10話 交流と出発

「えーと、洗濯場はここだったよな……」

 ベアが洗濯袋を持ちながら魔王城の庭でキョロキョロしている。


「ちょっとそこの娘!  あんた何してるの!?」

 同じく洗濯に来ていたダイヤがベアに声をかけた。


「おおダイヤさん!  ちょうど良かった。洗濯ですか?」

「あなたの質問に答える義理はないわ……!」

 ダイヤはそう言ってベアに背を向け洗濯場を目指す。

「なーんだ!  やっぱり洗濯じゃないですかー!?」


 がばっ!


 ベアがそっぽを向くダイヤに、勢いよく後ろから抱きつく。

「ちょっとあんた!  何するのよ!  馴れ馴れしいわよ!」

 ダイヤは魔王城で暮らすベアに対し、明らかにライバル心を抱いていた。

「そんなつれないこと言わないで、一緒に洗濯しましょうよー!」


 振り払おうとするダイヤに必死で喰らいつくベアであったが、ダイヤの洗濯物を見てとあることに気づく。

「あれ、ダイヤさん、なんか洗濯物の洋服にシミが付いてますよ……?」

「ああ、そうなのよ。この前、夜にちょっと城全体が揺れたでしょ?  その時にスープをこぼしちゃってね」

 ダイヤが少し儚げな表情を浮かべる。


「ちょっと見せて貰ってもいいですか?」

 そう言ってベアは、シミのついた服を様々な角度から眺める。

「あなた、シミを抜いてくれるの?  でも多分無理よ。私も何度も試したから……」

 ダイヤは半分諦めるようにベアから洋服を取り上げようとする。

「ちょ、ちょっと待ってください!  食べ物のシミはほとんどタンパク質の汚れなので……」

 ベアごそごそと手提げのバックを探る。

「これを使いましょう!」

 透明の液体が入った瓶がキラリと光る。

「な、何それ?  水……?」

 するとベアは、にやーっと笑い洋服にその液体をかけた。

「ちょっと!  何するのよ!」

「へへ、私特性の魔法の水ですよ!  アルカリ性だから、汚れをよく落とすんですよ」

 ベアは洋服のシミに特性の水をよく染み込ませる。そして笑みを浮かべながら魔法陣を出現させた。

「よし、これで後は吸い取るだけですよ!」


 ゴォォーーー!


