第2章
11話 別れと急襲
「ダイヤ、なんか変わった」
アームがその日初めて口を開いた。
ベアの影響を受け、ダイヤの性格が丸く、大人になっていたのをアームも感じていた。
「アームよ。他者との関わりが自身を成長させるのだ。お主も……」
アイは口を止めた。家族や友人に見捨てられ育ったアームに対し、コミュニケーションの類を説明するのは気の毒に感じ、思い留まった。
「おほん、いや何でもない。それよりどうじゃ、今度魔王様の健康と無事を祈願して我ら幹部達で『晩餐会』を開いてみないか?」
「ベアちゃんの健康も祈願するわよ」
アイの提案にダイヤも文句はないようだ。フレアも親指を立て、参加の意思を伝えた。
「俺もいいよ……」
アームが静かに返事をし、アイが微笑む。
幹部同士の交流など初めてであったが、全てはベアに起因していることを理解している幹部達は、特に違和感を感じなかった。
「それにしてもクールのバカはどこいってるのかなー」
「何よ、フレアもクールの居場所知らないの!?」
ダイヤが驚きを隠せない。2人は相棒同士であり、周囲もそう理解していた。
「それがさー、昨日の夜、クールの所に尋ねたら誰もいなかったんだよね。執事達に聞いても分からないって」
「ほう、それは何かあるようじゃの」
アイも心配しているようだ。
「なんか最近思い詰めていたような気がするー。まあでも大丈夫でしょー」
クールの頭の良さ、そして強さに絶対的な信頼を置いてるフレアは特に心配していなかった。
「あーあ、もうあんなに遠くまで行っちゃったねー」
フレアも寂しそうな表情を浮かべる。
魔王とベアは広い庭を歩き終え、門前に到着していた。
魔王様不在の間、この城に何かあってはいけない。なんとしてでも守らなければ。
幹部達は皆、日常の業務はもとより、攻め入る外敵の排除を徹底的に行うつもりであった。
その頃、門前に到着した魔王達。
「あーあ、なんか寂しくなるね。せっかく城の生活に馴染んできたのに」
ベアは口を尖らせ「ぶー」と音を立てる。
魔王の城の生活に馴染むか……
前代未聞のことをしているベアにその自覚はなく、魔王もベアの適応能力の高さは想定外であった。
「では行くぞ」
そう言って魔王は城の門を開け、ベアより先に外に一歩踏み出した。
「あ、待って!」
ベアも遅れを取らまいと走って門を抜ける。
門を抜けると今までとは違う空気が流れていた。
「何の匂いだろう……? 殺伐としているようで、暖かい春の匂い? ううん、違う、もっと色んな匂いがする」
ベアは思わず声に出した。この地でどのように生きようと自由。しかしそれに伴う危険は自分で対処しなくてはならない。
瞬時にベアの危機管理能力が働いた。
「この地から発生している有毒ガスは今だけ一時的に止めている。だが、それ以上の危険がこの先で待ち受けているぞ」
普段は厚い雲に覆われ、日が差すことはほとんどない地であった。それゆえ、微生物すら生存できず、大地からは有毒なガスが発生している。
しかし、ベアでも歩き回れるよう、魔王は大地の有毒ガスを抑えるとともに、天候を快晴にしたのであった。
「分かってるよ! レジスタンスの時だって……、そりゃリーダーの言うことを聞いて指示通り動いてたけど、命掛けだったんだ! 今回は色々自分で判断しなきゃいけないことが沢山あるんだろう!?」
魔王が同行するとは言え、いつまでも頼っている訳にはいかない。
パートナーもしくは指導者として行動しなくては。
ベアが旅の責任を感じた瞬間であった。
そんなベアを応援するようにネックレスがキラリと光る。
「ダイヤさんから貰ったネックレス、素敵ね。パープル系かな。すごい……光っている」
ネックレスの先には硬貨程の紫色の石がはめ込まれている。一見するとただの石であるが、近づいてみると石は光を全反射させるように神々しく輝いている。
石は金のフレームにはめ込まれており、そのフレームには細部まで文字と模様が彫られていた。石がなくともそれだけで価値のあるアクセサリーである。
「そのネックレスだが、絶対になくすなよ。それは……」
魔王が忠告しようとしたその時、
ギィィーー! ガシャーーン!
上空、そして地面から氷の刃が出現し、2人に向かって飛んできた。
魔王は人差し指で軽々とその氷を払い除ける。一方、ベアは紙一重で交わすのがやっとであった。氷の刃はベアよりも遥かに巨大であり、直撃すればただでは済まない。
右、左……後方からも!!
ベアは全集中をかけ、回避することに徹底していた。
しかし、ベアの行動を読むかのように、飛んでくる氷の刃が無数に飛散し、四方八方の角度からベアに襲いかかった。
ま、まずい!
ベアが身を丸くし、守りの体勢に入った。魔王が払いのけた氷の刃は、大木をも貫きなぎ倒していた。ベアの守りではとてもガードしきれない。
なんとか急所を外し、生き残ることが今のベアに出来る唯一のことであった。
ガシャーーン!
氷の刃がベアを襲う。
衝撃音と氷の刃が砕ける音がこだました。辺りは砂埃と氷の破片が飛び散りベアを目視することはできない。
しかし魔王はこの出来事にも取り乱すことなく、いつものトーンで声を発した。
「ふー。まったく、これはどういうつもりだ……クールよ」
すると魔王から数メートル離れた場所の一部が鏡のように反射し始めた。それまで背景と思われてた一部が乱れていき、男のシルエットが出現する。
「さすが魔王様です。突然の襲撃、まるでダメージがございません」
姿を現したのはスーツ姿のクールであった。いつもの黒のスーツとは異なり、グレーのスーツを着用している。ネクタイもネイビー色で、ジャケットの胸ポケットにはホワイトに近いグレーのハンカチがしまわれており、大人の雰囲気を感じさせている。
「それに引き換え、あのベアという娘は……」
クールがベアの方をちらりと見た。
氷は瞬く間に溶け、防御に徹しているベアが現れた。本人は何が起こったか理解しておらず、目を閉じたままである。
そしてベアの周りを取り囲むように、紫色の魔方陣が幾重にも折り重なりベアを守っていた。
「あれ、どこも痛くない……」
ベアが自分に傷一つないことに気がつく。首にかかったネックレスからは眩い光が発せられている。
「これは、一体? この魔方陣は……?」
「本当に運が良いな。ダイヤに守られたようだな」
クールがゆっくりとベアに近づいていく。
「あなたが付けているのは、伝説の三代防具のうちの一つ『紫電の宝石 バースクウィーン』ですよ。先の攻撃など難なく無力化できるようですね」
「こ、これが?」
ベアは目を丸くして、ネックレスを手に取った。
「それはダイヤの一族が代々守ってきた家宝だ。この世のあらゆる攻撃を無力化、又は軽減できると言われている女性専用のアクセサリーだ。ダイヤはお主に余程死んでほしくなかったらしい」
魔王がダイヤの気持ちをベアに代弁した。
「しかし、今の攻撃を回避できないとなるとこの先が思いやられますね。勇者候補は今のレベルの技を難なく繰り出しますよ?」
「そ、そんな急な攻撃なんて避けられる訳ないだろう!?」
「もし……魔王様や貴方の素性が彼らに知れたとすれば、彼らは容赦なく攻撃してきますよ。どんな時でも」
ベアは何も答えられなかった。
「それが……私を攻撃して良い理由になるのか?」
魔王はクールに再び問いかける。
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