深夜の森の奥の池

時は、おバカこと尾場寛一がまだ本名の皆村良人であった

小学6年生の頃の出来事。以下、彼の呼称はあだ名のおバカとする。

その年は、4月の終わり頃から5月にかけての大型連休が終わったばかりなのに

もう日中はまるでこの世に地獄の世界が出現でもしたかの様な暑さであり

夜を迎えても尚、気温が蒸し暑かった。

おバカも又、夜だというのにまるで7月下旬を思わせる様な

熱帯夜に眠気も何もあったもんじゃなく、こうなればと眠気が訪れるまでの間

夜涼みも兼ねて夜の場所を歩き回ろうと考えた。

色んな道具を背中のリュックサックに積める。

外に出て、すぐ近くの自販機でエナジードリンクやらミネラルウォーターやらを

たくさん買い、その内エナジードリンクを2~3本ほど飲む。

あちこち歩き回る。時間にして午前零時を少し回ったばかりの事。

近くの公衆トイレで小便を済ませた後、古い住宅地を過ぎて

深い森へと足を運んだ。あそこなら今のおバカにとっちゃ勝手知ったる場所だ。


すると、この時間帯のこの場所において本来、

見かける筈の無い若い女性を見つけた。

(ん?この時間帯において、何をやってんだろ?)

ここでおバカは無意識にマークしてやろうと思った。

その若い女性は見た所、背中を覆う綺麗なロングヘアといい

胸元を白のスカーフで留めている

紺色のセーラー服といい背丈や発達した体形といい、

まず来年に卒業を迎えると思われる女子学生と見た。

そのセーラー服を見ておバカがひとつ思い当たる学校がある。

確か、ここより少し離れたお嬢様学校があった。

あそこは、女子校ではあるがおバカが知る限りだと

どうも校則の厳しさで知られているらしい。

今の目の前に居る女の子のスカートでさえ今でこそ

膝上より3センチまでと学校側としては

これでもまだお前らに譲歩してやったと言いたげな長さだ。

髪型にしても昔は三つ編みのお下げしか認めないのを

時代の変化に一応、合わせてやったんだから感謝しろやなんて

上から目線の態度が伝わってくるくらいだ。


それというのもおバカの通っている小学校も

校則の厳しさにおいては結構なレベルだが、おバカは

そんなものに従うつもりなど、ある訳も無く

小学4年生に上がった際に校長が変わり、児童に対する

圧制的な校則を布いたときから、そんなもんに最初から従える訳が無く

その日からおバカは校長とそれに追従する教頭はじめ多くの

者たちに対し、子供らしい悪戯いたずらのレベルから

最終的にはテロ行為レベルに到るまで、常に校長や教頭に対し

数々の嫌がらせををしまくった。校長や教頭は怒りを持って

無理にでも従わせようとするがその度に映画に出て来る

主人公を苦しめる悪のテロリストも顔負けな報復で応酬する。

終いには忍び込んだ校長室のパソコンを操作し

ネットを使って校長とそれに追随する者たちを

借金の連帯保証人にする事で、得た金をマネーロンダリングしながら

それを納税した分を差し引いた金額を所得とし

その多くで金融商品を買ったのだ。

それが原因でいきなり債務者にされた校長はじめ多くの大人たちは

辞任する破目になり、以降は転落の一途を辿った。

それ以来、多くの児童たちからは敵に回すと地獄の主よりも

性質が悪い男とされ畏怖の対象になった。

あの大人たちとの抗争以来、一応の平穏を勝ち取ったおバカは

意外と大人しいかった様だ。要するにそのまんまとせしめた金で

株をはじめ多くの金融商品の売買で生活費と遊興費の捻出に

専心していたのである。そんな中で小学6年生を迎えたのだ。


話を戻すがおバカが見た所、彼女はその美少女な風貌とは

裏腹に心が死んだみたいだ。

その彼女は通っている学校の校則があまりにも

中国政府の政策並みに酷すぎるのか?

通ってる生徒の幾らかが彼女を傷つける言動をやり

それが原因で学校生活が苦痛になったのか?

あるいは家族の誰かが厳しすぎるのか?

