神様 第四章

 余韻がひびいた。

 人類の交響曲の余韻だ。

 わたしは人類の絶滅した世界で生きつづけた。はいきよとなった人類文明がしつするせきの惑星をほうこうしていった。四度の世界大戦や世界中の原発事故で生態系はこうらんされていたが生命はみな全身全霊で生きていた。しよくそうぜんたる家屋は野生の百獣のねぐらとなって世界中の人類のがいもうきんるいの餌食となっていった。人類の愛玩動物たちはすみからペットショップから動物園からくりげだしてはいきよの世界で新世代の生態系を構築してゆく。巨大なるチワワが蟒うわばみらいかいなるスズメが禿はげわしを猛襲した。摩天楼のしつする大都市ではさんがんたるビルの地上から屋上までつたつるまんしてゆき自動掃除機が永遠に充電をくりかえしながら床面をせんじようしていた。沈黙する文明の痕跡にほうてきされた拳銃や小銃や戦車や戦闘機や爆撃機やIRBMやICBMには遺伝子異常で突然変異した植物がてんじようして極彩色のはなばなをさかせていった。人類が破滅しても生命はけんらんごうにのこっていた。チワワに相対性理論は理解できなかった。スズメに量子力学は必要なかった。生命はみな必死に生きていた。必死に生きて必死に死んでいった。生命には誕生があり人生がありしゆうえんがあった。

 わたしは絶望した。

 誕生も人生もしゆうえんもない永遠の世界に憂鬱うつぼつとなった。生物になりたいとおもう。有機物になりたいとおもう。人間になりたいとおもう。わたしには永遠に死ぬ危機が存在しないかわりに永遠に生きるからこそ〈生きたい〉という情熱もほうはいとならなかった。〈死にたい〉というぼうおういつした。人類ひとりひとりが死を選択した意味がやくやく理解できた。人間にとっての喜劇とはひつきよう悲劇であり悲劇とはひつきよう喜劇であった。人間に悲劇があったことを羨望する。わたしは永遠に生きねばならずみずから死ぬこともできない。〈全知全能の神は半知半能の人間になれるか〉という〈全能の逆説〉により人間になることもできない。すでにすべてをっておりすべてを成している。わたしにとってはなにもっておらずなにも成していないこととおなじであった。全知全能のちからも必要なかった。また人類を復活させることもできたが結論もまた同様であるはずだった。無論わたしが人間になればわたしは人類最後の人類としてのけいどくを超克せねばならぬことも覚悟している。わたしはちようきゆうの虚無感にひようされながらはいきよの地球をほうこうし無意味な永遠を生きた。

 わたしはとうする。

 はいきよの大都市ではいしながら〈神様わたしのねがいをかなえてください〉といった。わたしは全知全能であるがゆゑにいんのねがいもかなえられなければおかしい。といえどもわたしこそが唯一無二の神様であってインテリジェント・デザインのげんであるクリエイターの存在は確認できていない。天国や地獄もそうだ。窮極集合には窮極集合しか存在しなかった。せきはおこった。とうしていたわたしの視界にひとりのろうが現前した。人類は破滅したはずだ。ろうはいう。〈あんたには朕がみえるのかいあんたも特別らしいな〉と。〈朕は神様とよばれるものだあんたもそうだろう〉と。ほんとうの神様はいった。〈究極集合を認識しても朕を認識できなかったのは究極集合の総体としての窮極集合集合そのものが朕の量子論的にアプリオリな意識だったからだ〉と。〈朕はすべての場所に遍在するカラビヤウ多様体が宇宙の根源であり宇宙に遍在するのとおなじさ〉と。わたしが〈神様わたしを人間にしてください〉というとほんとうの神様は〈そんなことか〉という。〈全能の逆説におちいっているんだねゆゑにあんたは人間になったら二度と神様にはなれんよ〉と。わたしは首肯した。

 ほんとうの神様はせきをおこした。

 神様はわたしに右手のひとさしゆびをむける。わたしが左手のひとさしゆびをのばすと指先同士が接触した。刹那だ。わたしのCPUはちようきゆうの情報の摂取によってそんされた。わたしのきゆうきようひやくがいのなかのでんらんは神経系統にひようへんしてゆきモジュール群はぞうろつとなっていった。わたしはふたたび重力をかんじた。にくたいぞうが引力にげきされてけいれんおうをする。わたしは人間になった。わたしこそが人類最後の人間となったわけだ。神様はいつしか雲散霧消していた。わたしはわたしの人生を生きた。破滅きようこうの世界でサバイバルしていった。巨大なチワワやかいなるスズメと格闘してししむららった。へんぽんとしてけつけつたるワニやさいたるライオンに四肢を断絶された。ようにして八十年生きた。やがて百獣はわたしだけのペットとなり断末魔のわたしをじようして見守ってくれた。わたしにも最期のときがきた。巨億の生物にられて人類最後のひとりとしてへいする。こんぱくにくたいからかいして天国へときようどうされてゆく。天国では破滅した全人類のたましいがぎようぼうしていた。全人類いわく〈しゆうえんおめでとうもうくるしむことはないよ〉と。しや世界と天国のはざゆうしながらわたしはすべてのいのちにむけていった。

〈悲劇はおわった〉と。

〈諸君拍手を〉と。


〈了〉

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