26話  討伐作戦

「おはようございます! クール隊長!!」


 ハンブルブレイブの西の草原地帯に『国営候補団』の団員の挨拶が響く。


 この日、クールは国営候補団との顔合わせ、そして団員への指導も兼ねてお尋ね者の狩りを行う予定であった。


「やめたまえ、君たち! 私はただの召使いであってだな……」


 クールは照れ臭そうにしているが、隊長と呼ばれることに対してまんざらでもない様子である。

 王の命令により、国営候補団のリーダーはクールが指名されていた。


「次期勇者は間違いなくクール隊長と国王から伺っております! 今回の『ガスタマニア』の狩りも大変楽しみにしておりました! 隊長の実力を遺憾なく発揮してください!」


 国営候補団は計10名で構成されている少数精鋭であった。

 その団員のリーダー格の男が高らかに話した。



「ん? ガスタマニア? なんだよそれ?」


 ベアが不思議そうに呟く。

 この日、ベアとノゼ、そして『武器こよの会」の団員1名が特別に狩りの付き添いを許されていた。


「なんだ、君、ガスタマニアも知らないのか……。クール隊長の付き添いと聞いたから期待していたんだがな」


 リーダー格の男が残念そうに溜息を吐いた。


「なんだよ! ここの地域の魔物のことなんて知らないよ! つい最近この地に来たんだからな! それにアンタ、名前くらい名乗りなよ!」


 馬鹿にされたベアが頬を膨らませる。


「そうだな……。これは申し遅れた。わたしがこの団員のリーダー、イシカワである」


 イシカワはクールに深々とお辞儀をし、その他の団員もイシカワに続いて自己紹介をした。


「なんだよ……!」


 団員が全員、クールに向かって自己紹介をしているのを見て、ベアはさらに腹が立っている様子であった。


「ガスタマニアとはねー、この地域特有の魔物のことで、大型のネズミのことだよー」

 付き添いの少女がご立腹のベアの疑問に答える。


 この小柄な少女は武器をこよなく愛する会の副リーダーであった。

 赤いベスト、こげ茶のパンツ、そして少しゴツいブーツを履き、綺麗な茶色がかった髪は肩まであり、前髪のサイドは三つ編みでまとめられている。肌は白く、一見すると病弱に見えた。


「おお! ありがとう! 貴方、名前は?」

 ベアは優しくされ、満面の笑みを浮かべている。


「ダビー・リンだよ。ダビーがファミリーネームでリンがファーストネームだよー」


「へー、珍しい名前だね。初めて聞いたかも」


 ベアが不思議そうに手を顎に当てる。


「私の地元では普通なんだけどねー」


「そっか、世界は広いもんな! 私、ベア! よろしくね!」


 同じ波長だったのだろう。気があった二人はすぐに握手を交わす。

 ノゼもベアとリンが仲良く行動できそうで嬉しく思っていた。


 そんなノゼを見てイシカワがぼそっと呟くのであった。


「あんたも物好きだな……。あんな低下層の団体に支援するとは。クール隊長に嫉妬して自分の組織を持ってみたい気持ちも分からんでもないが……。どうだ? あんた、ガタイはいいから、鍛えれば良いセンいくんじゃないか? うちにくるか?」


「残念だが、私が惹かれるのは……武器のみだ。名声には興味がなくてな」


 そう言ってノゼはイシカワから離れ、リンと武器の話をし始める。


「ふん。変な連中どもだ。クール隊長が思いやられるな」


 イシカワは右手で頭を掻きながら、部隊に戻る。


「では全員聞けー! これより国営候補団の隊長はこのイシカワからクールさんに移る! 今後も隊長の命令は絶対である!」


「はい!」


 団員が声を合わせて返事をする。


「ではクール隊長! 本日の作戦と指揮をお願いします」


 クールは照れ臭そうではあるが、ネクタイをキュッとしめる。


「これより草原に徘徊しているガスタマニアを討伐する! チームは2班! 敵を誘い込むチームと討伐するチームだ!」


 クールの声ははきはきとしており、スピーチの練習をしてきたことが伺える。


「はは、見てよノゼ。クールが隊長っぽいこと言ってるよ」


「だが解せん、なぜこんなことに……私が勇者になるはずが……なぜクールが……!」


 クールを側から見ていたベアとノゼは、お互い思い思いのことを発言していた。


「討伐チームは国営候補団! そして誘い込むチームは武器をこよなく愛する会、略して武器こよの皆様でお願いします!」


「武器こよねー、皆んなそう呼んでくれるねー」


 リンは自分の所属団体が可愛いく略され嬉しそうであった。


「武器こよはノゼ様が指揮をお願いします! 我々討伐組は目標であるガスタマニアを確認次第、抹殺します!」


「おー!」


団員達の掛け声を聞き、ベアは「おー、揃っている。揃って」と呟くのであった。


 ノゼとリンは武器の話に夢中になり、ベアを置いてスタスタと歩いていった。


「おい! 待ってよ! 重要な戦力を置いていくなー!」



「まったく、あいつらクール隊長の話を全く聞いていなかったな! 失礼この上ない! これだから闘いの素人は……。一度痛い目にあった方が良いですかな! はっはっな」


 イシカワが大きな声で笑っていた。

 その笑い声はとても良く響き、クールの怒りを心底買っていた。


 貴様、ノゼ様に向かって……この場で抹殺してやろうか


 ピリッ!


 おっと、まずい……


 自らの殺気に気づいたクールはすぐに自分を諌めるのであった。


 クールの殺気は極めて瞬間的であったが、感じることができた人物が2人いた。

 一人は当然のごとくノゼ。


 そして、もう一人は……


「あの隊長―、怖いねー」


 リンが追いついてきたベアに向かって話す。


「あ、クールのこと? よく分かったね! 普段は冷静なんだけどね、怒らすと怖いぞー」


 ベアは「ははは」と冗談交じりに笑った。

 ベアはリンがクールの殺気を感知して発言したことに全く気づいていないようである。


「それでノゼよ、これからの作戦はどうするんだ?」


「作戦など特に必要はない。本来ガスタマニアは大人しい魔物だ。人間達に危害を加えることなどない。それがここのガスタマニアは好戦的な上にサイズも大きい。このままここにいればそのうち奴等から現れるさ」


「ここ最近なんだよねー、ガスタマニアが凶暴化したのはねー」


 リンがノゼの説明に補足する。

「私が小さい頃はねー、一緒にここで駆け回ってたこともあるくらいだよー」


「そうなんだ。大人しい性格だったんだな」


ベアは「ふーん」と頷き二人に尋ねる。


「じゃあ一体なんでここのは凶暴化したんだ?」


「……」


 二人は突然ベアにそっぽを向き、草原を見渡す。


「お、おい、なんだよ! いきなり無視かよ!」


 返事をすることなく、二人は眉をひそめ遠くを見つめる。


「もう、来てるのね……」

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