ひきこもりとふたなり

 家から出たくないなぁ、と毎日思っている。

 例えば今から鳥貴でみんなで飲む!という話であれば戸締まりも忘れて飛び出していく所存だが、近所に友達のいない私の外出理由は1に出勤、2に買い出し、3、4がなくて5に記帳である。全部ダルい。できれば他人任せにしておきたいものばかりだ。

 自宅でダラダラする時間を少しでも伸ばそうと通帳をネット通帳に切り替えたり、Amazonを覚えて生活用品を通販したりするようにはなったが、さすがに生鮮食品はスーパーに行かないと手に入らないし、生活費を得るためには仕事にも行かなければならない。

 目標は労働という対価なしに月50万(+賞与年2回)くらいもらいつつ、下にスーパーと鳥貴が入っているマンションを買ってそこにひきこもることだが、実際にそうなるまではまだしばらくかかりそうである。


 ひきこもるといえば、前々回の冒頭で触れた通り、最近私は、ヨーロッパのどこかの国で生涯のほとんどを家から出ず他者ともかかわらず生きて死んだ男性が自作の絵本か何かに男性器を持った少女を描いていたことについて考えていた。

 これは何年か前にテレビ番組で紹介されていた事柄だ。引きこもり自体はそう珍しくないが、引きこもったまま生涯を終えた人間は珍しいためにメディアに取り上げられていたんだったと思う。詳しい内容はほとんど忘れてしまったが、重度の人嫌いだったらしいその男が描いたとされるその絵本には裸の子供たちが数多く描かれていて、一見男も女もいるように見えるものの、男に見える子供にも女に見える子供にも、股間には男性器が描かれているのである。

 番組のナレーションはこれについて「心理学者たちの間では、彼は子供の頃から閉じこもりがちであったために女性と関わる機会がほとんどなく、従って女性器の形状を知らなかったのではないかと言われています」と言っていた。


 そんなことあるか?


 私は思った。多分あなたも思っただろう。お互い焦らず、一つずつ整理していこう。

 まず、彼は本当に女性器の外見がどんなものか知らなかったのだろうか?

 だってそんなの、エロ本の一冊でも見たら山ほど載っているではないか。でも彼は確か買い物を隣人か誰かに頼んでいたはずだから(いま思い出したが、彼は足が悪かったと言っていたような気がする)、普段お世話になっている人にエロ本の買い出しを頼めるかと考えると、少し難しいかもしれない。ならば映像では、と考えても、ヨーロッパの映像倫理規定は知らないが、地上波で素っ裸の女性が出てくることはないような気がする。

 しかし改めて考えてみると女性器とは、男性器に比してなんと秘匿性の高いことか。私に男兄弟はなく、父は子供と風呂に入らない人だったのだが、ダビデ像やクレヨンしんちゃんなどを見て大体の形状は物心つく頃から知っていたし、小学校に上がるとプールの着替えの時間などに自らの性器を女児に見せつけて喜ぶ男児がクラスに2,3名はいたので大きさや形にかなり個人差があることも把握していた。

 一方で女性器はどうだろう?少なくとも私は女性の裸ががっつり描かれた絵本やアニメを見たことがない。街を歩けば裸婦像などは珍しいものではないが、なんというかつるんとしていて、見ても「ついてない」ということくらいしかわからない。そして私も、私の周りの女児も、(私の観測した限り)誰一人として男児に喜んで股間を見せつけるようなことはしていなかった。

 以上のことから、男児は女児に比べて異性の性器の外見を知る機会は少ないのだなぁと感じた。

 あ?なんの話だっけ?

 思い出した。本当にひきこもり男が女性器の外見を知らなかったのかという話だ。

 エロ本が手に入らなくても、テレビで見ることができなくても、解剖学の本を見たらいくらでも書いてあるし、あるいはさっきも言ったとおり、裸婦像や裸婦画、水着の女性(の写真)などを見れば少なくとも「ついてない」ことくらいはわかる。家の中だけとはいえ現代社会を老人になるまで生きながらえて、女性に「ついてない」ことすら知らないまま死ぬというのは、いささか不自然が過ぎるのではないか?と私は思うのだ。

 では何故、彼は少女の股間に男性器を描いたのか?


 ──────簡単だ。趣味である。


 偉大なるジャパニーズトラディショナルサブカルチャーには少なくとも2パターン、見た目が女性っぽい人に男性器がついている場合がある。「男の娘」と「ふたなり」である。

 男の娘とは単純に、女の子っぽい顔や性格をした男の子がフリフリのスカート等、女の子っぽい格好をしているものを指す。見た目は女の子でも要は女装をしている男性であるため、スカートを捲れば当然男性器がある。

 次にふたなりとは、完全な女性体にプラスして男性器がついているものを指す。基本は女性体であるため乳房は発達するし女性器も持っているが、さらに男性器も持っている(陰茎と睾丸が揃っているタイプと陰茎しか持たないタイプで派閥が分かれるらしいが、私は専門家ではないので詳しくはわからない)。

 日本で生まれ自国の様々な文化を嗜みながら育ってきた私が、件のニュースを見てまず思い付いたのはこの2例であった。絵は全て子供であったためいずれの女児にも乳房の発達はなく、男の娘とふたなりのどちらであるか判別はできなかったが(ふたなりは成長すれば乳房が発達するが、男の娘は男性体なので発達しない)、どちらにせよ女児の股間に『好きで』男性器をつけて描いたという方が、心理学者たちが主張する説よりも納得できると私は思うのだ。

 それにしても、恐ろしい話だ。自分が趣味で描いた絵が死後に衆目に晒され、あまつさえ学者たちの議論の的になっているだなんて。彼が女性器の外見を知っていたかどうかはさておき、性器までしっかり描き込んだ裸の子供をたくさん描いていたこと自体、彼にとっては知られたくないことだったはずだ。彼はただ出来るだけ静かに穏やかに暮らしたいと思っていたに違いないのに、あまりにその願いに忠実に生きたために逆に世間の注目を浴びてしまい、挙げ句趣味で描いた絵まで掘り起こされてしまって、名前さえ思い出せない彼への同情を禁じ得ない。

 いつか家から出ないで暮らすことを目標にしている私であるが、要らぬ注目を集めぬようたまーには外界とコンタクトを取ることを大切にしようと思う。

 もちろん、私に人に知られたくない秘密があるわけではない。あるわけではないが、もしもの場合に備えてこのエッセイの始末は、誰か信頼できる友人に頼んでおくことにしよう。いくら同僚には冷たい私だとて、「性器」を連呼する遺エッセイを読んで泣く母を思うと、いささか忍びない気持ちになる。

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