第4章

29話  お見舞い

「邪魔するぞ……」

 診療所のドアを開けたのはノゼであった。


「あ、あんたは!?  体はもういいのか……?」

 突然の来訪者に驚くイシカワがそこにいた。


 ここは城下町から南に位置する繁華街の大きな診療所である。


 前日、ガスタマニアの討伐を終え、負傷した国営候補団の団員は、国営の診療所で療養しているのであった。


「あんたにはお礼を言わなくてはな……。ノゼだったよな?  我々を救ってくれてありがとう」

 イシカワは深々と頭を下げ、誠意を見せる。


「大したことはない……。組織のリーダーであるお主の心情、分からんでもないしな」

 ノゼは負傷した団員達の様子を確認するように歩き、窓際の椅子に腰掛ける。


「いや、大したことだ……。到底勝てない相手を前に、屈することなく自分の信念を貫く。なかなかできないことだ」


 ギィ……ギィ……


 ノゼは椅子を揺らしながらイシカワの話を黙って聞く。


「だか、今回は運が良かったのだ!  たまたまガスタマニアが自爆してくれたのだからな!  さもなければ、我々は今頃……」


 都合のいい解釈をしてくれた……


 圧倒的な勝利を前に、ノゼは変に目立つことを恐れていた。国営候補団のリーダーであれば王との交流も盛んである。ノゼの超人的な力を王に知られることは、不審がられ要注意人物となってしまう恐れがあった。


 記憶は……このままで大丈夫だろう


 魔力による記憶改ざん。ノゼにとっては容易く、不特定多数の前で戦闘をした場合には必ずその目撃者から、ノゼの情報を抜き取っていた。


「元気そうでなにより……。団員達もすぐに目覚めるであろう。お主達は良くやった。今回の手柄は、国営候補団のものだ」


「そうはいかない!  今回の件、クール隊長はもとより、あんた達が囮にならなければ果たせなかった。しかと王に報告させてもらう」


 囮役か……

 果たして王の評価は上がるのであろうか。ノゼは複雑な思いであった。


 するとイシカワが苦悩するように先の戦闘を思い返す。

「王様の討伐依頼がこんなにも難儀なものとは思いもしなかった。なぜガスタマニアがあんなにも凶暴化しているのだ……。長年この地に住んでいるが、ここ最近の彼らの暴れようは酷いものだ」

 国営候補団に入り15年。大ベテランのイシカワですら昨今のガスタマニア凶暴化の理由は分からなかった。


「そうだな……。もともと大人しい性格の魔物が、突然凶暴化するのはあまり考えられない。突然変異、もしくは自然外の要因……つまり人為的なものが絡んでいる場合が多い」

 ノゼの説明は淡々としており、説得力があった。


「イシカワよ。ガスタマニアの他に凶暴化した魔物はおるか?」


「いや、特に報告は上がってきていないな。魔物のことで苦情がくるのは殆どガスタマニアのことだ。街の外に出られない、物資の輸送が大変だ……などだな。特に彼らは貴金属に反応するらしくてな」


「貴金属……?」


「ああ、お陰で武器などの調達が不便でな。困っているところだったのだ」


「……それでお主達に集まっていたのか」

 ノゼは前日、国営候補団が甲冑、そして剣を装備していたことを思い出す。


 特定の物に反応するとはな……。催眠魔法か?  それもかなり強力な……


 ノゼの表情が曇り始める。


「我々国営候補団の武器は王様が直々にご用意して下さったものでな。良い材料が使われているのだろう……お陰で偉い目にあったがな!  ははは」

 イシカワは眠っている団員に構わず大きな声で笑う。


 リーダーとしての程よい楽観的思考。

 ノゼはイシカワが仲間から信頼されるに値する人物だと感じていた。


「……そうだな。では私はこれにて失礼するとしよう」

 ノゼは椅子にかけていたローブを身につけ、入り口に向かう。


「おお、もう行くのか!?  団員達もじきに目を覚ます。彼らもお礼を言いたいに違いない」


「……会の皆を待たせておってな。すぐに向かわなければならない」

 武器こよの活動。ノゼは盛況すぎる会の日々の活動に追われていた。


「武器をこよなく愛する会か……。そんなにあの会が良いのか?  あんたはそこそこ強い!  故にもったいないぞ。あの会から勇者候補が出るとは思えんからな……」


 そう言うと、イシカワは他の団員が眠っているのをちらりと確認し、ノゼにささやく。


「どうだ?  本当に国営候補団に来ないか?  クール隊長はあんたの仲間なんだろう?  それに私からも王に口利きをする!  あんただけなら何とか入れてもらえる。どうだ、なかなかないチャンスだぞ!?」


 懸命に説得するイシカワ。ノゼはそれを悪くは思わなかった。たがノゼの目的は明確であり、どんなことがあっても揺るがないことを自身でも理解していた。


「有難い話だが……前にも言った通り、私を動かすことができるのは武器のみでな。それも最高峰のだ。今のこの会が私にとって最良なのだ」


 ノゼは入り口のドアを静かに開ける。


「ああ、分かった。とにかくお見舞いに来てくれてありがとう。また気が変わったら教えてくれ」


「……エクスカリバーを振るった後なら……考えてもいい」


 ノゼの言葉は扉が閉まるギィという音に遮られ、イシカワに届くことはなかった。

 男の熱心な頼みに対し、誠意を見せるノゼもまた、信頼に値する人物であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る