はたまた親がネット用語でいう

毒親とされる人物で、彼女の事が目障りで忌々しくて堪らないのか?

いずれにせよ、こんな時間帯に年頃の女の子が

制服姿で深夜の街はずれにある

森の入り口に出てくるなど穏やかでは無さそうだ。


この時間帯にこんな所に居る理由が

学校や親による仕業だとしたら、もしもおバカが彼女の立場だったら

間違いなく反感を買った相手を間違えた事を

向こう側に身体で解らせてやるのだが。

おバカが脳内であれこれ考えていると、その制服姿の女の子は

深夜の森の奥地へと行こうとしている。

彼女が向かおうとしている所は、おバカにとっちゃ絶好の隠れ場所だ。

何故ならあの森の奥にあるのは、元はキャンプ場の管理人の小屋だった

老朽化した木造の小さい建物があり

おバカもちょくちょく利用しているため

あそこにはカギなどかかっておらず誰でも入れる。

もしかしてその小屋で一夜でも明かすのか?

それとも何か違う事にあるのか?

思わずおバカは後をつける。

幸いにも空は晴れてて月も決して満月では無いが

十のうち七くらいの大きさで出ており、月夜の明るさとしては申し分ない。

彼女とはつかず離れずの位置と距離を保ちつつ、やっと深い森を抜けた。

そのひらけた場所は元がゴルフ場も兼ねた

キャンプ場だっただけあってその小屋の傍には広い池もある。

その広い池は水深が浅い所では膝上程度で、一番深い所は

5メートルはあるのは間違いない。月明かりに照らされた

その水面には思わず何かファンタジックに感じられる。

彼女はその池のほとりに立ち、思わずしゃがんでその池の水を手に取る。

そして立ち上がると、中から煌々とする小屋に足を運んだ。

(しまった。そういや、あのロウソクを消して無かったんだ!?)

それというのもあの小屋の中にはロウソクを

宵の口につけたままにしたのだ。そのロウソクの燃焼時間は

確か8時間は燃え続けられる仕様の上に予備も最低5本はある。

おまけにホームセンターで買ったライターオイルの数が沢山ある。

一体彼女はその小屋で何がしたいのか知らんが、

もし焼身自殺だとしたらそれをやるには十分過ぎる量だ。


おバカはまるで縄張りを勝手に荒されて怒った生き物のオスのように

小屋の中へ入ろうとする彼女を追いかける。

その彼女は小屋に入ると、消えかかったロウソクに

傍にあった予備のロウソクを一本手に取り、火を着け足し

既に消えかかろうとしているロウソクの近くに立てる。

そしてクッションの上に座り、その燃え盛るロウソクと

もうすぐ消える方の短くなったロウソクの双方を眺めている。

そのロウソクのオレンジ色の火に照らされた

紺色のセーラー服姿した彼女の顔は、何と形容したらいいのか

解らないくらいの幼さと妖艶さの入り混じった美貌が映える。

見ようによっては、セーラー服姿の少女の日々が過ぎ去ろうという

惜別さとこれから大人の女性になろうかという艶やかさが

交差している様に見える。その真剣な面持ちを見るにつけ

おバカは自分があまりにも幼すぎた事を実感させられる。

小学校5年で手淫を覚え、精力旺盛なおバカは

学業や財テクの達人ぶりのみならず、女作りもマメであり

多くの男子児童にとっては羨ましい限りであったという。


そんなおバカをしても目の前の女は、出来る事なら

自分の思い通りにして見たいという感情が湧いてしまうくらいだ。

(もし、あの女が自殺でも考えているのなら、

例え思い留まらせるのが不可能でも、せめて今生の別れに

オレをして今生での辛さを忘れさせてやれるものを。)

その様に悶々とした思いで小屋の床板越しに眺め続けている。


そんなおバカの思いを他所に、短くなった方のロウソクが

火が大きくなりそこから一瞬、火柱を立てたかと思うと

やがて火が小さくなり消えた。そこ残っているのは僅かに

溶け残ったロウソクのろうと焼け残った真っ黒なしんだけがある。

もう一方のロウソクは燃えている。

すると女の子は、スカートのポケットの中からハサミを取り出した。

「?」

それを見たおバカは一瞬、その意味が判らなかった。

そのハサミを手にすると、もう片方の手で自らの髪をひと房ほど手に持ち

その手に緩く握ったひと房の髪に、開いたハサミを近づける。

(!・・・まさかッ!?)

