13話 激闘と逃走

「おい、娘! 待て! その先には行くな!」

 興奮状態のベアにクールの声は聞こえなかった。


「よし! 私が一番だー! ……え、なにこれ……」

 ベアは町の中心部である広場に出ていた。巨大な岩盤をくり抜かれて作られたであろう町は見事であり、守りは鉄壁であるはずだった。


「炎!? ま、町が炎に飲み込まれてる!」

 ベアがいる広場は町の高台にあり、そこからは町を見渡すことができた。

 町のほとんどが燃えている。人々は見当たらない。


「ど、どういこと!? あっ、熱い……」

 ドーム型の町であるため、熱がこもり町の中は高温になっていた。


 ベアは振り向き魔王とクールに現状を伝えようとするが、突如、体が硬直し動けなくなった。


「この世の中で……一番許されないのは何だと思う?」

 黒い鎧に身を包んだ者が突然ベアの前に現れた。

 顔、肩、肘、膝には黒い立派なプロテクターがつけられており、発せられるオーラは魔族のそれとよく似ていた。


 う、動けない……

  ベアは必死で抗おうとするが、指一本動かすことができない。


「違う、違う! 君が今やらなきゃいけないことは、考えることだよ。考えて問いに答えること。順番だ。順良くいこうじゃないか」

 ベアは恐怖のあまり目を瞑った。


 間違いなく強者。魔王の幹部達よりも強いかもしれない。

 ベアそう感じていた。

「目を開けて、考えるんだ」

  ベアの目が自然と開く。瞬きすら出来なくなっていく。


「……」

  その者はただじっとベアを見つめている。


「答えはでそうにないね……。正解はね、『偽善』だよ。悪者が正義ぶって悠々自適に生活する。そんなのが許されていいのかな」

  その者のオーラが大きくなる。明らかな殺意がそこにはあった。


「これはまだ序章だよ……。これから僕たちの戦いは始まるんだ。だけど戦いには犠牲が付き物だよね。だから、ごめんね」


 その者の右手に禍々しいオーラが集まる。

 ベアはなんとか目を瞑ろうとするが、指一本動かない。


 そしてその者がベアに向かって攻撃を放つ。


「バイバイ」


 ズギャーーン!

 激しい打撃音が広間に響き渡った。



「ベアよ……、安否を確認する前に一つ答えてくれ。この者は……こいつは敵か?」


「……」

 硬直したベアは必死で目を上下に動かして、魔王に合図をする。


「そうか。貴様……、覚悟はいいな」


 二人のオーラが激しくぶつかり合う。





 本来ならば魔族、そして少数の人間がこの広間で穏やかな時間を過ごしているはずであった。しかし、現在、広間には禍々しいオーラが波打つように暴れている。


 あの者は何者だ……? 魔王様を間近に見て、臆するどころか対抗するとは……。

 クールは得体の知れない生物に遭遇したような気分であった。

 魔王が負けることはあり得ない。しかし一抹の不安を払いきれずにいた。


 ベアは二人の殺意がこもった気迫を前に、何もすることができなかった。

 そしてようやく金縛りが解けたのか、ペタンとその場に尻餅をつくように座った。


 緊迫した空気の中、二人はその音を合図に動く。


  バギィィィン!


  目にも留まらぬ速さで二人はぶつかり合う。魔王は黒い剣を持ち、謎の人物は紅の剣を持っていた。


 二人が剣を激しくぶつけ合う。


ドシューーン! ゴゴゴ!


