硫酸の樽の中の溶解してる死体(元ネタ:硫酸樽殺人事件より)

ここは、とある皮革製品の加工を手がける会社に隣接している自社工場。

その構内にある試験工房において、その樽に何かもたれかかる様に

倒れていた。この男は一見すると眠っている様に思えるが

遺憾ながら息をしていない。それどころか毒物を飲んだのだろう

顔は青黒く、口元からは白い泡を含んだ唾液が流れ出ている。


そこに早朝に会社でタイムカードを押して、作業着に着替えた

従業員が工場にやって来て、構内を歩き回り当日において

自分の持ち場へと行こうとしていた。すると試験工房のドアが

開けっ放しになってるのが見える。それを不審に思ってる。

普通、ドアは開けたら閉めるのは世間一般では常識のはずだ。

そう思って工房に入ると何やら様子がおかしい。

「香田さん?どうしました?香田さんッ!?」

徐にさすって見た。だが、息遣いは感じられず冷たくなってた。

「・・・し、死んでる。」

この従業員の表情は急に恐慌状態になり

目の瞳から光沢が消えてしまった。

そして、大慌てで会社の事務室に駆け込むなり電話を見つけると

受話器を取り警察にダイヤルボタンを押す。


それから10分ぐらいして警察のパトカーはじめ多くの警察車両がやって来た。

そして工場内の現場検証が開始された。

やがてその試験工房の中に捜査員が足を踏み入れると

樽に持たれる状態の男を調べた。どうやら服毒による死亡と見た。

そしてその傍らに琥珀色の小瓶を見つけて、中身を確かめた。

やはり劇物だ。そしてその男の口からも、この小瓶に入っていた

劇物と同じ反応が試薬検査によって確認された。

捜査員のひとりが一枚の紙を拾って見た。

「警部、ちょっと見てくれますか?」

「何かね?どれどれ?」

警部は手渡された一枚の紙を見て読んだ。

それにはこう書かれている。


「致死量0.11mg、死、死・・・・ああ怖い・・・あと、2分――」


これを見て警部は更にその近くにあった残り7枚の紙を

手に取り読んだ。これはどうやらこの男が

同僚殺害の様子や死体を処分する様子が丁寧に書かれてあった。

それによると、この眠った様に死んだ男が同僚を殺した上で

酸性の液体で満たした樽の中に浸けこんだとなってる様だ。

そこへ来てこの死亡した男はこの会社の技師で、名前は香田光男で

年齢は28歳と判明した。それを見て警部はこの香田が

もたれかかってた大きな樽を開ける様に第一発見者に命じた。

すると案の定その樽の中には酸性の液体に浸かり

身体の大半が溶解状態の進んでいる死体を発見した。

この溶解している死体を身長に樽から引き上げて洗浄した。

そこから骨の遺伝子を調べた所、やはりこの死体は殺害されたと思われる

同僚技師の沢村孝則である事が判明した。捜査を進めた所、

技師の香田(28歳)は、同僚の技師の沢村(35歳)を殺害し、

工場内の研究構内の試験工房にある原皮樽の中に入れて

遺体を溶かしているのだという。


皮革製品を手がけているこの会社は、今でこそ長きに渡る

不況と皮革製品を外国の工場で作る業界の風潮が原因で

国内では3流どころの小会社になってるけど、

かつては日本最大の皮革会社で当時としてはこの工場だけでも

500人以上の従業員を抱えるくらいの大手であった。


それに勤めていた香田は両親と、9歳下の妹の4人家族。

父親は大学の教授をしていた。香田自身は明朗快活の一報で

猜疑心があるのか排他性が強く、親しい友人はいないようで、

また研究者というイメージのわりには

バスケットやラグビーをやって鍛えており、体格の良い男だった。


香田は東大理学部化学科卒業後、この皮革会社に技術研究員として採用された。

同社には7人の技師がいて、いずれもエリートだったが、

香田は特に期待されていたという。

入社1年目にアメリカ、カナダなどに派遣され、遊学した。

帰国後には、会社は彼の為に2階建ての試験工場を新築している。

そして皮革の世界的権威であるカナダの著名な博士を招聘して、

技術指導を受けたが、語学が堪能で遊学中に面識のあった香田が

博士を独占するようになった。当然、上司にあたる他の技師達は

当然これを快くは思わず、香田は孤立しがちだった。


これに対し沢村は東京物理学校卒業し、入社13年という中堅技師。

温和な人柄で、よく香田を誘って飲みに出かけたり、

江戸川区の自宅に誘うということがあったが、

当の香田には自分を嫌う先輩技師たちの急先鋒に見えた。


(以下は警察側の推理と周囲への聞き込みによる)


