14話  犯人と目撃者

「何者でしょうか、あの者達……」

 珍しくクールが不安な表情を浮かべる。

「分からんな……。隠れていたとは言え、あの矢をかわすとはな……。かなりの手練れのようだ。それにあの鎧……」


「恐れながら、魔……、ノゼ様の攻撃は、最初の賊を確実に捕らえておりました。他に仲間がいなければ確実に勝利しておりました。もともと弓は単体攻撃に特化しております。複数の敵には対応できかねるかと……」


 ノゼは返事をしなかった。賊が着用していた漆黒の鎧のことが頭に引っかかっているようである。

「クールよ。あの鎧、見覚えはあるか?」


「いえ、あのような形状をした鎧は初めて見ます」


「そうか。恐らくだが、あの者達は……竜族だ」


「!?」

 クールの目が見開く。

「竜族ですか! いやしかし、竜族は滅亡したはずでは!?」


「生き長らえていたのだ。何を企んでるかは知らんがな」


「だとすると厄介、いや最悪です……。竜族は戦闘において比類なき強さを誇ります。滅亡した原因も……、その強さゆえの内乱が大規模化したためです」


「ああ、どちらにせよ人間、魔族にとって脅威となる」


「そうですね……。ひとまず、その娘が休める場所を探しましょう。まだ焼けていない建物があるかもしれません」

 ことの重大さゆえ、冷静沈着なクールも驚きを隠せていなかった。


 半壊した町を見回りながら、竜族と戦闘になった場合に自分が魔王を守りきれるか、自分の実力に不安を感じるクールであった。



「はっ! ここは!」

ベアが目を覚ましたのは屋根が半分程焼失した家の寝室であった。木製の家であるが、奇跡的にも屋根以外は燃えていない。


「全く。いつまで寝るのだね、君は」

 横を見ると椅子に腰掛けているクールが足を組んでベアを見ていた。


「あ、クール。私は一体……。そうだ、敵は!? あいつらは!?」


「魔……、ノゼ様が追っ払ったよ。他にも仲間がいてな。まあ、結果的に逃げられたよ」


「そっか……。あいつら只者じゃなかったよな」


「……」


 沈黙が続く。

「それで、ノゼはどこいったんだ? 奴らを追いかけてるのか?」


「ノゼ様は周囲を警戒している。なんでも複数の気配が、まだこの町にあるとのことだ。お前もいつまでも寝てないで、すぐ出発できるように準備をするんだな」

 クールは階段を降り、一階に向かった。

 ベアの頭には包帯が巻かれており、机にはコップと水が置いてあった。


 クールが私の手当てをしてくれたんだな。

 ベアはベットを飛び出て、一階でエプロンを着用していたクールに、恥ずかしながらも「ありがとう」と感謝の言葉を述べた。


「勘違いしてもらっては困る。私はノゼ様のご命令に従っただけだ」

 クールはプイとそっぽを向き、家の食料庫から食べられそうな物を厳選して取り出していた。

 ベアもさり気なくクールに近づき、選別を手伝う。


「あのさ、ノゼの攻撃って、人を動かせなくするのか?」

 ベアは先の戦いで自分が動けなかったことを気にしていた。


「ああ、そうだ。正確にはノゼ様が認識した全ての生物の時間を限りなく圧縮することができる。ノゼ様以外は時間が圧縮されるため、体は一秒と捉えていても、実際は一分以上経過しているのだ。ノゼ様は通常通り行動できるが、対象者は例えば、一秒の間に一分の行動を取らなければならない。先の戦いで我々は身体の時間のみを圧縮され、意識は通常通りであった。恐らく動けない恐怖を敵に味合わせたかったのだろう。……それが先ほどの攻撃の真意だ」


