九十五.BBQ



 関門には焼き肉のとてもいい匂いが立ち込める。


 俺はムセンの指示通りに仕留めたベヒーモスを切り刻んで食していた。さすがのムセン。

 洞窟警備していた時にも獣肉を食したが、ただ切って焼いただけだったから美味くなかった。それがムセンの調理指示と焼き方、手持ちの香辛料だけで絶品に早変わり。よく漫画とかで見る肉厚の骨付き肉は油が滴り、スパイスがきいてとてもジューシー。


「こんな場所でこんな獣を食べようとする人を初めて見ましたわ…」

「知らないのか? シャルロット、ベヒーモスの肉は調理次第で美味しくなる」

「知りませんわよそんなの……」


 だもん騎士とですわ騎士は火と焼き肉を囲みながら何か話している。


「美味しいですか? イシハラさん」

「当たり前だ、ムセン。ちょっとこっちに来てくれ」

「……? はい、何でしょうか?」


 俺は隣に座っていたムセンをすぐ傍に呼び寄せ、抱き締めた。


「………………!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

「「「!!!」」」

「美味しい料理をいつもありがとう」


 調理をしてくれる人にありがとう。

 空腹にさようなら。

 そして、この世の食材の全てに感謝を込めていただきます。

 おめでとう。


「ひぁっ……だめっ……イシハラさっ……みんな見てますっ……せめてっ二人きりのばしょでっ………!」

「ごちそうさま」


 そして俺はムセンを離した。


「もっ……もう終わりですかっ!? もう少しっ……というか今の一連の流れは一体何だったのですか!?」

「ナツイっ!! 私に告白しておきながら他の女に抱きつくなんてどーいうことっ!? 説明してっ!」


 そして、いつも通りやかまし娘達が騒ぎ始めた。

 ただ食にありつける感謝をしただけなのに何騒いでんだこいつら。


「「「………………」」」


 やかまし三人娘が騒いでる横でその光景を見ていた兵士達が俺のところへやって来た。何か神妙な面持ちをしているが、こいつらも腹でも減ったのか?


「お前らも食いたいなら勝手に食ったらどうだ? 俺、もう腹いっぱい。量多すぎ」

「…………我々は貴方の実力を疑い、暴言を吐きました……どうか……お許し頂きたい」


 兵士達は美味しそうな焼き肉を目の前にしながら意味不明な発言をした。何言ってんだこいつら? いつ暴言なんて言われたんだっけ?


「すみません兵士の皆さん……この人……興味の無い事は全く覚えてないんです……たぶん今さっきの事も、もう忘れています……」


 ムセンが兵士達に説明をする。

 俺を健忘症みたいに言うんじゃない、覚えてないけど。


「わっ……我々は許されぬ発言をしました! 一兵士が十二騎士に楯突くなどあってはならぬ事ですっ!」

「いや、上司に楯突くなんて珍しくもないし許されなくもないだろ。人間なんて全部がわかり合えるわけないんだ、それぞれの思いややり方の違い、衝突する原因なんて腐るほどある。そーゆー時は溜め込んでないでぶつかればいい。そうしないと仕事が嫌になるぞ」

「我々は……兵士でありながら魔物から逃げ出そうとしました……。そんな醜態を晒しながらそのような事っ……もうできるわけがっ……」

「自分の命より大事な仕事があってたまるか。かなわなかったら逃げるのも手だ、そのうち慣れるだろ」

「……………で……では……我々は……兵士を続けても……よろしいのですか?」

「いや続ければいいだろ。何で俺に聞くんだバカかお前ら。んな事より肉が冷めるから食え、もったいない」


 兵士達は顔を見合せ何か驚いている。俺は復旧作業員達にも声をかけた。


「そっちにいる復旧作業員も食え、体力が肝心な仕事だろう。肉は余りあるんだから飯にしろ」

「「「い……いいんですか!? 騎士様っ!! おう! おめーら!騎士様のお恵みだっ!! 休憩にして飯にするぞっ!!」」」


<うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!>


 復旧作業をしていたやつらの歓声があがる。

 兵士も作業員もみんなで食えばいいさ、デカ肉はまだまだあるんだ。


「…………アクア様……ツリー様………あの御方は一体……ベヒーモスを一撃で仕留めただけでなく……我々の許されざる非礼を気にも留めていないなんて……」

「……ふっ、あれがイシハラナツイという男だ。掴みどころが無く、常に理解不能。しかし……確かな強さと器を兼ね備えた……我が国の誇る騎士だ」

「……ふんっ! わたくしはまだ認めてないですわっ! あんなふわふわした浮わついた考えで……何を見据えているのか全くわからなくて……鋭く冷たい眼光で……その視界に入ろうとすると無視されて……体に刺激と快感が走って……」


「「「……………騎士イシハラナツイ様………」」」


<……うおおおおおおおおおおおおっ!!イシハラライトセイバー様っ!!ばんざーいっ!!!>


 いや、うるさいな。パーティーピーポーかお前ら。


「そこの可愛い嬢ちゃんっ!! ムセンちゃんって言ったか! あんたも騎士様に惚れてんのかい!?」

「おっ……大声で言わないでくださいっ!!……………はい」

「アクア様、ツリー様。貴女方もイシハラ様の事を………」

「なっ!? そっ……そんな事はっ……!!」

「アクア、正直に言いなさいですわ。イシハラナツイかジャンヌ様の前でしか女性の言葉使いはしない、とわたくしに言っていたではないですの。それでもうバレバレですのよ」

「わっ、私が!? 誰にも言っていなかったはずなのにっ!」

「あら? やっぱりそうだったんですのね? カマかけはしてみるものですわ。先程からかわれたお返しですわよ」

「はっ! 計ったな!? シャルロット!! 貴様こそナツイを前にすると女性の部分が刺激されると下劣な発言をしたくせにっ!」

「うっ……嘘をつかないでくださいですわっ!! 真実だとしてもわたくしがそのような言葉を迂闊に口にするはずありませんわっ!」



「「「(((うう……やはりアクア様もツリー様もイシハラ様の事を……なんて羨ましい……しかし……俺達じゃ何一つ敵いそうにない……くそぅ…)))」」」


 兵士達は恨めしそうな顔をして俺を見て何かブツブツ言っていた。


 国境関門のはずがやかまし三人娘と浮かれた兵士達と焼き肉のせいでバーベキュー会場みたいになってしまったな。まったく、こいつらはしゃぎすぎだろ。はしゃぐにしても節度をもて、節度を。


「貴方がそれを言うなですわっ!! 貴方を中心とした騒ぎですのよっ!?」

「行くぞ、ムセン、だもん騎士。遊んでる場合じゃないだろ」

「はっ……はいっ! そうですよねっ!」

「遊んでるんじゃないもんっ!」


「はぅぅんっ! 何故わたくしを無視するんですのっ!? も……もっと冷たい眼で見てっ……」


 こうして無駄なやり取りをしつつ、俺達はシュヴァルトハイム国へ入国した。

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