 二人の剣がぶつかり合う度に衝撃波が発生し、周囲の建物を大きく揺らす。


「お、おいおい! このままじゃ、岩盤が崩れちゃうんじゃないか!」

ベアは丸くなり頭を隠しながら叫んでいる。


「その心配はないぞ、娘よ。ここの岩盤は溶岩と鉱石が混じり合った物だ! ちょっとやそっとじゃ、崩落しない!」

 クールがベアの前に立ち、氷のシールドを張る。


「だけど、こんな激しい衝突……。何が起きるか分からないぞ!」

 クールもベアと同じ考えであった。


 あいつ……、実力こそ魔王様に劣るものの、スピードはかなり早いぞ。厄介な敵だ。


  激しい戦闘の中、クールは敵の分析を迅速に行っていた。敵は尋常ならざるスピードで魔王の攻撃をかわし、その勢いで剣を振るっている。

 魔王の攻撃が早ければ早いほど、敵のカウンターはスピードを増していた。


「ははっ! 遅い遅い! そんなんじゃ僕を捕まえられないよ!」

  戦闘は敵のペースであった。魔王が剣を振るうも、敵は見事にかわし、カウンターを放っている。

 カウンターは魔王をかすめており、徐々にではあるが魔王にダメージを与えているように見えた。


  ベアには、二人が何をしているのか、まるで見えず、絶えず衝撃波が発生していることしか分からなかった。


 クールはというと、全てを見切ることはできていないが、二人のモーションはある程度目視できていた。


「お、おい! 今どうなってるんだよ! どっちが勝ってるだ!」

 ベアが力の限り叫んだ。


「娘よ。運が良いな。これから……すごいものが見れるぞ」


「すごいもの……!? それってなんだ……う、うう!」

 ベアは、勢いが増す衝撃波に耐えることで精一杯であった。


「はははー! もう終わりかな!? 旅のお方!! 強そうな雰囲気だったけど、検討違いだったかなー!?」

 敵は、まさか自分が魔王と戦っているとは想像もしていなかった。

 魔王が城外に出ることはめったにないため、魔王の素性を知る者は少ない。


「ああ、終わりだな」

 魔王が呟く。


「ははっ! さすがに諦めモードかな!? 運がなかったってことだよ! 残念―!」

 攻撃の勢いが増し、衝撃波も激しくなる。


 ……防戦一方。

 誰が見てもそう感じる程、魔王は追い込まれていた。

 しかし、その瞬間、魔王は防御をやめ左手を前に出した。


「!?」

 戸惑いを隠せない敵であったが、千載一遇のチャンスとし、渾身の一撃を魔王に繰り出す。


 この時、なぜかベアには魔王の行動がゆっくり見えた。


 なんだろう。ノゼの行為がゆっくり、はっきり見える。

 不思議に思うベアであったが、魔王の戦いを自身の目で見ることができ少し興奮していた。


 パシッ!

 辺りに乾いた、そして優しい音が響く。


 魔王が敵の攻撃を片手で、軽々止めたのであった。

 これまでのような衝撃波は発生せず、町中の炎が突然に消えた。


「な、……」

  敵は理解できず、ただただ脱力感を感じていた。


「終わりにしようか。お前の実力、性格は良く分かった。話し合いも無理そうだしな」

  魔王は敵の手をぱっと離すが、敵は時間が止まったように硬直している。


 ズィィーーン!!

 突如、魔王の両手が光だし、広場を明るく照らす。

 やがて、その光は弓の形に変化していく。


 お、おいあれって!


 ベアが喉を両手で押さえる。声に出したつもりであったが、言葉が出ない。


 まるで時間が停止した中、魔王のみが動けるような世界。そう感じていた。


「覇王の弓 ダビデ。お前はもう逃げられない」

 そう言って、魔王はゆっくりと弓を握る。


  全長2mは超えるであろうその弓。木製ベースの物であるが、弓の持ち手、先端は鋼、銀でできおり、強靭な力で弓を引いても耐えられる仕様であった。

 輝くほどに洗練された木製部分と、何度も叩かれ鍛えられた金属部は、見事に調和しており、見る者を魅了する。


「!?」


 敵も弓の恐ろしさに気がつく。しかし体の自由を奪われており、言葉を発することもできずにいた。


 敵は全力を持ってしても、スローモーションのようにしか動けない。


 ……魔王にとってその動きを捕らえることは容易すぎた。


 ギギイイーー!


 魔王が弓を引くと、形容できない程の輝きが弓を覆い尽くす。


 ノゼが前に言ってたのはこれか! 眩しいってレベルじゃあないぞ!……失明、……する!

 ベアは必死に目を閉じようするが、なかなか閉じることができず、目線を下にそらすことしができなかった。


 バババババ!!


 ……キィーーン


 弓の放った音が聞こえた直後、頭に突き刺さるような耳鳴りが鳴り響く。

ベアはここで気を失っていた。


 一方、クールは魔王の一撃を目撃していた。

 まさか……、あいつ、あの攻撃を避けたのか!? 信じられん!  ――いやこの気配は別の!?


 クールが天井を見上げると、見知らぬ翼の生えた賊が、先ほどの敵を抱きかかえていた。

 その者は同様に黒い鎧で身を包み、ただならぬ気配を放っていた。


「仲間と捉えてよいのだな……?」

 そう言い、魔王が再び弓を引く。

 

 ギギイイーー!


「覚えてろよーー!!!」

 その者達は常軌を逸したスピードで上昇し、硬い岩盤を突き破り逃走し始める。


 バババババ!

 魔王が再び矢を放つ。


 矢は硬い岩盤をもろともせず、巨大な穴を開けて突き進んだ。

 猛烈な速度で特攻する矢は、容易に賊を捕らえる。


「ぐ、くっそーー!」


  バリバリバリ!

 激しい破裂音が洞窟の上部で鳴り響く。


 直撃したな!これは耐えられない!

 クールは勝利を確信したが、それはすぐに落胆に変わった。


「くそ……他にも仲間がいたのか」

 クールは上空の気配を探り、3人目の新手が潜んでいたことを察知する。


「新手ですね。逃げられましたか……。ノゼ様、追いましょうか?」


 ベアもクールも、いつもの間にか、通常通り動けるようになっていた。

 魔王の攻撃が終了した証であり、戦闘が終わったことを意味していた。


「いや、他にも仲間がいる可能性がある。深追いはしなくて良い」

 魔王は覚束ない足取りのベアを抱きかかえ、そのまま街へ降りて行く。


 周囲の気配をくまなく確認した後、若干の不安を残しつつも、クールも魔王の後を追うのであった。

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