ハサミを静かに髪に近づけると、ハサミを閉じた。

シャキと金属が擦れる音と共に、切り落とされた彼女の髪のひと房が

木の床にバサッと落ちた。

「ッ!!?」

おバカは思わず声にならぬのを叫びそうになった。

彼女は手を止めず、自らの長い髪をひと房ずつ手に持ったハサミで

切り落とすのを繰り返す。次々とひと房ずつハサミで自らの長い髪を

切って行く。切られる度に板敷きの床に落ちて行く。

そして今度は頭全体にもハサミを使って行く。

それを見せられるおバカは何と言っていいのか判らなかった。

そうしている間にも彼女はハサミで自らの髪を切って行く。

そして長かった髪は板敷きの床の上に乱れる様に落ちた。

綺麗なロングヘアだった彼女の頭は、ベリーショートになった。


そして今度は着ていた自らの制服を脱ぎ始める。

胸元を留めていたスカーフを緩めて外し、紺色のセーラー服を脱ぐ。

そして次にスカートの腰に手をやりジッパーを下げてスカートを脱いだ。

そして下着のブラを外し取り、最後にパンツを脱いだ。

切った髪を脱いだ制服に集め、この小屋の真ん中の灰がある囲炉裏の上に

置いた。その髪の積まれたセーラー服に脱いだスカートと下着を重ねた。

その上からライターオイルを取り出して振りかける。

そして最後に火のついたロウソクを置いた。

すると一気に炎上した。オレンジ色の炎とともに

切られた髪が、セーラー服が、スカーフが、スカートが上下の下着が、

紅蓮の炎を上げて燃え盛る。そして小屋を後にした。


履いてる靴と靴下だけとなった彼女は、池のほとりに来た。

そこから一歩ずつ池に入り始める。

池の真ん中辺りまで一歩、又一歩とゆっくり足を進める。

その裸体は月明かりに照らされている。

一歩ずつ進む間に、彼女の身体は池の水に浸かって行く。

そして顔まで水に浸かり、そして頭も沈んで行く。

彼女は遂に池の中へと沈んだ。それを見届けたのは空の星と月と

そして、おバカだけだった。

これを見たおバカはこの時、どうすべきか考えあぐねた。

そりゃ警察に知らせるのもいいかも知れない。

だが、それだとおバカはここで何をしていたのか問われるし

下手すればおバカ自身が犯人にされてしまう。

結局、おバカは元来た道とは違うコースを採り

キャンプ場の敷地から外に出て、

一度、街の中心近くへ出るコースを経由して自宅に戻った。


それから数日後。

テレビニュースの若手男性アナが旧キャンプ場の池に浮いた

女子高生の遺体が見つかったというのを報せた。

更にこの彼女の死の理由も警察の捜査によると

厳しすぎる学校の校則に加え、母親がネット用語でいう毒親で

彼女の事を何かにつけて不快としか思わないのか

常に辛く当たっていただという。

彼女の通っていた学校はというとその遺書を読むなり

自分らにも責任の一端があると思ったのだろう。

記者会見で、沈痛な面持ちでペコリと頭を下げた。

だが問題なのは、彼女の母親の方だ。

あの女はというと死んだ自分の娘を悪く言うばかりだ。

あれをニュースで見たおバカは殊の他、胸糞悪い思いにかられた。


これを見るにつけおバカはあの夜の彼女と今の自分を重ねずには居られなかった。

(オレは、あのようになって堪るか。身勝手な大人たちの

くだらない面子のためにあんな末路に追いやられてなるものか!)

おバカは珍しく、彼女の無念を汲み取り

今の現実社会において好き勝手し続ける卑怯な大人たちへの

怒りと反感と向上心を新たにした。

それ以来、おバカは以前の様な奇行は段々と影を潜め

人が変わった様に、勤勉さと財テクに、身を入れ続けたのである。



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