第5話 織田信長、また来た武将ゲーマー前編

 “鬼武蔵”こと森長可がTRPGに誘えるとわかり、セッション砦に誘えるゲーマー武将が増えた。で、さっそく信長からのセッションのお誘いメールが回ってきた。

 集まったのは、信長、コウ太、秀吉、鬼武蔵、ミツアキさんこと本願寺顕如……の予定であったが、ミツアキさんに急用が入り、代理の人員が送られてくるという。

 

「誰なんです、その代理の人って」

「それが、わしらと同じ戦国の世を生きたものらしいぞ」

「ええっ!? まだいたんだ……」

 驚きである。

 この前、鬼武蔵と同卓したばかりだというのに、また新たな武将ゲーマーがやってくるという。

 一体、この世界に何が起ころうとしているのか。


 そろそろ頃合いの時間となると、セッション砦に武将ゲーマーたちが集結する。

 鬼武蔵は、予定時間の一〇分前に集合した。

 飲み物、紙コップの類、そして摘めるお菓子と信長への献上用のシュークリームをちゃんと揃えている。

「うおっす、殿! 手土産をお持ちしました」

「おお、気が利くのう、勝蔵は」

 体育会系とかDQNというのは、上下関係や礼儀にうるさい。

 力関係のピラミッドが重要なせいだろうか?

 この辺からも、信長か可愛がった理由もうかがい知れる。

「おら、TRPG頭にも土産だ! 客に配る準備をしとけ。喉もいたわれよ」

「あ、ありがとうございます……」

 鬼武蔵が押し付けるように差し出したコンビ二袋を、コウ太は受け取った。

 中に入っているのは、ハッカ系ののど飴だ。漢方エキス入りでよく効く。

 お菓子も、ひとつひとつが包装されているスナック菓子である。これだと、手に油がつかずキャラクターシートやダイス、筆記用具が汚れずにすむ。

 特に、今日は信長のRLでトーキョーN◎VAの姉妹作『トーキョーナイトメア』をプレイする予定で、上級付属のタロットカードやトランプが保護されるのはよい。

 鬼武蔵は、こう見えて津田宗及つだ そうきゅうの茶会に招かれるくらいには教養人であったのだ。


 そして時間きっかり。まず秀吉がやってくる。

 それからちょうど五分遅れで信長宛に到着のメールが届く。

 同時に、来客のインターフォンが鳴った。

 五分遅れでやってくるというのも、ちょうどやってきてホスト側をバタバタさせないために気を使った礼儀である。

「失礼します、ミツアキさんの紹介で遊びに来ました」

「おお、待っておったぞ」

 信長が招き入れたのは、ミツアキさんよりずっと年上に見える男性だ。

 頭部もスキンヘッドでテカっている。

 坊主つながりで、劇団B.O.Z.に所属しているということだろうか。

 なんでも、劇団B.O.Z.所属の劇団員で、TRPGを遊ぶようになったとか。

「あっ、どうも。数寄屋コウ太です」

「どうも、私はこういうものです」

 丁寧に、名刺を渡してくれる。

 ゲーマーの中には、ゲーム中に配るセッション名刺を作成している強者もいる。

 彼もまた、そのひとりのようだ。

 しかし、この名前はどう読んだらいいものか?

「あ、あの、失礼ですけど、これなんてお読みすれば……」

「ああ、板部岡江雪斎いたべおか こうせつさいと読みまする」

「あっ、ここで区切るんだ」

 漢字を見たとき、コウ太はどこまでが苗字でどこからが名なのかわからなかった。

 他にも、田中融成、板部岡融成、岡野融成などの名前がある。

 この時代の武将というのは、改名やら通称やら幼名やら何やらで、複数の名前を持っているのだ。

「おお、覚えておるぞ。おぬし、北条の使者であったろう!」

「北条滅亡後は、豊臣家にも仕えたんですよ。一時は殺そうとも思ったんですが、御伽衆にしました。ああ、君ならTRPGも得意そうだな」

 いきなり物騒なことをいう秀吉である。

 秀吉に攻められて北条が滅亡したとき、この江雪斎も捕らえられた。

 しかし、堂々とした態度であったがゆえに秀吉はこれを赦し、御伽衆に取り立てている。

「信長公も殿下も、戦国の世以来です。顕如法主けんにょほっすと同じく、拙僧もこの者に精神憑依して同調しております」

 板部岡江雪斎は、後北条氏の評定衆にして右筆ゆうひつ、外交僧である。

 北条の使者として信長とも面会したこともあれば、家康にも秀吉にも使者として面会している。

 甲斐武田にも、信玄の死を確かめる役目を負って送られたが、弟信廉のぶやすが影武者となったのを見抜けなかったという話が残っている。

 秀吉は、北条の使者としてやってきた江雪斎の才を気に入り、みずから茶を点てて振る舞ったことがある。

 秀吉没後には、息子の伝手で徳川に仕え、関ヶ原では小早川秀秋こばやかわ ひであきの説得に当たってもいる。

 

 ちなみに、刀剣方面にも逸話があり、左文字源慶さもんじ げんけいの作刀を家康に家康に献上している。

 この刀こそ、江雪斎の名を取った銘刀、江雪左文字こうせつさもんじである。

戦国の三傑に仕え、いろいろうまく立ち回ったというバイプレイヤーなのだ。

しかも、坊主に厳しい信長と相性よかった点も見逃せない。

 

「江雪斎よ、おぬしもTRPGを遊ぶようであるが、トランプを使う『トーキョーナイトメア』は遊べそうか?」

「今日初めて遊びますが、信長公のRLならばと心配しておりません」

「こやつ、面映いことを言いおるわ」

「私が縛り首にしようとしたときも、『縄も神の前では注連縄となります』とか、うまいことを言ったので赦したんですよ」

「筑前殿よぉ、坊主なんざ迷わず殺りゃあよかったんだよ。俺が死んだときには喜びやがったくせに」

 鬼武蔵が「殺る」というのはシャレにならないので心臓に悪い。

 実際、鬼武蔵が死んだ際には、秀吉も庶民も喜んだ。


 今の浮世は結構づくし 森の武蔵に池田が無くば 諸国諸大名は長袴


 などという戯れ歌が流行ったくらいである。


「まあまあ、お互い戦国のことは忘れてセッションを楽しもうではありませんか」

 そんなわけで、北条家と三傑に仕えた異彩の外交僧を交えてのセッションとなる。

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