ったことある?」
「え、うん、それくらいはあるよ。」
「そっか、じゃあさ、殺したことは、ある?」
「無いよ、そうしてたら今、沙知と話せてないよ。」なんか、おかしい。沙知は、こんなに質問攻めするような話し方はしなかった気がする。
「そっかぁ。」沙知は目を伏せて、手に取った珈琲カップを見つめる。睫毛が影を落としている。変なのに、変わらなく可愛くて綺麗だ。
「……なんかあったの?」
「んー、ちょっと、ね。」こうしてはぐらかすのは、これ以上踏み込んで欲しくない時の態度。ということは、何も聞かれたくないんだろう。私も、黙ってティーカップを見つめる。少しの沈黙が、私たちの間におりた。
「あ、もう電車の時間だ。」
「え、嘘!ほんとだ!」
「じゃあ、また遊ぼうね。」
「うん、苺、元気でね。」
元気で、何だか今生の別れみたいだ。
「ねえ、沙知。なんかあったら、愚痴くらい聞くからね?」
沙知は、少し目を丸くして、ふっと笑った。儚さを感じる、淡い笑みだった。
「うん、ありがと。ほら、電車来ちゃうよ。」
「あっ、じゃあ、またね!」
「うん、気をつけてね。バイバイ。」
電車に乗り込んで、窓から、沙知を見る。さっきと同じく、笑っている。笑っている、けど、何か違う。それがわからないまま、電車は出発した。
夜、お風呂からあがって、ふと、あの沙知の笑顔を思い出した。そして、気づく。
「眉毛、困ってなかった……。」
八の字の眉で、困ったような笑顔の沙知が、あの時は、周りのように、皆のように、笑っていた。心がざわついた。その夜は、沙知の笑顔が脳裏を離れなくて、眠れなくて、翌日見事に寝坊して、学校につき、家に帰り、そこで初めて、沙知の死を知った。
沙知が、病に侵されていたことを知った。
珈琲を飲みながら 和奏もなか @wakanamonaka
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