死刑 第四章

 クリスマスはおわった。

 ゆきゑにもしゆうえんが肉薄していた。

 一二月二六日長岡拘置所に出勤した刑務官たちは憂鬱うつぼつとして支度を遂行し各階級の準備室内への内線電話によって処遇部長にそうされ庁舎会議室にしようしゆした。連行担当者から地下室での遺軆処理者までがしつしているなか処遇部長はそれぞれの担当業務を再確認してゆく。きようこう午前八時ごくに各担当者が担当箇所に配置される。午前九時丁度に主任がさかきばらゆきゑの独居房にまいしんし〈面会だ〉といって死刑囚を連行する。通常の通路とはかいしてゆきへいげいするといつしか背後に連行担当者がついしようしているのででみな死刑執行に勘付く。通路警備も増員されているので怎麼生そもさんしゆんでもいずれ勘付く。こんかいは初期認知症の死刑囚だ。きつ死刑執行場にほうちやくしても現実をさいしやくできないだろう。ようにして担当者たちは各担当箇所にふくしやしていった。刑務官はくだんの同僚とともに鉄扉のむこうの死刑執行場へとしようようかつする。同僚が地下室にってゆくと刑務官は同担当者ふたりとともに三個の死刑執行ぼたんのまえにてきちよくした。三人で一斉におすのでだれの回線が死刑を執行したかはわからない構造だ。

 鉄扉がひらいた。

 さんがんたる鉄扉のむこうからかいわいへいげいしているゆきゑ死刑囚が連行されてくる。あいを直進して階段をとうはんすると死刑執行場となるのだが三個の死刑執行ぼたんいんの階段のふもとにあるのでゆきゑは通路にせんかいしている刑務官に勘付く。いわく〈一郎さんいにきてくれたのね〉と。刑務官は壁面を凝視して沈黙している。るいじやくなるきゆうきようひやくがいを抱擁されて階段をとうはんされてゆきながらゆきゑ死刑囚は絶叫する。〈一郎さん一郎さん〉と。足音がそくめつした。二階の死刑執行場にほうちやくしたのだ。死刑執行場はカーテンでかいしており第一室では仏壇が鎮座し僧侶がてきちよくしている。カーテンを開放した第二室にて死刑が執行される。造次てんぱいもなく僧侶によるはんにやしんぎようどくしようそくぶんされてきた。刑務官たち担当者は執行ぼたんのまえにしようりつする。はんにやしんぎようどくしようしゆうえんすると死刑囚はいんの第二室にきようどうされもとを隠蔽されて手錠とあしかせしつこくを甘受する。ないに首もとにロープがかけられる。漸漸死刑執行という現実が理解できたのか〈一郎さんたすけてわたしころされる〉というほうこうがきこえてくる。刑務官はひとりごちる。〈これで楽になれるよ〉と。

 わたしはせきをおこした。

 死刑執行場二階担当者たちが死刑囚を所定位置にきつりつせしめたころだ。造次てんぱいもなく二階から主任が片腕を掲揚して合図し刑務官たち三人は同時に執行ぼたんをおした。所定箇所の床面が開放されるごうおんめく。墜落した死刑囚の体重でロープがはりつめるりようじんが交響する。脳幹破裂で即死だ。おわった。ゆきゑはいま何どこにいるのだろう。天国で一郎とかいこうしているのだろうか。天国なんてあるわけないか。刑務官がうつゆうとしていると一階と同階にあたる地下室ひつきようゆきゑが死んでいるはずの部屋から顔面そうはくの同僚がとんざんしてきた。同僚は両手をしんとうさせてかいわいへいげいし二階にいる主任をべつけんすると絶叫した。〈主任ゆきゑ死刑囚のロープが切れました〉と。主任はほうこうする。〈いえ体重三〇キロでロープが切れるわけがあるか〉と。さいしんうつぼつたらしめて主任は一階へと降下してきて地下室にちんにゆうしてゆく。開放された地下室のとびらからけんけんごうごうかんかんがくがくの議論がとどろく。刑務官のこえでいわく〈医官が生存確認しています首もとに索条痕があるだけで呼吸器官は正常です〉と。主任のこえでいわく〈こんななことが〉と。

 ゆきゑは生きていた。

 死刑執行場担当者各員がしゆうしようろうばいべんしているなか刑務官はぼうぜんしつしててきちよくしていた。わけがわからない。これは悲劇なのか。喜劇なのか。ゆきゑにとって生滅のいずれがぎようこうなのか。おぼおぼとしている刑務官にくだんの地下室担当の同僚がこえをかけた。〈こりゃあはじまるぞ日本全国で死ななかった死刑囚の議論になる〉と。やくやく意識をめいちようたらしめた刑務官は尋問する。〈こういう場合二回目の死刑はどうなるんだ〉と。同僚はいう。〈刑訴法の一事不再理で無罪になるかもしれない〉と。つづけて〈といえども前例がないんだよ刑訴法にも明言はされてないんだ〉と。刑務官はこうべをたれてひとりごちる。〈老人ホームでもいいってやるもう一回死刑をしろというやつがいたらおれは最後まで議論してやる〉と。やがふんうんたる地下室から刑務官に介抱されてさかきばらゆきゑがまんさんとあるいてきた。ゆきゑは虚無的なそうぼうで刑務官をべつけんする。刑務官はゆきゑを抱擁していった。〈ゆきゑおれだよ一郎だよ〉と。ゆきゑはいう。〈いたかった〉と。刑務官はいう。〈さあうちへかえろう〉と。

 ふたりはあるきだした。

 ふたりの足跡がなみだでぬれていた。

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