「……」

 ベアは開いた口がなかった。

 相手の体感時間をコントロールできる。それはつまり不可避、そして必殺の速攻を確実に、敵に喰らわせることができる。戦いにおいて最強とも言える能力であった。


「支配者たる所以か……。納得したよ。はは」

  ベアはノゼの力の片鱗を垣間見て、彼こそ最強と確信する。


「そんなことより……」

 クールが樽をどんと床に置いた。

「この町を抜けるともう人間が住む領域だ。我々の今の服装のままでは不審がられる。この町で着替えておくぞ」


「新しい服か!?  どんなのがいいかな。動きやすくかっこいい服装がいいな……。あ、ヘルド族の服なんかいいんじゃないか?  おしゃれで着心地も良いらしいぞ!」


  ベアが要望をつらつら上げた。

「そんな物着れる訳ないだろう。我々は旅人だぞ。それらしい地味な服装に着替えるんだ」


「えー、せっかくだから、カッコいいのにしようよー」

  ベアがぶつぶつ文句をこぼす。

クールはテーブルの上の風呂敷を広げ、ベアの服を手に取って差し出した。

「これが娘の服だ。防御力は高く、汚れにくい素材だ。定期的に自分で洗うんだぞ」

  綿100%でできた白のシャツ、ブラウンのセーター、黒の七分袖のズボンであった。靴とチョーカーも用意してあり、それぞれ赤をアクセントとした物であった。


「うーん、色のバランスは悪くないけど……。なんか地味だな」

  期待していたイメージと違ったのか、ベアの気分は下降気味である。


「何を言うか!  旅人、そして勇者候補は倹約家でなければならない。自分よりも他人を優先する奉仕の心を持たねばならない。みだりにお洒落をする必要はないのだ」

  クールの熱弁はベアにあまり響いていない様子である。


「それに、この生地には魔力が込められており、ある程度の攻撃は無効化できる。そして綿100%であるため、吸水性に優れ、肌にも優しい。あとはだな……」


「……着替えてくる」

  話を遮り、ベアは二階に上がった。


「お、おい、まだ話は終わってないぞ!  おい、いいか、洗うときは水で手洗いだぞ!  魔力洗濯機なんかに入れるなよ!」


「……」

ベアからの返事はなかった。


  数分後、着替えたベアが二階から降りてきた。その表情は先ほどよりも明るかった。

「クール、この服思ったよりいいじゃん!」

  クールから貰った服に赤色のストール、そしてダイヤから貰ったネックレスが首からかけられている。

  ベアは自作のストールをクールに自慢気に話す。

「いいだろー!  このストールは着てきたローブを切ってつくったんだぜ!」


「驚いたな。お前、裁縫できるのか」

  首元、そして足元のアクセントが全体を引き締めており、見事に調和していた。


「少しお洒落な旅人になったろう?」

  ベアは自慢気に腰に手を当てている。


  ガチャ

すると玄関出口の壊れかかった扉が開いた。


「ノゼ様!  お帰りなさいませ」

  クールが一歩引いて頭を下げる。

  一方で、ベアは少し気まずく感じたのか、目をそらす。

  先の戦いであっけなく気絶してしまった手前、顔を合わすのが恥ずかしいと思っていた。

「あ、あのよ……、さっきはありがと……」

  ベアがお礼を言おうとした時、ノゼの背後に誰かいるのが見えた。


「お、おい。その人は誰だ?」


「ああ、この人はこの町の住人であり、責任者だ。先の襲撃から逃れ、避難していたのだ」


「こ、こんにちは。ベアです。今回のことは、本当に何と言って良いか……」

  ベアが相手の気持ちを推し量る。

  その者は一見すると熊のような獣であったが、二足歩行をしフードを被っていた。

「住人は避難している……だから平気ね」

  その者は堂々と話す。

「私の名前はアルゴ……。よろしくだね」

  アルゴは手を出し、ベアと力強く握手をした。


「彼はナグー族という民族で、この町の代表であり通関を管理している。我々魔族とも、人間とも友好な関係を築いている。私が魔王と知る、数少ない者だ」


「魔王様のありがたいご慈悲のお陰ね……」

  アルゴはノゼに向かって一礼する。


「それで……、アルゴよ。この町で一体何があったのだ?  奴らは何者だ?」


「……」

 

  沈黙の後、アルゴが口を開く。


「それが……分からないのですね。あいつは、2日前に拘束した者です。この町は人間と魔族のための通関所なのにね……、あいつは魔族でも人間でもなかった」


「それって、獣人か魚人とかってことか??  それで捕らえたのか?」

  ベアが不思議そうに尋ねる。


「いや、違うのね。奴はどの種族でもなかったね。それに自分から……独房に入りたいと言った。だから様子を見て、その後、『真価騎士団』に引き渡そうかと思っていたのね」


「真価騎士団か……」

  ベアがぼそっと呟いた。

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