 魔法が発動し風が魔法陣に向かって吸い込まれる。するとシミが浮かびあがり洋服から取り除かれた。


「す、すごいわ!  ありがとう!!」

ダイヤが思わずベアに抱きついた。興奮気味だったため、かなり強引な抱擁でありベアは「うう」と苦しそうにする。

「あ、ごめんなさいね。つい嬉しくて……」

「大丈夫です。それよりシミが取れて良かったです! お役に立てて」

 ベアは照れ臭そうにしながら瓶をカバンにしまった。

 するとダイヤがもじもじし始める。


「あ、あの……私、あなたに謝らなきゃいけないわね」

「え?」

 ベアはきょとんとした顔で聞き返す。

「あなたが魔王様に特別扱いされているものだから……、つい嫉妬であたっちゃってたのよ」

 ダイヤは下を向き申し訳なさそうに話していた。

 しかし、そんなダイヤを尻目にベアは満面の笑みを浮かべる。

「そんなことよりも!  他にシミ付きの服はないですか!?  この際だから全部綺麗にしましょう!」

「そんなことって、あなた……」

 予想外の返答にダイヤは少し焦るが、すぐにシミ付きの服をベアに手渡す。

「これもなんだけど、取れるかしら。スープのシミで……とても頑固なのよ」

 ベアは服をあらゆる角度から見る。そして最後にはライトを使って透かしてみた。

「大丈夫ですよ!  これくらいのシミならすぐに取れますよー!」

ベアはテキパキと準備を始めた。

「あ、あなた……名前は?  ごめんね、私覚えてなくて……」

 ダイヤが少し恥ずかしそうにベアに尋ねる。

「ベアです!  これからよろしくお願いします」

 ベアの明るい自己紹介にダイヤは毒気を抜かれた。

レジスタンスといえどただの戦闘員だものね。魔王様の言う通りマインドコントロールは受けていないようね……


「あはは」

 ダイヤは自然と笑っていた。

「あ!  ダイヤさん笑ったな!  ベアって変な名前だと思ったんでしょ!?」

「ち、違うわよ!  ちょっとね、安心したのよ」

 ベアが頬を膨らませる。

「自分がダイヤって素敵な名前だからでしょ!?  それに比べて私は熊だもんね……。もう冬眠しようかな」

「あははは!」

その日、洗濯場からは2人の笑い声が夕方まで聞こえていた。





 魔王がハンブルブレイブへの潜入捜査を発表してから2週間後の朝。

 この日は2人の出発日であった。魔王は通常通り黒いローブを被り、ベアは戦闘用の茶色のパンツ、そしてジャケットを着用していた。

 城の玄関にはアイ、そしてクールを除く3人の幹部が整列しており2人を見送ろうとしていた。


「魔王様、どうかご無理なさらないように。お二人のご武運をお祈りしております」

 アイが代表して2人に言葉を送る。

 そしてドレスを着たダイヤ2が人の前まで歩いてくる。

「では、ここにいないクールに代わってこのダイヤがハンブルブレイブまでの道順をお伝えします。」

 この日のためにドレスを用意したのであろう。きめ細かいシルクの生地がゆったりと波打つ。

 そしてダイヤは地図を勢いよく広げ、魔王城を指差した。

「ここが我々の拠点、そして世界の中心、魔王城でございます。これからお二人は西に向かって移動します。西の高原地帯を抜け、大陸最大級のニャカエラ山を越えて貰います」

 ダイヤの指が地図の端から端まですーっと移動するのをまじまじと見つめていたベアは、長い旅路になることを予感していた。

「魔王様は問題ないかと思いますが、ベアちゃんにとってはとても厳しいものになると思います……。だからベアちゃんは、途中で村や街でしっかり休むこと!」


 するとダイヤは胸元から四角く加工された大理石を取り出す。

「この通関証は魔王軍の証明書みたいなものでね。村や街の者に見せるのよ。魔王軍の関係者としてその地で高待遇を受けることができるから。一等級の宿に無料で宿泊することもできるのよ!」

「おおーー!」

 ベアは思わずガッツポーズをした。

 その後もダイヤの説明は続いていたが、興奮したベアにとって、それは馬の耳に念仏であった。

「では説明は以上です。何かご質問等ございますでしょうか?」

 ベアが落ち着いた頃にはすでにダイヤの説明は終了していた。

「あ、あ、じゃあダイヤ先生!  質問!」

 ベアが元気よく手をあげる。魔王達の前で、『先生』と呼ばれダイヤはまんざらでもないようだ。

「はい、何か質問?  ベアちゃん」

 洗濯場での出来事以降、2人の中は深まっていた。ダイヤはベアの裏表のない態度に惹かれ、魔王城での数少ない女性同士、信頼を寄せ合う程になっていた。


「もし道中困ったことが発生して、ダイヤ先生とかアイさんに連絡する場合はどうすれば良いかな?」

「いい質問ね。この時代、通信速度の速さはとても重要で、情報が迅速に正確に行われる国は発展すると言っても良いわ。情報伝達にはいくつかの方法があるけど、我が魔王軍は飛行レターを採用しているのよ」

「飛行レターって、手紙を紙飛行機に折って、魔力を吹き込んで目的地まで飛ばす方法だよね?」

「そうよ、ベアちゃん物知りね!」

 へへっと照れ臭そうに笑うベア。このようなやりとりが魔王の敷地内で行われることは今までなかった。


 ベアが来てから城が明るくなった

 この場にいる関係者は皆そう感じていた。

「だから、何かやりとりをする際は、飛行レターを使うことになるわ」

「了解。何か困った時は飛行レターを飛ばすね!」


「……」


 奇妙な間が空く。ダイヤは少し俯き、どこか悲しそうな顔を浮かべていた。


 普段から幹部達は魔王に感情を伝えることはなかった。


 魔王様に何か声をかけたい!


 幹部達は皆そう思っていたが、言葉が見つからなかったのである。

 ベアの質問が終わると魔王様は行ってしまう。

 ダイヤは必死に質問をベアに募る。

「ほ、他に質問はある?  何でもいいのよ!?  ほら、この際だから!  質問してちょうだい!」

「うーん、大丈夫ですよ!  ダイヤ先生!  これ以上皆んなの時間を割くわけにはいかないし、何かあったら、自分で解決します!」


「そっか……」


 無情にも別れの時が来る。

 落ち込んでいるダイヤであったが、自分を奮い立たせ、魔王とベアを笑顔で見送ろうとしていた。


「よし、それじゃあ参りますか!」

  ベアは魔王を見上げ、くるっと城を背にし第一歩を踏み出した。


「あ、待って!  ベアちゃん!  これを……!  持っていてちょうだい!」

 ダイヤが駆け寄り、キラリと光るネックレスをベアの首にかけた。


「ダイヤ……それって、例のあれだよねー?  本当にいいのー?」

 フレアが手を頭の後ろに組みながら、どこか抜けた声をあげる。

「ベアちゃん、腕に自信はあると思うけど、勇者候補はかなり強い奴らよ。それに曲者も沢山いるはず。だからこれはお守り。無事に帰還したら私に返して。約束よ?」

 ダイヤの不安な思いを察したベア。レジスタンスの戦闘員の中でも上位の戦闘力持っていたベアは少なからず油断していた。


 歯が立たない奴らが沢山いるってことだよね……


 魔王と共に行動するため、今回の任務の危険度を考えていなかったベアであったが、ダイヤの言葉で目が覚める。

「はい!  ありがとうございます!  しっかり身を引き締めて任務を全うしたいと思います!」

 ベアは敬礼し、貰ったネックレスを握りしめる。

「うん、気をつけて……」

 ダイヤが小声で答え、一歩引いた。


 魔王様もどうかご無事で!


 そう伝えたかったダイヤであったが、それは叶わなかった。魔王に危険があるとは考えられない。そんな言葉はかけられない、失礼にあたる。ダイヤを含む幹部達はそう考えていた。


「じゃあねー!  皆んなも元気でねー!」

 城の階段を下り終え、庭に足を踏み入れたベアはようやく名残惜しくなったのか、力一杯手を振り、寂しさを振り払っていた。

「まったくあの子さー、無邪気にはしゃいじゃってるねー」

 フレアが片手でひらひらと手を振る。


「魔王様の近くにいられることが、どんなに幸せか分かって欲しいものよ……ベアちゃん……」


 ダイヤは小さく手を振って2人を送り出す

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