狂気 第四章

 太陽が墜落してゆく。

 げつぱくが上昇してくる。

 しやくねつかしわざきに冷気がまんしてくる。宵闇というほどの宵闇ではない。スズキ・ワゴンRはせいひつたる住宅街の片隅に位置する自宅にほうちやくする。はかなげに微笑する両親はきようあいなる後部座席にて支離滅裂なるひとりごとをつぶやいている息子を介抱しながら自宅にきようどうしてゆく。居間で蛍光灯を点滅させるとがらのコップの破片がきらめき白銀のひびがきざまれた大型TVがてんしていた。ろうこんぱいしたらしい息子を座布団をまくらに畳敷きの床面におうさせるとないに玄関でチャイムがめいた。両親は故意に視線をそらしあい父親が玄関にあるいてゆく。いんもうのインターネットで指定した時間帯の丁度中間あたりに荷物はほうちやくした。様様なサイトから注文したが時間帯指定が一致するので郵便局はおしなべて一括して配達したようだ。

 玄関のまえはうすらさむい。

 かいなる荷物をきようじやくするけはいもなく配達員はにこやかにとんざんしてゆく。父親は荷物を順番に居間へとていせいしてゆく。居間では微笑する母親が疲弊した息子の片腕をあいしている。ひもすがら絶叫していた息子はほうたいたる体力を消耗しつくしたために熟睡している。父親いわく〈清貴はそのまんまで大丈夫だな〉と。母親は微笑したまま息子をいたわりつづけている。父親は木製の長方形の卓子のうえで段ボールを開封し荷物を陳列してゆく。インターネットで注文したリボスミンやドリエルといった眠剤とひとしなみに注文した練炭や七輪がならべられる。七輪と練炭を準備した父親はまず眠剤を母親に譲渡する。母親は息子を見詰めたまま眠剤をえんする。しばらくして母親がにおちいるとみずからもしんとうするゆびさきで眠剤をえんして数分間様子をみる。みずからも睡魔におそわれると時宜をみて練炭に着火する。父親はまどろむ意識のなかでふたりの最愛の家族に挨拶する。いわく〈さよなら〉と。〈またかでおう〉と。

 わたしはせきをおこした。

 もうろうとした意識のなかで勘付くと親子三人は居間のくだんの卓子をじようして鎮座していた。ニンテンドー3DSにたんできしている息子とたいして両親はかいわいはるかす。練炭のかいじんと帰した七輪が卓子に設置してあるがめいもうたる煙霧もふんぷんたる悪臭もない。ぼうぜんしつする母親に父親はいう。〈失敗したのかな〉と。母親はいう。〈天国じゃないの清貴も普通だし〉と。発言しながらふたりはきつきようする。父親いわく〈清貴大丈夫なのか〉と。息子は『妖怪ウォッチ』の画面にむかい微笑しながらいう。〈わからない〉と。〈でもありがとうたのしかったよ〉と。〈うまくいえないけどうれしいよ〉と。〈いいこじゃなくてごめんね〉と。母親はそうぼうをうるませながら微笑していう。〈いいこじゃなくていいんだよ〉と。〈狂ってたって関係ないよ〉と。〈清貴がいてしあわせだったよ〉息子はいう。〈ありがとうさよなら〉と。父親は絶叫する。〈間違ってたんだ〉と。〈清貴は狂っちゃいない〉と。〈狂ってるのはおれたちだ〉と。息子はとうもたげて微笑する。〈狂ってるところも狂ってないところもふくめて人間だよ〉と。

 絶叫が木霊する。

 息子の絶叫に勘付いて父親が覚醒すると居間の天井にはめいもうたる煙霧が渦巻いていた。そこはかとなくおう感をもよおすような悪臭もする。こんだくしていた意識がぜんめいちようとしてくる。きつきようした父親は母親をゆさぶりおこして外壁のまどを開放してゆく。ぼうぜんしつしたがんぼうの母親はいう。〈へんなゆめをみたの〉と。父親もいう。〈おれもだ〉と。ふたりはおなじゆめをみたという。また絶叫がめく。玄関前だ。そうこうたる両親は開放されていた居間のから玄関前へとそそばしる。息子はがら戸を開放して玄関前にしようりつ発狂爾らい同様に絶叫している。宵闇に息苦しさで覚醒した息子が居間の引戸と玄関のがら戸をあけて脱出したかげで家族はきゆうじゆつされたらしい。きゆう窿りゆうに太陽が上昇してくる。玄関のまえにてきちよくした息子はあたらしいりよの写真が添付されたくだんの極彩色の〈しやしんファイル〉をひらいてきゆう窿りゆうへと掲揚している。息子はほうこうする。〈これが朕の家族であるぞ〉と。ふくげきじようの熟睡をぼうがいされてねぼけまなこであらわれたかいわいの住民から白眼視されていることに勘付き母親は息子を玄関にきようどうする。母親いわく〈ほらやっとかえってきたよ〉と。

 父親は息子を抱擁していう。

〈生きてみようか〉と。

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