今より数日ほど前、給料日だったこの日の午後4時頃、

香田は沢村のところに行って、「研究所で飲もう」と誘った。

午後5時15分頃、香田がウイスキーと二級酒、マグロ刺身を

用意して待っていたところ、沢村がやってきて2人で飲み始めた。


警察側の捜査によると、香田がずいぶん酔いもまわって雑談している時、

沢村は香田に対し「お前が博士のデータを独占しているのは横暴だ」、

「お前は若造のくせに生意気で分を弁えてない」などとからんできた。

やがて掴み合いの喧嘩となり、香田は戸棚の中にあったハンマーを取り出して、

沢村の頭は2、3度殴りつけて殺害した。

そしてそれは研究室前の樽の中に放りこんだのである。


香田はその後、出前で届けられた寿司を少し食べ、服についた返り血を洗い、

溶けない沢村の眼鏡と靴を持って、午後6時50分頃に工場を出た。

すでに自殺を決意し、一旦帰宅したが、家族の顔をみるうちに、

自殺して迷惑をかけるより、証拠隠滅して犯行が

バレないようにしようと考えを変えてしまった。


香田はまず硫酸と塩酸の濃液を混合して、遺体を溶かしてしまおうと考えた。

だが、樽も樽材で出来ているため溶けてしまう。

そこで重クロム酸ソーダ液で樽が溶けないぎりぎりまで

硫酸の濃度を下げることを考えた。幸い、研究所にはそうした薬品は

いくらでもあったのである。その溶液で遺体を溶かし、

第2段階として残った骨を塩酸と硫酸の混合液で完全溶解。

そうすると、樽も破損するだろうから、

「実験に失敗した」という理由で焼却処分しようと考えた。


翌午前1時30分頃、香田は「実験中で、どうしても

工場に行かなくてはならないから」と家族に告げ、研究所に向かった。

2時過ぎには会社に着いたが、守衛も香田が仕事で

いつものしている事だと思い怪しまなかった。


研究室で香田は、重クロム酸ソーダと水を樽の中に入れ、

続いて96%の濃硫酸を混ぜたが、白い煙が発生した。

守衛があわてて飛んできたが、香田は「調合の失敗だ」と言って帰した。

その後、朝まで室内の血痕を念入りに洗い落とした。


午前8時半頃、助手が出勤してきて、

樽から噴出す白い煙を見て不思議がったが、

香田は適当にごまかして、縄で樽を縛った。


続いて香田は塩酸が手元になかったため、近くの商店に注文。

そこへ、沢村の助手がやって来て、沢村が家に帰っていないことを

伝えてきたが、「昨晩は一緒に飲んだが、正門前で別れた」と答え

何とか手前を取り繕った。


午後4時頃、塩酸が届くが、香田はなぜか証拠隠滅を断念して、自殺の決意をした。

午後5時20分頃にいつもどおり会社を出て、

家族と家で夕食をした後、所持していた青酸カリを持って歩いて

翌未明、出勤。午前8時の汽笛を合図に自殺を図ろうと思って、

普段はあまり行かない2階事務室を訪れた。その冷蔵庫から

ミネラルウォーターを失敬し青酸カリを飲んだ後、

その同僚の遺体の溶解が進行している樽の傍で寄り添う様に

もたれかかり、やがて疲れて眠る様に息を引き取った。


やがて香田と沢村の両家では通夜と告別式を済ますと

遺族間で何やら対立状態となってしまった。

そして事件の現場となった皮革会社も

それが原因か経営が傾き始め、社長はじめ経営陣は

引責辞任し、後任に社長と懇ろであった知り合いの同業の

社長の弟である専務が担当して社長の兄の支援を得て

会社の回復に努めた。この皮革会社の経営が完全に

良くなったのは今より12年後であった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る