海堂順子は容赦ない 第一話 「死神の女刑事」

東京を食べるゾウ

第1話 平成最後の変死事件

 刑事たちは、その死体を見てせせら笑った。

 女子大生連続強姦事件の主犯が、その死体のものであったからと、ほんの数時間前、偶然にも分かったからである。

 山奥の茂った道に、その男──加藤幹夫が、死んでいた。死因は、蛇の毒による出血毒によるものだった。

 加藤は東大生であるが、エリートヤクザとでも言おうか、暴力団との繋がりを持っていることがわかり、警視庁刑事部捜査四課のいわゆるマルボウたちが、彼が女子大生たちをヤクザたちに売り飛ばしているという事案を捜索中であった。

 警視庁刑事部長、田鎖悟(たぐさりさとる)警視は、白手袋をはめてずっと考え込んでいた。


──なぜ、蛇の噛んだ跡が、彼の背中にあるんだ?


◆□◆

──警視庁交通部交通捜査課。

「おい、官房長官はまだか、まだなのか、いい加減にしてくれ! 俺はトイレに行きたいんだよ!」

 禿げ頭の眼鏡の、恰幅のいい上司の、乙部昭警部補が言う。

「課長、トイレ行ったらいいじゃないですか。膀胱炎になりますよぉ~」

 そう言うのは、髪留めを二〇個もしているきゃぴきゃぴの婦警、笹部京子。

 デスクの警官たちは、皆テレビにくぎ付けだった。

「『和』って入ってたら発狂するおじさん好き」

「こらこら、京子」

 そう言って、台帳であたまを小突くのは、胸が大きく膨らんだ眼鏡の似合うセクシーな婦警、藤崎葵。ただし年増。

「ま~俺はまた『和』は入るたぁ思うけどね」

「あ! あ! 圭くん! 圭くん! バズってる? バズってるんだね? 見よ、一一時四〇分だけど、まだ発表されてないの!」

 白バイ隊員のヘルメットを外した、青年の丸坊主の警官が休憩入りか、入って来た。葵は非常にはしゃいだ。

「意味のわからない言葉を使いなさんな。だから白い眼で見られる、って、あ、官房長官!」

 警官たちはこぞってテレビの前に集まる。

「なにこれ……れいわ?」

「令和ですかぁ……どうやらトゥイッターを見ると、出典は万葉集のようだと書いてあるね」

「へえ! 課長詳しいですねぇ! 守備範囲広いですねぇ! ていうか圭くん、当たったね!」

「ツイッターをトゥイッターと発言したことには触れないのかよ、課長可哀そうだろ」

「あんまりいい語感じゃないわね。令、ってなによ。和を持ちなさいって命令してるわけ?」

「わしの脳内スパコンの弾き出した結果によれば、『初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫らす』という句から取ったのだろうね。ただ意味を説明するのはわしには難しいな」

「まぁ、俺も『令』ってのは、『よい』って意味があるとか聞いたことありますよ」

「すごーい! 圭くん物知り!」

「おいおい京子ちゃん、褒めるべきはわしではないかい?」

「さ、みなさん仕事しますよ、戻って、戻って」

 キャリアウーマンタイプの葵は、台帳を振り回して警官たちを持ち場にもどした。


□◆□


──豊島区某所マンション。

 ソファに腰かけているのは、ゴスロリ調の服を着た、、ボブヘアーの、色白の肌の美しい女性。サマンサタバサのポーチを提げ、俯き、なにやらノートとペンを持っている。

その向かいに、がっちりした体型の好青年がどっかと座っている。そこへ、その妻である、器量のよさそうな女性が、紅茶を淹れ、二人を挟んだテーブルに置いた。

「この子の面倒を、見て欲しいって?」

「ああ、そうなんだよ静子。君なら適任だろうと思ってね」

「どうして?」

 亭主である青年、梅沢義治は妻である梅沢静子に優しく微笑んで言った。義治はゴスロリの女性に、彼女のノートとペンを取って、

「名前を教えてあげなさい」

 と、書いた。

 するとその女性は何故かノートに自分の名前を書き、静子に見せた。

「《時田光》……もしかして、この子、耳が聴こえないの?」

「そうなんだよ。君は知っての通り、特別支援学校の教員だろう。まぁ、また荷物を押し付けてしまうことになるだろうが」

 静子はにっと笑って、手話で、『よろしくね』とあいさつをした。が、光は首を傾げた。

「あら、手話は通じないの?」

「ああ。突発性難聴にかかってしまってね。今勉強中なんだ。だからどうか、教えてやってくれないか?」

「もちろん」静子は胸を拳で叩いた。「ところで、彼女とはどこで知り合ったの?」

「NHKのハートネットTVの再現ドラマの撮影で知り合ったんだ。話を聞いてみたら、どうやら聴力を失ってから、レイプされた経験があるらしくて、放っておけなくてね」

「まあ!」

 静子は光に思わず抱き付いた。そしてぽろぽろ涙を流した。

「……彼女の心の傷を、君に癒して欲しい。どうか、協力してやってくれ」

 静子はそのまま、昼飯時まで彼女を抱きしめていた。

 光はわけもわからないのか、無垢に微笑んでいた。

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