30話 乱入者

 ガスタマニア討伐の2日後、クール率いる国営候補団は事態の状況を報告すべく王へ謁見を行なっていた。


 残されたノゼ、ベア、リンの3人は城下町の酒場でクールをただ待っているのであった。


「なあー、ノゼ! リンの必殺技知ってるか?」

 ベアは緊張感を持たずにリラックスしていた。


 へへ、ノゼの奴びっくりするだろうな。まさかリンがあんなにも強いなんて……!

 ノゼが知らないリンを私は知っている!


 ベアの表情は優越感に満ちている。

 しかしそんなベアの期待をノゼは当然のこどく、そして平然と打ち砕く。


「ああ、あの『くり抜き』だろう? それがどうかしたのか?」


「えー、なんで知ってるんだよ!? リン、あの技は秘密じゃないのか?」

 ノゼの予想外の答えにベアは面を食らい、慌ててリンに確認を取るのであった。


「別に秘密じゃないのね。私の一族では有名な技だしねー」


「そうなのかよ!? 私はてっきり究極の必殺技かと思ってたし……」

 ベアはぐったりと椅子にもたれる。


「リンは武器こよの会の創設者であるとともに前リーダーでもある。その実力は周囲からも一目置かれているのだ」


 ノゼの補足を聞きベアは「そっかー」と軽く返事をした後、ある疑問が浮かんでいた。


「え、じゃあなんで武器こよの会は……その……国営候補団からあんな言い方されてるんだ? あんな奴らよりリンの方がよっぽど強いだろう?」


「……」


 ベアの問いかけにリンは黙り、目をそらした。


「それはだな……」

 そんなリンに代わってノゼが返答する。


「武器こよの会の団体規模、そして名声が低いのも原因ではあるが……リンの一族は代々続く鍛冶屋でな。その一族とハンブルブレイブの関係はあまり良くないのだ」


「そ、そっか……ごめん変なこと聞いて」


 ノゼの低いトーンの声を聞き、ベアも何かを察したようである。


 ノゼはリンを気遣い説明を補足する。

「数年前のチョウシ港の事件を知っているか?」


 背もたれにもたれかかり、完全にリラックス体勢に入っていたベアが飛び上がる。


「大海洋生物の群れがチョウシ港を襲った事件だろう!? 知ってるも何も大事件だったじゃないか!? 知らない人なんかいないぞ!」


 ノゼの問いにベアは即座に答えた。体調50メートルを超える海洋生物達が港を襲った前代未聞の事件は、老若男女問わず世界中に知れ渡っていた。


「そのチョウシ港を守ったのがリンの一族だ」


「え!?」


 ベアは驚きを隠せず、口をぽかんと開けている。


「す、すごいじゃん! リンの一族は! 海洋生物はとんでもなく強いって聞くぞ。それを倒したのか? すごいな」


「へへへ、ありがとうなのね」

 ベアの素直な感想を聞き、リンは思わずお礼を言う。


「リンの一族が海洋生物を退けたのは事実なんだが……その戦闘中に一族の攻撃がハンブルブレイブから派遣されたお偉いさんにたまたま直撃してな。それ以降、両者の仲はあまり良くないのだ」


「そうか。戦闘中に味方の攻撃が当たるなんて普通にあることだけどな」

 ベアはノゼの説明にどこか納得のいかない様子であった。


 バタン!


 その時、酒屋のドアが勢いよく開いた。


「ぶははははー! おい! 民ども!席を空けーい!」


 ベアを除くその場にいた全員の空気が固まる。


「お、おい、誰だよあいつ……ん、むぐ」

 ベアの口を慌ててリンが手で塞ぐ。


「ベア、静かにするのね……」


「……」

 リンの冷静な指示にベアは疑問を持ちながらも素直に応じる。


「ぶはは、相変わらず辛気臭せえところだな! ぶはは! おい、店主! この店で一番高い酒を出せ!」


 赤いジャケットに白いズボンを履き、首には蝶ネクタイをした小太りの男が酒屋の店主に命令する。


「は、はい! 今すぐにお出しします!」


「ぶはは、一番高いやつだぞ! この意味が分かるよな!? 平民よ! ぶはは」


 感じの悪いやつだな……


 ベアは心の底からそう思い、次第に自分の目つきが鋭くなったことを自覚していた。


「ベア、その目はダメなのね。今すぐ下を向いてお祈りのポーズをするのね」


「お祈り?」


「いいからするのね……」


 リンが慌ててベアをなだめ、お祈りを要求する。


 ベアが辺りを見回すと客全員がお祈りをしていた。


「……分かったよ」

 ベアはそう言うと渋々要求に応じた。


 ガシャン!


「まずいわ! ボケ! 飲めたもんじゃない! 他にないのか!?」


 小太りの男が酒を勢いよく投げ捨て、店内をぐるぐる回り始める。


「お、20年目の熟成酒があるじゃないか! これを飲ませろ」


 男が取った酒には『リンダ誕生年』と書かれており、綺麗に包装されていた。


「そ、それは勘弁してください! 娘の誕生した年のお酒で! 今度成人したお祝いに一緒に飲む予定でして!」


 店主が懇願するも男は「ふん!」と聞く耳を持たず、がさがさと酒の包装を外した。


「お願いします! そのお酒は娘も楽しみにしております! いますぐ高級な酒を買ってまいりますので、どうかご勘弁を」


「あー、うるさいの! 誰にものを言っておるのだ! 立場をわきまえろ!」


 そう言うと男は酒の栓を『ポンッ』と開け、がぶがぶ飲み始める。


「うむうむ、不味くはないが……ダメだ!」

 男はその酒を床に投げ捨て、戸棚に飾ってある写真をチラッと見てにやにやし始める。


「おい、店主、この店には美味い酒が置いてないのぉ。酒場なのにな……。これは罪だ! ぶはは! 罪は償わねばならないのぉ?」


 男は舌を出して「ぐへへ」と笑い、下半身全体を触り始める。そして興奮した声で店主に語りかける。


「そこでだ! ぶはは、お前の娘を私にくれればこの罪はなかったことにしようではないか! 元はと言えば、その娘の祝い酒が原因であろう? 成人したんだから、責任は自分で取らないとなぁ。ぶはは!」


「そ、そんな! お願いです! どうかお許しください!」


 ゲス野郎が……

 この場にいる全員がそう感じていた。


「ぶはは! すぐさま衛兵達にその娘を探させよう! おい、衛兵!」


 男は外に待機している衛兵を呼びつける。

 その光景を殺気ある目つきで見ていたベアはとうとうお祈りをやめた。


「おい、ノゼ、リン。止めるなよ……あいつは許せない」


「ダメなのね! ベア落ち着くのね! あいつらに逆らってはいけない!」


 リンが必死でベアをなだめるが、ベアは聞く耳を持たない。


 ベアは手首にあるレジスタンスの紋章を袖で隠し、立ち上がるのであった。

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